4話 門川砲

(……クソ!)


風祭翔太の言ってきた門川砲のことが気になってしまう。

そりゃあそうだ。ムカつく相手の言ってきたことだから気にしないように努めてみたって、あんな内容のことを言われたら気になる。

風祭翔太がもちろん全くのデタラメを言っている可能性も無くはない。単に俺に対する嫌がらせとして気を引くための嘘を吐き、「あれぇ、俺の見たサイトではたしかにそういう情報が出てたんだけどなぁ!」としらばっくれる可能性もなくはない。


……うん、なんだか、だんだんそんな気がしてきた。

あるいは記事自体は存在しても単にほとんど論拠の無い妄想コタツ記事である可能性もある。

だがどっちにしろすでにこれだけ心を搔き乱されている以上、なかったものとしてスルーすることは出来そうになかった。


仕方なくスマホを開き検索しようと思ったが、記事はワードを入れて検索するまでもなく飛び込んできた。




(……真子!!!)


『みなさか卒業メンバーにパパ活の影アリ! 芸能界に潜む闇営業の実態とは!』


センセーショナルなタイトルにやられて、ロクなことにはならないことを知りながらも俺は画面をスクロールする手を止めることが出来なかった。


「3月末日をもって人気アイドルグループ『港の見える坂道を上って』を卒業した元メンバー、鹿島真子の裏の顔が発覚した。芸能人専門であるパパ活組織に出入りし、各方面の若手社長や男性インフルエンサーたちと度々に渡り一夜を共にしていた疑惑が出ている」


見出しの後には何枚かの写真が掲載されていた。

望遠レンズで撮ったものらしくピントも甘く顔も鮮明には映っていなかったし、そもそも三流週刊誌の白黒の紙面ではあったが、それでも確かにそれが鹿島真子本人であることは、長年彼女を追ってきたオタクとして認めないわけにはいかなかった。


「新進気鋭の若手イケメン実業家として名高いT氏は、鹿島真子と西麻布にある高級焼肉店で1時間半ほど焼肉を堪能した後、T氏の運転する高級外車に乗り込み、自室の最高級タワーマンションの一室に姿を消した。鹿島真子が再び街に姿を現したのは夜明けになってからのことであった」


この時はまだ意味を理解するよりも先に字面だけが脳内に流れ込んでくるような感覚だった。だから感情をそれほど揺さぶられることもなく読み進めることが出来た。


「あ、いや、付き合ったりとか、そういう関係ではないですよ? たかだか一介の私企業の代表である自分が彼女ほどの存在に釣り合うなんて思ってませんよ(笑)。でも……まあ、一応大人の関係はありました。最初からそういう話で進んでいましたし、もちろん彼女がちょっとでも嫌がったら途中で帰ってもらってもボクは全然構わないくらいのつもりでした。いやもちろん罪悪感もちょっとはありましたけど、どっちかっていうと彼女の方がそれを望んでいたんですよね。給料を聞いてビックリしましたよ! みんな知っている国民的アイドルなのにウチの会社の事務の女の子とほとんど変わんないんですもん! アイドル業ってのも一種のやりがい搾取だと思いますね……あ、すいません話が脱線しましたね(笑)……ともかくボクとしては充分な額の謝礼をさせてもらいました。また困ったことがあったらいつでも連絡してきて良いから……と言って彼女を自宅に送り届けて以降は連絡がないので、彼女もまあそれなりに上手くやっていってくれてるのかな……なんて思ってましたけどね」


もちろん写真はT氏の自宅に鹿島真子が連れ込まれているような決定的場面を撮ったものではない。

西麻生だか六本木だかの路上で、T氏と2人で歩いている姿を遠くから撮影したものが数枚あるに過ぎない。だから記事の後半には何の信憑性も無い……はずだ。




もう1人の証人が続く記事には掲載されていた。


「こういう会があることは風の噂で知っていたんですわ! で、自分も先輩の社長に連れられてこの会が主催する飲み会っていうのに初めて参加したんですけどな……人気モデルだとか、AV女優の子たちに混じってまさか『みなさか』の鹿島真子ちゃんが参加しているとは思ってもみなかったっすね~」


その後にはこれまた何枚かの写真が掲載されていた。

紙面の影響でこれもまた白黒で不鮮明だし、ほとんどの人物の目元には個人の特定を避けるための黒い目線が入れられていたが、今回のターゲットである鹿島真子は正面から笑顔を見せていた。

複数の男女が同席する飲み会の光景のようだった。参加者の誰かが自分のスマホで撮影したものが流出したのだろう。不鮮明な画質の中でも彼女が鹿島真子であることは疑いようがなかった。


(……ああ、こんな表情もするんだな……)


不思議な感覚だった。

少し酔ってグラスを高く差し上げ「カンパイ!」のポーズをとる彼女の表情は、長年オタクとして追ってきた俺が一度も見たことのないものだった。22歳という年相応の……遊びたい、少し背伸びもしてみたいという自然な欲求が含まれた……表情に見えた。

これはこれで鹿島真子の新たな魅力の一面を見させてもらった……と、俺は頭のどこかで思った。


「あ、ワシは元から彼女のファンだったんで、もちろんアタックはかけましたよ! 自分の会社がいかに将来有望で今後の活躍が期待できるか……そしてワシがデビュー当時からの『みなさか』のファンで、彼女のことを好きだったか……それを熱弁したんですけどな、まああっさりフラれましたわ。やっぱ時代はIT社長よりもYouTuberなんでっしゃろかな? その日は名前も知らん奇妙な髪色をした若い男と一緒に退出していきましたわ……」


インタビュー記事とされる内容は以上である。




「週刊門川は独自の長期間に渡る粘り強い取材を経て、こうした会合があることを突き止めた。これまでも芸能人が参加するパパ活組織があることは噂されていたが、今回の門川の取材が決定的証拠となったことは疑いようのない事実であろう。当該の組織には事実を糾明すべく引き続き粘り強く取材を続けていく所存である!」


「しかし『港の見える坂道を上って』は日本のトップアイドルグループであり、彼女自身も先日1万人を超えるファンの前で卒業コンサートを行った人気メンバーである。パパ活をしている最中にファンの悲しむ姿は脳裏に浮かばなかったのだろうか? ……いや、彼女には彼女に事情もあるのだろう。わかっていても必ずしも正しい行動を取り続けられるわけではないし、時には自分のことだけにワガママになってみることも必要なのかもしれない。それもまた人間なのだろう」



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