第3話 45年ぶりの学生生活

目が覚めるとそこには見慣れぬ天井があった。いや、この表現は違うな。正確には、久しぶりの既視感に満ちた天井があった。


起き上がると、気の抜けた身体から欠伸が出た。身体が怠い。どうやら、この身体は睡眠の最中だったらしい。


知識がはっきりするにつれ、周りの景色が頭へと入っていく。そして、一つの思惑の胸を元に司は向かいの洗面所へと走った。


そこの鏡に写っていたのはまだ幼さの残る少年の姿。


髪はもっさりしていて、頬には小さなニキビが出来ている。


見た目はどうであれ、その中に映し出される顔は紛れもなく昔の司本人だった。


まさか、本当に過去に戻ってしまうとはな...。


この世の大抵のことには精通していると自負していたが、案外人一人の知れる領域などたかが知れているのかもしれない。


「まさか50年近く前に戻されるとわな。というか、自分でも引くほど酷い外見だな。よくこれで外に出ようと思えるものだ..。」


将来、何万人の聴衆の前に立つ人間としてこの美意識の低さは子供とはいえ許し難い自体だ。


時間があればせめて美容室にでも寄るとしよう。


そもそも、まだこの現状を受け止めきれていない自分がいる。最新の映像技術は一歩間違えれば現実と混合する程の進んでるらしい。この世界が質の高いVRである可能性もなくは無い。


己の姿だけで無く、ちゃんと過去の人間を見てからじゃないと完璧な信用は...。


「んー、司、もう起きたの。」


「あ。」


鏡に映った声の主を見て思わず声を失う。


「な、なに、そんな死人でも見た感じの目。そんなに寝起きの顔ヤバい?」


そうだずねてくるのはこちらも紛れも無く俺の母親だ。


若い。ちゃんと猫背でも無く、白髪もほとんど無い。それでも、30は悠に超えてるはずだが、亡くなる最後に見た姿と比べれば一目瞭然だ。


これで確信した。ここは間違いなく俺の存在していた過去の世界だ。


久しぶりの質素...いや、家庭的な朝食を済ませた後、司は白服の男にもらったキューブを眺めていた。


時を戻せるこの機械。いくら自分の生きていた現代に直結していないといっても、世界を何度でもやり直せるというのは最早、神の域にまで達している。


あの場では酒が入っていたとは言え、冷静になると相当やったかいなモノに手を出してしまったようだ。


司はそのキューブのスイッチを入れた。


“俺、もしかして、神の領域に入っちゃった。なんて、思ってませんかー、そこの司さん”


「...お前、どうやって繋いだ。」


“あー、どうやって映像繋いでるの?と思ってます。それ録画してる奴なんで意思疎通出来ないんですよ”


そうなのか。その割には、妙に手のひらで踊らされている気がするが。


”まず出会った時に出来なかった基本的な操作方法を説明します。時間を移動する方法はもう説明してますよね。”


司はコクリとうなづく。


”時間を移動するのにはそれなりのエネルギーが必要です。貴方のは簡易版ですので回数は2回。既に一度実験で使用済み、そして、貴方で一回使っているので、後、1回ですね。子供の身体だからって間違っても踏んづけて押しちゃったりお風呂に入れたりしないでくださいよっ、ねぇ、聞いてますー!?”


ウザっ。たが、それが聞けて安心した。第一、何度も出来てしまえば、それこそ、何の面白みもない生活になってしまう。


“あ、でも、折角の過去の旅、司さんにはエンジョイして貰いたいという思いを込めて幾つかの機能をつけました”


白衣の男が指を3本立てる。


“1 パワーライズ:対象の運動能力を一時的に1.5倍にします。2:メモライズ:記憶能力を一時的に上昇できます。これで文武両道でモテモテ間違いなしっ!!3は、まぁ、使うことはないでしょう。


いや、言えよ、気になるだろ。とは言え、最初の二つだけでも充分便利な機能が付いているな。付加価値の重要性を理解しているとは中々出来る会社ではないか。


まぁ、こんなものに頼る予定は元よりないがな。


“この機能はそれぞれ3日に1回しか使えないので覚えといて下さいねっ!それでは、長い長い過去の旅を楽しんでくださーい!!”


映像はそこで途切れた。


さて、既に過去での生活の一日目がスタートするわけだが、一体この時代の俺は何をすればいいものか。



「あれ、司まだいるの?大丈夫?」


扉を開けた母さんが怪訝な様子で話しかけてきた。


「ん、何の話?」


「アンタ、今日平日よ。学校、あるでしょ。」


ーーーーーーーーー



数十年ぶりの学校。ビジネススクールと大学時代を抜くと、約40年ぶりとなる。


校舎は、元は白だったのだろうが黒く濁っており、そこそこの年数を感じさせる。


校門には、司と同じ制服を着た生徒が集まり、そこには教師らしき人間が2人ほどいる。


片方は、竹刀を持っている。


良かったな。俺のいた2058年じゃ一瞬で留置所行きだ。



俺は群れるのがあまり好きではない。現に今も1人なわけだが、同じ制服の連中に囲まれていると、集団の一部のようで気分が悪い。


確か、1学年で3.4くらいあった記憶がある。1クラス30程と考えて、全校生徒で300名前後か。


そりゃあ、多いわけだ。そんなに要らないだろ。何の為に足切りの入試があると思ってるんだ。



昇降口にたどり着いた司はあることを考えた。


俺が現在中学生だということは制服に”柳沢中学” と刺繍された校章を見れば理解した。しかし、問題はそこにクラスが記載されていなかったことだ。


下駄箱は、1年、2年、3年と別けられている。丁寧にどうも、と言いたいが、日にちを確認し忘れたので、そもそも、何年生なのかも分からない。


カバンのポケットには、長さ12センチほどのスマホに似たデバイスが入っていた。確か、iPod touchという名だったか。

音楽プレイヤーでも日時程度は調べれる方思ったが、電源を押しても画面は黒いままだった。


2058年では、電力は無線を通じて勝手に支給されるものだった。過去と理解しているとは言え、未来の技術に慣れていると、流石に不憫さが目立つ。



数にして、500はある。


ここから自分の場所を探すのか...。


「だから、人が多いのは嫌なんだ。」



結論を言うと、俺は遅刻をした。


チャイムがなっても、自分の下駄箱が見つからずにいた俺を、先程竹刀を握っていた教師に呼び止められた。どうやら、その教師は、俺のことを知っていたようで、快く幾つかの質問に答えた。


天勝 司。3年4組。そこが俺がこれから生活していくクラス。


逆算すると、西暦にして2013年の10月。実に、45年前の世界ということになる。


戻ってきたはいいが、既に中学最終学年の後期と来た。どうせなら、もっとキリの良い時期に飛ばせと言いたくはなるが、所詮は滞在期間にして3ヶ月のみの世界。訪れない可能性に一喜一憂するより、まずは目の前のことに向き合うとするか。


ガラガラッとドアがスライドする音が鳴る。


その音に、一斉にクラスの視線が集まる。


注目されるのには慣れているから何ともない。寧ろ、殆ど忘れていた連中の顔がよく見える分良いとも言える。もう一度やり直す以上、仲間の名前と顔は覚えてやらないとな。


「あ、天勝くん、おはようございます。今日は来てくれたんですね。」


母さんよりも数段は若い女が教卓から声の投げかけた。


髪はサラリと長く薄らと茶色に染められている。

スタイルは服でよくわからないが顔は中々の美人。


リクルートスーツで就活の場に現れたら、二次面接までパスしてやれる自信はある。


この人が貴方の昔の担任だよ、と言われれば見覚えがある気もしなくもない。まず美人の顔の黄金率は決まっている。だから、大抵美人と呼ばれる女の顔は似てしまう。面食いだった男が顔に飽きる理由の大半がこれ。だから、覚えているかと言われれば既視感がある程度。まぁ、40年以上も前のことだ。数日前ののことでさえ記憶が怪しかった俺が覚えてるはずもない。


今日は?少し引っかかるワードだが、俺は遅刻した身だ。遅刻する奴は社会で挨拶できない奴と同じだ。少しでも、償うためにも、さっさと席に着くことにしよう。


司は辺りを見渡すと、ポツンと空いていた席に座った。


「あっ、そっちは、西宮さんの机で。天勝くんはその隣。」


見ると、確かに隣もポツリと空いていた。なんだ。紛らわしい。こんな日に休むな。


改めて席に着くと、担任らしき教師が生徒全体を見据えハキハキと言葉を発し始めた。


「では、出席を取ります!」


そうして、一から30までの人の名前が呼ばれていく。


名前を聞けば思い出すかと思ったが、ビックリするくらい何も思い出せない。今更だが、このレベルだと最早やり直しではなく、リセットだ。


「では、出席を取り終わったところで、このまま続けて、文化祭の出物について進めていきたいと思います。文化祭委員の2人前に。」


教師の言葉で、Mr.アベレージな顔の男と、あ、こいつ絶対ギャグ通じない奴だって風貌の女が前に出てきた。


「それでは、舞台での出し物は前回劇に決まりましたが、今回は、クラス内での出し物を決めていきたいと思います。」


おおっ!!文化祭か。今でも漫画は偶に読むが、文化祭パートは欠かせないイベントの一つだ。いきなり、その場面に立ち会えるとは運がいい。


「何か案のある人いませんか。」


シーンと静寂が流れる。


なんだ、恥ずかしがっているのか。良い良い、子どもにはそういう時期があるものだからな。ここは大人の俺が先陣を切るとするか。


静けさが切り裂くように司の手がビシッと上がった。


「あ、えっと、天勝くん、どうぞ。」


驚いたような視線が周りから集まる。お前ら、驚くのは早いぞ。なにせ、最強にして最高の提案をしてやるとしよう。


「ズバリ、メイド喫茶だ。」


再び、静寂が流れる。


なんだ。名案すぎて声も出ないか。流石、俺、ここでもキメてしまったようだ。


「ぶはっはっはっはっ!」


すると、一人の男子生徒Aが笑い出した。


笑うほど素晴らしい提案だったか。良いぞ。エンタメ性も考慮してのことだからな。


「おい、聞いたか。お前ら、メイド喫茶って、流石にキモすぎるだろ。」


今度は違う意味で、場が静かになる。男はそれだけの圧力を周りに与えていた。


「キモくないぞ。男はスーツのつもりだからな。あぁ、メイド服が着たいのなら止めはしないが...うむ、やはり、目の保養の為にも考え直してくれ」


「俺は着るつもりねーわっ!!ったく、久しぶりに来て何を言い出すかと覚えば、出しゃばりやがって」


そう、笑い混じりの声で言い放つ。


「ほう、そこまで言うならお前は何を提案するんだ。」


ニヤリと笑みを浮かべ、そう尋ねる。


「あ、なんだ。その態度はっ!?」


何か気にでも触ったのか。男子生徒Aが立ち上がった。


「喧嘩はやめてよ。別に何が採用されるかはわからないし、意見はなるべく沢山あった方がいいから、天勝くんのも書いとくね。」


文化祭委員の女子生徒がそう言って黒板にメイド喫茶と万象し出した。


あの女、話わかるな。ギャグが通じないとレッテルを貼ってすまんな。訂正しておこう。


「おいおい、ただ意見言っただけだろうが。」


「じゃ、じゃあ、岡崎くん、何かある?」


今度は、教卓に立つ男子生徒Bが恐る恐る先ほどの男子生徒Aに尋ねる。


「ん、なんだよ。みんなが言わないなら俺が言ってやるよ。」


岡崎と呼ばれた男は、もったいぶった態度で言葉を続けた。


「チョコバナナ。」


「ぐっ..ぐははははっ!!」


「誰だ、今、笑ったのっ!?」


岡崎の怒鳴り声が教室内に響く。


司はそんな様子を気にすることなく笑いを飛ばした。


「いやぁ、すまん。勿体ぶって一体どんな優れた意見が出るのかと思えば、チョ・コ・バ・ナ・ナ。これは、クククッ。」


「天勝、お前、マジで舐めてっとぶち殺すぞ。」


殴りかかろうとする岡崎を、数人の男子が止めに入る。


「頭の弱い奴ほど動物的行動、即ち、暴力に走る。俺はお前と同じように意見を口にしただけだ。」


そうして、司は視線を生徒全体に向ける。


「ここにいる全員に行っておこう。文化祭のいうのは中高合わせて人生に6回しか訪れない貴重なイベントだ。春も夏も秋も冬も、待っていれば勝手にくるが、チャンスは掴みに行かなければ同じものは二度と掴めなくなる。」


一歩強く脚を踏み、空間を掌握するように言い放った。


「人生で6回しかないチャンスの一回が今来ている。なら、それを振り返っても思い出に残ることをするべきだとは思わないか。それを、一時の恥ずかしさや、怠惰で、逃してしまう人間は一生この先でも負け組だぞ。」


この後、ヒソヒソと話が聞こえたり周りの視線が度々こちらき向かってきたものの、徐々に提案が募るようになり、最終的には、お化け屋敷で決定した。


メイド喫茶の良さが皆には伝わらなかったか...。


考えてみれば、メイドをやるには中学生は子供過ぎたな。次、高校生をやり直す機会があったのなら、もう一度提案するとしよう。



そうして、幾つかの授業を終え天勝 司のやり直し生活1日目が終了した。

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