第4話 いきなりトラブル発生っ!?

友達が欲しい。


二日目の朝にしてふとそう思った。


この世界で条件達成の3ヶ月を迎えるまで、俺はこの学生生活を続ける必要がある。


学生生活と言えば、青春、青春といえば、恋人と友人の存在の王道というものだ。


生憎、色々と制限の多いこの身体で親密な人間を欲する気にはならないが、友人なら作ってやっても良い。


友達づくり、つまり、人とのコミュニケーションで何が一番大事か。それは話しかけること。なにせ、言語は唯一生き物の中で人類だけが持ち得る力だ。それを有効活用しない手はない。


ガラガラッと昨日と同じように扉をスライドさせた。


ザザッ


騒めきと共に、またしても視線が集まる。


うむ、今日は遅刻していないはずだがな。昨日はちと目立ちすぎたか。


自身の席に座ろうとした時、昨日は空席だった場所が埋まっているのを目にした。


そこにはサラリとした黒髪の少女がいた。


雰囲気でえば、清楚系。大学は周りと比べ幾分か華奢といったところか。


長い前髪からは白い素肌が見える。


確か、苗字は、西宮、だったな。


喜べ、仮にも日本を代表するであろう男の側に居られるのだ。残念ながら、そのありがたみは十数年経たないとわからないだろうが。


「おはよう、昨日は休んでたみたいだな。」


早速声をかけてみた。しかし、反応がない。この距離で聴こえていないはずはないが。


「西宮と言ったか。善意で声をかけた相手には善意で応えるのが礼儀というものだぞ。」


またも反応がない。流石にこう言う態度を取られると気分が良いものではない。


「おい、聞いてるのか。」


司は少女の肩に手を置きこちらに振り向かせる。


「っ!!」


彼女の表情は驚きに満ちていた。


しかし、それ以上に、司は驚いていた。彼女の手に持つボールペンは自身の喉に今にも突き刺さろうとしているように見える。


その奥にある彼女の机には黒い幾つかの文字が刻まれている。


“馬鹿”“死ね” “消えろ” ”学校くんな”


なるほど、イジメか。


イジメ、それは未来においても社会問題となっている大きな課題の一つ。


俺の時代では、八割近い学校がいじめを認知しているというデータが出ていた。死者は毎年300人に上ると記事で読んだことがある。


とは言え、勝ち組を歩んできた俺からすると口裂け女と同レベルの都市伝説に過ぎなかった。なにせ、この目でみてないのだから。


しかし、それが今やっと現実に起きている。それも一歩間違えれば血飛沫を浴びていたかもしれん。


さてどうする。隣人に死なれると流石の俺も心地の良いものではない。ここは一人生の先輩として助言してやるとしよう。


「まぁ、机など使えればなんの問題もない。嫌なら、担任にでも言えば快く変えてくれるだろう。だから、その程度のことで馬鹿な行動はするな。」


そう優しく声をかけたつもりだ。


しかし、少女の目は憎むような鋭い目つきに変わる。


「....人に口挟む前に自分の現状みたら。」


「ん?」


視線を自身の机に移した。


“馬鹿“死ね” 消えろ” 学校くんな”インキャ顔”


隣の少女と同じようなことがこちらにも書かれていた。なんなら、こちらの方が情報量多いまである。


これは俺が虐められているのか。何故?心当たりが全くないな。


「クスクスクスっ。」


遠くで男女数人組がこちらを見て笑っていた。


行動理由はどうであれ、犯人は犯行を隠す気がないらしい。


しかし、イジメとは精神的な傷を受けると聞いたが今の自分に全くその気配がない。


俺が馬鹿ではないのは、世間が証明している。 死ねも消えろも、既に死にかけの身としてはどうでもいい。”学校にくるな”は少し困るな。しかし、日本には発言の自由がある。それをどうこうする気は無い。インキャ顔は、うむ。今度、美容院行ってくるから暫しお待ちを。


案外退屈なものなのだな。イジメというのは。


ため息と共に、司は1限目の数学の準備をしようと机の中の教科書を出した。


ベチャッ。


机の上に大きな水滴が垂れた。


出てきた教科書は全てびしょびしょで中にはページが破れているものもあった。


「ガャッハッハ、見ろよ。濡れてやんのっ!」


隣を見ると女子生徒のも同様に教科書が濡らされていた。


ーなるほど。これは少しムカつくな。


司はゲラゲラと笑う岡崎の前に立った。そして、机の上にある教科書を手に取る。


「あ、なにやってんの。」


「お前の教科書貰うぞ。」


「は?」


「安心しろ。濡れた分は全てやる。破けているものもあるが、その分は新しいのを買ってくれ。」


「おい、こらぁっ!俺がやったみたいな態度取りやがって。証拠はあんのかよ。」


「今はない。だから、訴訟を起こしても構わんぞ。勿論、その時は指紋検査までキッチリさせてもらうがな。」


毅然とした態度を取る司に、今度は岡崎の余裕が消え去っていく。


「お前、本当舐めてんな。一回締めとかねぇと学ばねえようだ。」


「お前こそ、吠える以外のことを学んだらどうだ。仮にも人間だろ。」


「なんだと、このクソインキャがぁっ!!」


パチンッ!!


岡崎の拳が司の頬に当たった。


「おら、雑魚が。いきがってるからこうなんだよ。」


「...えい。」


「あ?」


ー正当防衛。


「フンッ!!」


深く身体の重心をおろす。そして、そのまま下から左ストレートを顎に繰り出した。


「ぐぁっ!?」


宙に舞うようにして、岡崎は床に倒れた。


キャー、という悲鳴と共に、仲間らしき数人の生徒が周りに集まってくる。


「これで、一発ずつでおあいこだ。無論、痛みに関してはそうではないがな。」



30に差し掛かった頃、ポッコリしてきた腹を無くす為にトレーニングとして、キックボクシングとジークンドーを始めた。前者のコーチは、元K-1チャンピオン、後者は創始者の直系。勿論、プロに通用するレベルではないが、素人相手なら徒歩と原付くらいの差はある。


しかし、格闘と武道において本来不要な暴力はご法度。

コーチ、師匠、この場合は、両成敗ということで許してくだされ。


「じゃあ、教科書全部貰ってくぞー。あ、後、そこの女、お前の分も貰っていく。代わりに西宮の分を使ってくれ、いいよな。」


「あ...うん。」


司の発言に、先ほどまで笑っていた女子一同は小さくうなずいた。


この後、担任に倒れている岡崎を目撃され、2人は職員室に呼び出されることになった。


だが、机に落書きなどという証拠を残してしまった岡崎の罪が重くなったのはいうまでもなかった。

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