2話 オタクのイツメン
「じゃ改めて、
ライブ後、真子推しのオタク5人と会場近くの居酒屋に来ていた。もう顔も見飽きたイツメンたちである。
感情はぐちゃぐちゃのままで、本当に真子の卒業コンサートが終わってしまったのか現実感はまるでなかった。
この状態で酒を飲むことが果たして良いことなのか自信はなかったが、それよりもこのまま薄暗い自室に戻り1人過ごすことを想像しただけで怖かった。
今はどうしても1人になりなくなかった。
「ライブ、どうでした?……マコさん?」
俺に一番年齢の近い
打ち上げといったらもっとアッパーな場を想像する人がほとんどだろう。それに比して俺たちはあまりにしんみりとしていた。
でも俺たちにとっては、このテンションが何より正直なものなのだ。オタクの自分としての気持ちを偽ることなくさらけ出せるこの場があって、本当に良かったと思う。
「いや、最高だったでしょ!」
俺は自分の迷いを振り切るかのようにそう言い切った。
もちろんそこには何の偽りもない。本当に今日の卒業ライブは最高だった。
それでも俺の……そして恐らくは俺たちの……心が未だ晴れやかと言い切れないのは、やっぱり真子の卒業をまだ現実のものとして受け入れられていないからに他ならない。
「だよね、演出も選曲も最高だったよね! 今までの卒コンも良いものばかりだったけど、真子の卒コンは特に良かったと思うよ! あ、もちろん他のメンバーと比べられるようなものでもないけどさ!」
健人が俺の言葉の意図を汲み取ったのか、盛り上げるような口調で続いてくれた。
その後はそれぞれに今日の卒コンがいかに素晴らしいものであったか、そして鹿島真子というメンバーが如何に素晴らしいアイドルであったか……をそれぞれに語り始める場となった。
「そういえばさ……マコさん最初の頃は口ぐせのように言ってたよね。『鹿島真子が卒業したら死のうぜ!』って」
酒も進み話題がそれぞれに飛んだ後、健人が再び俺の方を向いてイタズラっぽく言った。
別の話題について熱っぽく話していた向こうの4人も、健人の言葉を聞いてギョッとしたように俺の方を振り向く。
「……ああ、そうだったっけ?」
5,6年前のことだろうか。
『港の見える坂道を上って』……通称『みなさか』の現場に通うようになり、コイツらとボチボチ付き合うようになり出した頃のことだった。
まだ若かったころのイキり、黒歴史……とは自分のことながらあまり感じなかった。当時は本気でそう思っていたからだ。
健人は俺をネタにしようとしているのだろうが、恐らくはコイツ自身どこか危うさを抱えている。自分でそのことに気付いているかはわからないが、そういった精神性にどこか惹かれているから、そんな話題を持ち出したに決まっている。
「……まあ確かにさ、鹿島真子が卒業して芸能界を引退した今、俺は自分が生きてる意味なんて何一つ見出せないよ? ……でもな、俺が真子のオタクだってことはある程度周囲にも知られてしまってる。例え別の理由を掲げたって、もし今俺が死んだら俺の周りの人間は真子が卒業したことが原因だと思うに決まってるだろ? それに万が一、巡り巡って俺が死んだことが真子の耳に入ったら、真子は悲しむ……悲しむかは正直わかんないけど……良い気はしないだろ?」
「……そうっすよね! そうっす、そうっす!」
思いのほか神妙なトーンになってしまいみんな緊張したように聞いていたのだが、俺の言葉がどうやら前向きなもので安心したようだ。健人が必要以上に強くうなずく。コイツも酔っているのだろう。
「真子に、ほんの少しでも迷惑が掛かったら真子推しのオタクとしては失格だろ! 在籍時にどれだけ推してたかでそれが帳消しになるわけじゃない。オタクは推しが卒業したって死ぬまでオタクだ。推しに迷惑を掛けるなら死んだ方がマシだ! あ、いや死んだら迷惑かけるんだけどさ!」
下らない俺の冗談はこのオタク仲間たち相手だから言えるものだ、ということは理解して欲しい。
5人ともその気持ちを共有しているからか、爆裂するように笑っていた。
「……それにな、俺たちはオタクとして何を学んできたんだ? 真子にどれだけ救われてきた? ステージ上で、接触の場で、画面越しに、ブログの言葉に……散々勇気をもらってきただろ? どう考えても真子の方が色々とプレッシャーもストレスも大変だったに決まってる。しかもまだハタチそこそこの小娘がだぞ? ……俺らがこれから頑張んなくてどうすんだよ? これからは自分の人生と向き合ってくしかないだろ?」
「……ったく、負けたよ負け! 誠人さんがそこまで考えてるとは思ってもみなかったよ! 単なるおっさんのキモい陰キャとしか思ってなかったけど、ちゃんと考えてたんだな、マコさん!」
俺の言葉に、感極まったかのように健人が肩に手を回してきた。
「おい、陰キャのキモオタだと思ってたんかよ! お前もさして変わんねえぞ!」
酔った健人の顔面に向かって俺はパンチを入れるフリをする。
それを見て他の4人が腹を抱えて笑っていた。
外部の目に俺たちはどう映っているのだろうか?
冴えない中年独身男性がお揃いのTシャツを着て、わちゃわちゃ笑い泣きしている……キモいと敬遠される要素は充分だ。
オタク友達としてもう数年間の付き合いになるが、それぞれの実生活についてはほとんど聞いたことがない。
でも恐らくは俺と大差のない冴えない生活なのだろう。ここにリア充はいない。
でなければ俺たちはこんなにも共感し合うことはなかっただろう。『みなさか』の楽曲にここまで心を刺され、鹿島真子に魂を抜かれはしなかっただろう。そういうものだ。アイドルっていうのは原理的にそういう風に出来ているものだ。
そして、だからこそオタクは素晴らしいのだ。
どれだけの不遇も不幸も、すべてはオタクとしての幸福の享受のスパイスになる。むしろ実生活はギリギリ死なない程度にクソである方が、反動としてオタクとしての幸せは大きなものとなる。
外部の人間にこの幸福はまるで想像も付かないだろう。
俺は今、とても幸せだった。
オタクとして歩んできたこの7年ほどがとても幸せだったことを確認出来て、とても嬉しかった。
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