11話 近いほど憎悪は深い

今度はドルオタ内部の対立が顕在化してきた。

具体的に言えば、鹿島真子を擁護する側か、排除しようとする側か、という対立である。

世間からの注目が下火になり、この問題に触れるのがオタクたちだけになると、その対立は根深いものになっていった。




オタク同士の対立の発端は、事件を起こしたとされる鹿島真子を(と真子のオタクを)別の『みなさか』オタクが叩き始めたことによる。


「鹿島真子が『みなさか』のイメージを落としたんだ! おかげで今も真面目に頑張っている俺の推しまでもが肩身の狭い思いをしている! 『みなさか』全体の評判を落とした鹿島真子は卒業じゃなくて除籍だろ! パパ活なんていう後ろ暗いことを週刊誌に暴かれるなんて最悪だろ! そんなんならAVにでも転身した方がまだマシだったわ!」


というのが『みなさか』オタク内で発生してきた最も過激派の意見である。

ほとんどのオタクはここまで激しい言葉を使わないが、「鹿島真子という先例によって、現役である自らの推しメンまでもが世間から白眼視されている」ということを大なり小なり感じていたので、鹿島真子(とそのオタク)に対する批判の声は段々と強くなっていった。


(クソ! 何を言えば良いんだ?)


むろん俺は真子が不当に叩かれるのを黙って見ていられなかった。

言葉を選んで刺激しないように、恐らくは『みなさか』の事情もある程度知っているであろうアカウントだけを選び、そして相手の推しをあくまで尊重し……その上で明らかに不当だと思える鹿島真子への叩きに対して、俺も真子を擁護するコメントをした。

言い過ぎたと反省する者も少しはいたが、ほとんどは火に油を注ぐような結果にしかならなかった。

俺が1送ったコメントに対して100の熱量でもって彼らは攻撃を返してきた。


(オタク同士で叩き合ってどうするんだよ! 世間からの目が厳しい今こそ、せめてオタク同士は仲良く助け合おうぜ!)


と俺は一瞬思ったが、むろんそんなことは不可能だ。

というかどんな対立も、近縁の者同士の方が根深いものになるのが常なのだろう。前提を共有している分だけ、相手への怒りも深い部分から出てくるようだ。

俺は早々に彼らと理解し合うことを諦めた。

同じ『みなさか』のオタク同士なんだから話せば分かり合える!……とどこか思っていた俺の頭の中がお花畑だったという他はない。


賢明なオタクは「もし自分の推しに門川砲が炸裂したら?」という想像が出来るのだが、短絡的なオタク、つまり「自分の推しはそうしたスキャンダルとは一切無縁だ」という自信に満ちているオタクは、鹿島真子を叩くことに何の疑問も抱かないようだ。

ただただ「鹿島真子のせいで『みなさか』が世間から叩かれている!」という結果だけを受け取っては憤慨しているのだ。彼らは物事を極めて表層的にしか見られないようだ。


(オタクっつても千差万別なんだな……)


今さらながら、俺はそのことに気付いて呆然とした。

俺の近しいオタクたちは皆思慮深く、どちらかというと物事を深読みしすぎる傾向があった。むろん俺もそうだ。だから俺はヤツらととてもウマが合ったし、だから俺はここが自分の居場所だという安心感を抱いていたのだろう。

しかし俺は彼ら以外のオタクと接する機会がほとんどなかった。だからオタクは……少なくとも『みなさか』のオタクは……皆そうした俺と同じような傾向を多少なりとも持っているのだろうと、思い込んでいた。

全然そんなことはなく、ほとんど話が通じないオタクが多い……ということは事態に直面して初めて理解した点だ。オタク以外の世間一般のヤツらと話が通じないのは予想出来たことだったが、どこかで俺はオタクに対して幻想を抱いていたということだ。

これはショックだった。


(まあ、そうだよな。そもそも『みなさか』のオタクだけではないだろうしな……)


アイドル事情を知っているであろうアカウントに限定して俺は接触をしたわけだが、全員が『みなさか』を応援しているオタクかは正直分からない。

別のアイドルを推しており、実は『みなさか』という大きなグループに対して反感を抱いているアイドルオタクもそこには紛れていたかもしれない。彼らにしてみれば『みなさか』の人気が少しでも落ちれば、自分の推しているグループの人気が増す! ……という打算があるのかもしれない。


むろんすべてはSNS上の話だ。本当のことはわからない。

ただ、野次馬が去りある程度事情を知った人間同士の対立に事態が進んでからの方が、状況は泥沼化していったということだ。

この泥沼化した対立もまた、外部の世間から見れば《ドルオタ(笑)》の醜さの表れであり、評判を落とし嘲笑を招くものであったことは言うまでもない。


最初から世間の声に一切反応しないのがオタクとして最も賢明な行動だったのかもしれない。

だがそれは俺には無理だった。

俺の生涯唯一の推しである鹿島真子が不当に叩かれているのを見て、それを黙って眺めていることなど考えられなかった。

ここで黙っているのならば、俺はなぜ会社をクビになってまで風祭翔太かざまつりしょうたを殴ったのだろうか?

俺は俺の中での一貫性を通さないわけにはいかなかった。



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