9話 SNS
(……バカどもがよ!)
だがそうは言ってもワイドショーの影響力は強いようだ。SNSを開くと例の真子に対する門川砲の記事が《《これでもか》》と拡散されていた。
〈『みなさか』の子がパパ活してたのかぁ、芸能界って怖い〉
〈まあ芸能界だとかアイドルなんてそんなもんでしょ。清楚なお嬢様に見える子だって仕事だからそう見えるように振舞ってるだけだしね〉
〈いや、門川砲なんて信用できるのかよ? これがさも本当のように報じられるのはヤバいでしょ?〉
〈っていうか、元々悪臭オタク相手に恋愛感情を煽って大金巻き上げてるんだから、やってることは大まかに言えば同じなのでは?〉
会社をクビになり無職となった俺はヒマを持て余していた。テレビを消してもスマホは手放せない。
半ば無意識、手癖のようにSNSを開くと、例のワイドショーの影響なのだろう。
《鹿島真子 パパ活》
というワードがトレンド入りしていた。
そしてここぞとばかりに週刊門川の公式のアカウントが、例の鹿島真子のパパ活に関する記事だけを無料で公開していた。
ワイドショーで興味を持った人間がその記事を読んで、さも真実を知ったかのように軽薄にコメントする。
コメントが増えることによってSNSでトレンド入りする。
トレンド入りしたことで今まで興味を持っていなかった層、鹿島真子やアイドルなど1ミリも知らなかった人々が、適当に記事を流し読みして適当なコメントをする。
こうした流れで適当な記事が拡散されてゆく。……のはまだマシな方だ。
大半の人々はトレンド入りしている《鹿島真子 パパ活》の項目だけを目にし、門川の例の記事すら読まない。
トレンドに関連したユーザーのコメントを流し読みして「ああ、元アイドルの鹿島真子っていう女子がパパ活していたことが門川砲で明るみになったんだな」と判断するだけだ。
記事が妥当性のあるものかすら大半の人々にとっては関係ない。こうして安易に空虚なイメージが拡散されてゆくのだ。
週刊門川のゴシップ記事が『門川砲』と呼ばれるまでに至ったのは、SNSの発展という時代性と関連が深い。
以前はわざわざ本屋に行って週刊誌を買って読むような読者はごく一部だった。
今はこうしたサイクルによって一瞬で拡散されてゆく。そこは冷静な判断とも、思慮深い理性とも、慎み深いモラルとも無縁な世界だ。
興味を惹くようなワードだけが独り歩きして一瞬で拡散されてゆく。
そして人々は、次の瞬間にはもう自分がその拡散に加担したことすら忘れてゆくのだ。どんな刺激も一瞬でしかない。すぐに次の刺激を人々は求めて情報を消費してゆく。
その中では真偽の検証など誰も興味がない。
「広められた情報は広まっているから恐らく事実なのだろう」という程度の認識だ。
メディア側ですらそうだ。「SNSでこれだけ反響がありました!」というだけで週刊誌やテレビがその話題を取り上げる。
そうなってしまえば今度はSNSをやらない一定以上の年齢層の人々も、記事が真実であるかのような印象を持つだろう。
発信元である週刊誌側はこうした流れを見て、報道が事実であったことを世間が追認したかのように振る舞う。
論拠は循環しているのだ。元を辿れば何の根拠もない。本当に何もない。
それなのに、さもそれが既成事実であるかのような雰囲気がこうして醸成されてゆく。これが世間というものの正体なのだ。
週刊誌による報道が出た時点で多くの人は、当該の人物をクロだと見る。
「報道が完全な事実ではないかもしれないが、火のない所に煙は立たぬで、まあ概ね似たようなことはあったのだろう」というのがほとんど興味もないのに、上辺だけ情報をなぞろうとする一般的な人々の感覚だろう。
特に芸能人や芸能界に対してはそうした感覚が強い。
真子はすでに芸能界を引退しているからある意味ではダメージが無いとも言えるが、現役の芸能人だったら報道が出た時点でアウト。イメージという商品価値は大きく下がる。
芸能人を批判的に見ている層は多い。何か機会があれば貶めてやろう……という意識を(むろん本人は自覚していないだろうが)ルサンチマン的に抱いている人々は想像以上に多いということだ。
そしてまた「芸能界などという
(……躍起になってSNS上で倫理的な面から芸能人を批判する人々は、それに至る自分の精神を少しは振り返ったりしないのだろうか?)
暇を持て余し、否応なくこの問題に関して考え続けていた俺は不思議でならなかった。
もちろん真子に対する批判的な意見がすべてではない。美談的に真子を擁護する声もあったし、そもそも門川砲などというものに対する懐疑的見方も当然あった。
だがまあほとんどの世間の人々は本質的には何の興味もない。少しの間話題にして暇をつぶすための材料としてしか見ていない。
1週間もすれば、ほとんどのそうした野次馬たちはこうした報道があったことすら忘れていくものだ。
喉元過ぎれば何とやら……だ。
今は時間が過ぎるのを待つしかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます