7話 クビになって
別室に呼ばれた俺は即刻解雇を言い渡された。
てっきり傷害事件だとか裁判だとか面倒なものになるのだとばかり思っていたが、課長が取りなしてなんとか警察沙汰は免れたようだ。同僚の皆も直前の状況を知っており、風祭の挑発が明らかに度を越したものであることを証言してくれた。
それで、会社から風祭に対して「会社に残りたければ事件を大ごとにするな」というプレッシャーが掛けられたようだ。
ただまあ、殴ってしまった俺を会社に残すほど酌量の余地はない、というのも厳然たる事実だ。
風祭は何だかんだ言って幾つかの案件を抱えており、会社に対する貢献度で言えば俺よりも遥かに大きい。過剰な挑発をしてきたヤツにももちろん落ち度はあるが、やはり暴力という社会的ラインを越えてしまった以上、俺を会社に残しておくことは他の社員に対しても示しがつかない……というのが課長から言われたことだった。
まあ、正直言って、そんなことはどうでも良かった。俺の今後の処遇など俺にはさして興味がなかった。
そんな些細なことよりも今の俺は、オタクとしての最低限の
俺のことはどれだけバカにされても良い。別に人に誇れるような人生を送ってきたわけじゃないし、バカにされることにも慣れている。だが真子を……鹿島真子という俺の唯一の推しをああまで貶められて、ヘラヘラしているだけだったら俺はオタクとは名乗れないだろう。
人が心血注いで賭けてきたものに、外部の何も知らない人間が勝手にレッテルを貼ってバカにしてくる行為は宣戦布告に他ならない。
それに対し俺は多少なりともオタクとしての矜持を示すことが出来たのだ。どこかホッとしたような、誇らしいような気持ちがあったことは確かだ。
会社をクビになって2,3日は気楽なものだった。しばらくこれで仕事もせずにのんびり過ごせる!
とむしろ清々しい気持ちだった。
だがむろんそれも長くは続かなかった。
無為のまま自宅に引きこもっているうちに、俺の精神は確実に蝕まれていった。
「いやぁ、この事件ね! どう思います?」
ワイドショーの司会者がわざとらしい表情を作って、芸能事情に詳しいとされているお笑いタレントにコメントを求めた。
コメントを求められたタレントもその場の空気に応えて……神妙な表情を作ってコメントする。
「いやぁ、まあねぇ……この鹿島真子さん? 元『みなさか』なんでしょ? 『みなさか』なんて大人気アイドルなんやから、もっとしっかりお給料出してあげて欲しいよねぇ。何か弟さんの学費を工面するのに使ったんでっしゃろ?」
「まあ、そういう報道は出てましたね」
「でもな、これ一見すると凄く美談にもなっちゃいそうやけどもさ、これってスゴく色々な問題が孕んでてね、やっぱりアイドルっていう商売が
「まあ、今時どうしてもアイドルになりたいっていう女の子は多いですからね。給料なんかは二の次になっちゃう子も多いかもしれませんね」
司会者の相槌に軽くうなずくと胡散臭い関西弁コメンテーターは言葉を続けた。
「それともう一つは、やっぱり芸能人専門のパパ活組織なんてものが存在している……っていうことが明かるみに出ちゃったことよね。高いお金を払えばテレビの中の芸能人と一緒にお酒が飲める! ……もちろん今回のケースは売春みたいなことはなかったと信じたいけど……まあ実際にはそう見られても仕方ない面があるよねぇ。……あ、ボクは芸能界に入って20年以上経つけど今までそんなものがあるなんて全く聞いたこともなかったですよ!」
「ホントですか? 実は裏でお世話になってたんじゃないですかぁ?」
司会者がコメンテーターに下衆な冗談を言ってスタジオは笑いに包まれた。
下衆な番組に相応しい、下衆な人間たちどもの、下衆な心の探り合い。あまりにも予定調和過ぎて俺は思わず笑ってしまった。
「いやぁ、でもね、真面目な話、これはやっぱりグループの管理体制が問われてきますよね。『みなさか』なんて清純なイメージで売ってるようなもんやから、今回の報道でグループのイメージが崩れる可能性もあるわけでさ」
「まあ、地道にアイドル活動を頑張ってらっしゃるメンバーが圧倒的多数だとは思いますけどね」
司会者がお気持ちばかりのフォローを入れる。
「そうね……まあ、みなさかの運営さん! がっぽり儲けた分はきちんとメンバーに還元してあげてください! プロデューサーの滝本篤先生なんかもう一生分稼いだでしょうから、もう充分でしょう! メンバーがパパ活だとか怪しい商売に手を出さんといてすむように是非ともお願いします!」
コメンテーターが大袈裟な調子で頭を下げて、スタジオは再び安い笑いに包まれた。
「はい、というわけで次の話題ですね! ……神戸の動物園でユキヒョウの赤ちゃん3頭が今日から公開になったというニュースです!」
打って変わってほのぼのとした映像が画面に映し出され、スタジオの空気も不自然なほどまたそれに合わせて切り替わった。
さっきまで神妙な顔をしていたコメンテーター誰もが、画面の中に映るネコ科のケダモノに対して頬を緩ませていた。
コイツらの表情もコメントも一切合切に彼らの意志など1ミリもなく、ただただ場の空気を読んで作っているだけのものであることが再確認出来たことに、むしろ俺はいささかの安堵を覚えた。
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