5話 続報
それから数日。
もっと落胆して仕事も手に付かなくなるか、あるいはヤケクソになるかと思っていたが、不思議とそれほど変わりなく過ごすことが出来ていた。
もちろん
……というか、そもそも写真週刊誌の報道なんて必ずしも事実なわけではないだろうしな。
それに俺はもうオタクは卒業したのだ!
すべては美しい思い出だった。過ぎ去ったことなのだ。どんな風に外野から水を差されてもその美しさが損なわれるわけではない。
スマホを覗けば鹿島真子に関する週刊門川の報道のことがネット上で話題に出てはいたが、俺はそれに心搔き乱されることもなく眺めることが出来ていた。
……まあ時々俺に向けて風祭翔太がニヤニヤと意味深な笑顔を向けてくることにはいささか腹が立ったが。
だが、翌週になって再び俺の心は大いに搔き乱されることになる。
週刊門川に続報が掲載されたのだ。こちらもすぐさまネット上で拡散されて話題となった。
「元『港の見える坂道を上って』の人気メンバーだった鹿島真子のパパ活組織に関する問題だが、我々週刊門川編集部はさらなる粘り強い取材によって新たな事実を突き止めた。鹿島真子の家庭環境に関してである。彼女には彼女なりのそうしなければならない事情があったのである!」
短い導入に続いて、彼女の幼少期の写真、そして実家の家屋と、その周辺の風景と称する幾つかの写真が掲載されていた。
続く記事の内容は大体以下の通りだ。
「鹿島真子の両親は彼女が幼い頃に離婚しており彼女は母子家庭で育った。15歳の時に『みなさか』のオーディションに合格した真子だが、母親の負担を考えアイドルの道に進むことには悩みもした。真子には4歳年下の弟もおり、子供2人を育てる母親の負担を考えアイドルの道に進むべきか悩んだ、ということだ。
だが母親の強い後押しもあり、真子はアイドルの道を進むこととなる。
また、弟はこの春から国立の大学に入学することが決まったようだ。真子の『みなさか』からの卒業は弟の学費の捻出に目途が付いたことが大きな理由の一つのようだ。今時家族思いの素晴らしい娘さんだ! ……と簡単にはならないのが残念なところである。そんな美談でこの記事を終えることが出来たなら我が編集部も爽やかな気持ちで筆を置けるのだが、残念ながら現実はそんな甘くはなさそうである。
すでに関係者からのインタビューでもお伝えした通り『港の見える坂道を上って』はたしかに国民的アイドルグループではあるものの、メンバーの給料はその知名度に見合ったものとはいえない。鹿島真子だけでなく何人ものメンバーを調査したところインタビューでも聞かれた「同年代のOLと同程度」というのは間違いない。そんな彼女が弟の大学の学費を捻出するほどの金銭をどこから得たのか? という問題である。
先週我が『週刊門川』に掲載した通り、彼女がパパ活組織に出入りしそこから相当の額の収入を得ていたことは間違いなさそうである。もう少しアイドルとしての活動で収入が得られていたら、彼女ほど純粋な少女が、そうした闇の世界に出入りする必要はなかったはずである。そこには日本の芸能界の闇が見える。どうか夢を追う彼女たちの待遇の改善がもう少しだけでもなされるよう我々も願っている」
要約すると、そういった内容で記事は締められていた。
(…………)
上手く感想が出て来なかった。
どう思えば良いのかわからずに混乱していたというのが正しいだろう。
こんな三流ゴシップ記事の言うことを真に受ける必要なんかない! まったくのデタラメ記事だ! と笑い飛ばせれば楽なのだろうが、そう簡単にはいかなかった。
門川の書いた記事にある程度のリアリティがあることを認めないわけにはいかなかった。
鹿島真子に弟がいることはファンの間では割と有名な話だった。彼女のブログでは度々弟のことが言及されていたからだ。もちろん具体的な情報は伏せられていたし、その顔が公開されることもなかったが、真子が弟さんを溺愛しているであろうことは文面から否が応でも感じられた。
またブログでは母親とのエピソードも時々書かれていたが、それに対し父親は一度も登場せず、もしかしたら母子家庭なのではないか……ということも熱心なオタクの間では囁かれていたことだった。
だから俺はショッキングなこの報道が出ても、むしろどこか感動を覚えてしまいそうになっていた。
ファンの前ではそんな苦労の素振りを微塵も見せず完璧なアイドルをやり遂げ、さらには弟の学費を工面するなんてことを本当に彼女が成し遂げていたのだとしたら、それは真子のまた新たな凄さを知れた喜びの方が強かった。
彼女に対する尊敬は、卒業した今でさえまた積み上がってゆくのだろうか?
思えば彼女は、グループからの卒業そして芸能界からの引退についても、あまり具体的な理由を明言してはいなかった。
単に芸能界を離れて普通の生活に戻りたい……という程度の卒業理由だった。
もちろん『みなさか』は人気アイドルではあるが、卒業後にタレントや女優などの芸能人として生き残っていける人間はその中でも一握りだ。
一般的な大学卒業の年齢である22~3才で次の道に進むというのは、現実的だし彼女らしい賢い選択だ、と俺も素直に思っていた。
しかしこうした報道が出てきたことで、その卒業の意味も変わってくるのだろうか?
……いやいや、彼女はもう卒業して次の道を進んでいるのだ。
俺もこれからは自分の人生に集中するということを決意したばかりではないか!
俺の心は搔き乱されていた。
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