第10話そして終わる『もの』

掲げた右手に『呪い』が集まって来る、手が熱い、いくらヒエがフォローに回ってくれているとはいえ。流石に物理的にも精神的にも厳しい、俺は苦悶の声を上げる、だが右手からヒエの声が聞こえてきた


「キツイだろうけど我慢しなさい、私にあれだけ大見得を切っておいて、情けない所見せないでね」


「ぐっあああ」


くっそ!あんな事言わなければ良かったと後悔しつつも更に腕をつきあげる。

凄まじい奔流が右手に集い、そのうち外の光が見えてきた。


太陽の光が眩しい、空は青空が広がっている。もう少しだ、更に自分を奮い立たせる、哀れな神様そして呪い達も、どうか救われますようにと願った。


そして最後の呪いを吸収し、最後に一粒の光の雫がポトリと宿った。


俺は膝から崩れ落ちる右手を掲げたまま。そんな俺のもとに塚田さんが駆け寄ってくる、心配そうに俺と右手を交互に見るそして


「終わったんですか?」


「いえ、まだですよ今から言う事を実行して下さい」


塚田さんに、祭事のこと俺を連れて白山へと運んでくれる事。


塚田さんは了承しすぐさまに関係各所に電話をかけている。そして俺は起き上がりアイツの元へと歩いて行く、アイツにはこの右手に宿るヒエと呪いは、見えていないらしい


「おいテメェ随分と好き勝手言ってくれたなぁ」


職員が俺を静止させようと向かって来るが、そいつ等に向かって呪いを放った、2週間程寝込む程度のものだ。俺に向かって来た5~6人は、その場で倒れ込む。

更にアイツへと近づく殴れる範囲に入った


「てめえのしでかしたくだらない事で多くの『もの』が犠牲になった、まぁ俺の事なんてどうでも良い」


「だからてめえに対して慈悲の心は必要ねぇよな」


「ひいいいい、私はこの街の為に」


「はっ発展の為に尽力を尽くしてきた!お前の様な社会不適合者に言われる筋合いは無い」


どこまでもおめでたい


「じゃあ振り返ってみな、面白いものがみえるぜ」


そう促す、そいつが振り返って見る。其処には、俺の右手からちょっぴり解放した呪いがそびえ立つ、これならおめでたいアイツにも見えるだろう。


「ヒェッたった助けてくれ!」


「私は悪くないっ頼む助けてくれ!」


「さっき言ったよな、慈悲の心は必要ないって許してくれるかどうか『それ』に聞いてみな」


「私はこんなところで終わっていい人間じゃ無いんだ!私が居なくなれば誰が…」


そこまで聞いて俺は


「大丈夫だよ、てめえも言ってたじゃないか代わりならいくらでもいるって」


「だからさっさと歯を食いしばれ、取り敢えず15年物の恨みだ!」


右腕に宿るヒエの怒りを感じる、恐らくヒエにはコイツが今までしてきた事が全てお見通しなのだろう。拳を握り締める


俺は何十年ぶりか、色々な思いを乗せて人を殴り飛ばした

殴り飛ばした先には、『それ』が待ってましたとばかりにソイツに取り憑く。


ヒエとの約束を1つ果たす


周りの人間どもが煩い、コイツらもコロスカ?


後ろから水をかけられる


「ぎゃああああああああ」


叫び声をあげ正気に戻る、少し記憶が曖昧だ


「俺はいったい何を…」


「あの人殴り飛ばしたんですよ」


指をさす、あぁ記憶が曖昧だ。でもこれで1つ終わった事になる


「さぁ早く乗って下さい!時間がないのでしょう?」


そうだった今俺の右手は『呪い』の塊だ一刻も早く、慈光寺へと向かって貰わなければ、俺は助手席ではなく後部座席へと倒れ込んだ。塚田さんが車をとばす


「どの辺りから記憶が曖昧に?」


そんな事を聞いてきた


「確かアイツの顔を見たぐらいからですかねぇ」


「私も見ては居たのですが、流石にただならぬ気配を感じて動けませんでした、すみません」


「いや良いんですヒエとの約束だったので」


「ヒエ?誰ですかそれは?」


苦しい、体が熱い節々も痛い特に右腕は、今すぐにでも引き千切ってしまった方が楽になれると思った。


「ヒエについては、終わったら話しますよ」


「この事態は終わるんですか?」


「まだうまく行く保証は出来ませんが…」


「多分…」


ヤバい意識が遠ざかり始める、ヒエの言った通りだ。やっぱり俺じゃなぁ、それでも気合をこめるのだが、もう心は押し潰されそうだった


「八神さんあと少しです!八神さん!?返事をして下さい」


「ぁぃよ」


とだけ返事をした、せめてヒエとこの呪いを救ってあげたいという想いだけは残っていた。


「ありがとう、貴方は充分に頑張りました、僅かですが私も力を貸します」


そんな声が聞こえた。

左腕が光っている、それは勝手に動き右腕に添えられる、幾分か楽になった


もしかしてヤエか?でもヤエは今は…窓の外を見る既に白山の付近だった様だ

なるほど少し力が戻ったって事か、きっとヒエは喜ぶだろう


「ありがとう塚田さん、もう少し飛ばしてください」


「大丈夫です、もう付きますよ」


既に駐車場へと入って行く、其処には、始めて来たときと同じ様に宮司様と二人の巫女が居た。


「私が連絡をしておきました」


流石出来る女である


車を停めるとドアを開けてくれる、俺は手水舎へと向かおうとしたが宮司様に止められる。


「八神さん、貴方のその右腕に宿りし呪いは、手水舎ではどうにもなりません」


何てこった、ここまで来て最後の最後にこんなオチかよ


「ですがここ迄、良く頑張りましたな!こちらへどうぞ」


俺達は山林を歩く、そこには川が流れていた

宮司様は言う


「かつてある神が穢を落とすために川に入り身を清めたと言います、その穢れは川を流れ海へと流れ行き、穢れを呑み込みまた新たなる命となると言われています」


「じゃあ!」


「はい、この川に浸かって穢を落とすのです!」


「へっ!?まさか全身じゃあないですよね?」


「貴方の穢れもう随分と進行してますよ?」


行衣に着替えさせられる。くっそ寒い、足の指先をつける冷たい!


「やっぱり腕から…」


そこまで言おうとしたら


「言わせませんよ」


と言われ塚田さんに川へと突き飛ばされた。


「ひゃあああああああああああああああああ」


「あばばばばばばば」


「冷たい!ちょっと押さえつけないで!」


「冷たいだけじゃないんです、全身から何かが引き剥がされる痛みがあるんです!」


「聞いてます!?」


「それが穢ですな!流されまいと八神さんの身体にしがみついて抵抗しているのでしょう」


「いたいいいいいいいいいい無理無理無理無理無理無理冷たいいいいいいい」


「ひゃああああああああああ」


「助けてくださーーーーーーーい」


そこまで叫ぶと


「まったく情けない姿見せるなって言ったでしょう?」


俺の右手からヒエが現れる、それを見て宮司様と二人の巫女が驚愕している。


「お前!?」


「私が受け止めた呪いの大半は、流れつつあるわ、だからあんたは根性見せなさい!」


そう言うと宮司様と一緒に俺の身体を更に川へと沈める


「お前ふざけんなよ!いやああああああああ痛いいいいガボッ」


「せめて顔までは止めて溺れちゃう!ボディ迄でグッへぇ」


二人の巫女はヒエを見て拝んでいる、俺をヒエと一緒に抑え込んでいる宮司様は。これ以上ない程の笑みを浮かべて俺を抑え込んでいる。


そうこうしていると、俺の身体がすっと楽になった、冷たさも痛みも感じない何処までも身体が澄んでいき満たされていく。不思議な感じだ、おそらくは霊気のような物だろう、それが俺の身体を通して満たされていく

ヒエはそれを感じ取ったのか、俺の右手へと戻って行く、意識を集中させると確かに両手更に俺の鳩尾の辺りに霊気が溜まって行くのが分かる。


宮司様が

「八神さんすみませんが、そのまま身体を浸かり続けて下さい、私にも感じられますよ貴方の身体を通して満たされていく力を」


もう冷たさも痛みも感じなくなった俺は


「このままで良い」


そう言った、なんせ15年分の霊気でも補充してるんだろうあの二人は


日が暮れ始めてきた、両手が淡く光りだすと同時に冷たさを感じるようになって来た。


「あっひいいいいいいいいい」


「おお、そろそろですかな!」


宮司様が興奮している


「もっもう良いですよね出ても!?」


「大丈夫でしょう、さあ上がってください」


塚田さんがタオルと毛布を持ってきてくれた。俺の方は思い出したかのように寒さを感じ始めガタガタと震えていた。

宮司様は俺達を拝殿へと連れて行ってくれた、入るなり俺の両手が強く光り始めた、それを差し出す。

俺の両手から彼女達が光りと共に現れた


「ヤエ!」


「ヒエ!」


感動の再開らしい、もうこの二人はどうでも良いので後は任せて俺は風呂へと向った。






「あ〜生き返った」


風呂から上がり戻ると、ヤエとヒエは寄り添って座っていた。塚田さんに聞くと、先程迄それはもう凄まじい程仲睦まじく、じゃれあって居たらしい。

まぁヒエ曰く最愛の彼女とか言ってたっけ、まぁそういう姿は見えない所でやって欲しいものだが


「あのさヒエ、お前浮かれるのもいいけど何か忘れていないだろうな?」


「わかってる、私が起こしてしまった『呪い』で犠牲になった人間たちのことでしょう?」


「大丈夫よヒエ、私も一緒に償って行くから私達は何時までも一緒だから」


「それと貴方ね、何でヒエを呼び捨てにするの」


「彼女とは深い仲なんです」


冗談で言って見た


ヤエの目の色が紅く光る


「ヒエ、嘘だよね?こんな人間なんかにこんな人間なんかにぃ!」


「ちょっとヤエ!?そんな事をあるわけないでしょ」


おおっとこれはヤバい、ヤエは面倒くさい女神だと確信する、コイツらどっか拗らせている俺は


「冗談だよヤエ」


と声をかけた瞬間


パチーンとビンタされた


「なにすんだ!あんた」


「神を気安く呼ばないで、私をヤエと呼んでいいのはヒエだけよ!」


車の中で助けてくれた時の神々しい喋り方は何処かへ行ったらしい、そして面倒くさい


「うっさい!助けてやったんだ、それぐらい別に良いだろう、ウィンウィンって言葉知ってか!?」


「何よそれ?」


「半々って意味だよ、ヤエは眠りについてたから分からないだろうが、ヒエは理由はどうあれ多くの命を奪った!」


「それなら私も見てた!ヒエが堕ちていくのを止められなかった!力を失ってしまった私には…」


「いいのヤエ、こいつにどう呼ばれようがもう良いのよ、あなたが戻ってきてくれた事の方が嬉しいから」


もういいや、コイツら放っといて


「塚田さん宮司様、これからの事ですが」


「市の方では、日取りと段取りが整い次第、八幡神社と日枝神社において祭事をとりおこなう方針です」


「それじゃコイツらはそれまでは?」


「女神様にはそれまで、ここに留まっていただきましょうか」


「ああそれだけど、私達一旦神界に戻るわよ?」


「何ですと!」


「今回、私がした事は到底赦されることじゃない」


「ヒエ、貴女」


「然るべき場所に出向き裁いてもらい…」


『その必要はありませんよヒエ』


突然脳裏に、声が響く塚田さんにも聞こえたらしい。


『痛ましい惨劇でした、ヒエ貴女があの様な凶行に及ばせた原因は此方にもあるのです』


その声を俺達は聞いていた。


『神の座を用意しなかった人間の愚かさ、そして神界の掟が破綻してしまい、ヒエとヤエを強制的に争わせてしまった』


『罪があると言うのなら人間と神界の掟でしょう』


『ヒエ貴女には改めて、ヤエと共にこの地を管理して下さい、良いですね』


『犠牲になった者たちは此方で救済措置を取ります、貴女の放った呪いで、今苦しんでいる人間へと救済の手を差し伸べましょう』


『これで何名か助かるでしょう、ですが亡くなった魂はもうどうする事もできません、せめて新たな命へと輪廻させましょう』


『いいですね?解き放し者よ』


解き放し者?俺の事か?


『そうです、貴方です』


俺はヒエを横目で見ると


「じゃあ俺に天罰されても良いので」


ある人物の名前を告げた


「そいつには救済を与えないで下さい」


『わかりました、あなたの罪になりますが宜しいのですね』


「別に良いですよ」


ねっと言って塚田さんの方を向く


「私は何も聞いてませんよ?」


「じゃそういう事で、」


『それではヒエ、ヤエ二人で支え合い繁栄をもたらせるのですよ』


ヒエとヤエは、お互いの手を握りながら力強く頷いた。


そして声は聞こえなくなった、宮司様は涙を流しながら何やら祈り始めた。二人の巫女はそんな宮司様を押さえつけようとしている。


「これで終わりっと!」


塚田さんの方を向き手を差し出す


「お疲れ様でした」


握手を交わす


「さて何とか2月から始める仕事に間に合ったか」


「予定決まっていたんですか?」


「まぁまた派遣社員としてですけど」


「それでも就労の意思があるだけ良いですね」


「ですかね?」


そんな事を言っていると、ヒエとヤエがやってきた


「健、あんたには助けて貰ったうえに借りまでつくちゃったから、特別に名前で呼ぶ事を許可してあげるわ」


ヒエはそんな事を言う


「あんたには助けられたヒエの借りは私の借りでもある、だから私もしょうがないけど許可してあげるわ、この無礼者」


「「だから、ありがとう」」


「どう致しまして、まぁもう会うことも無いだろうしこの土地をよろしく!ヒエ!ヤエ!」


フンと言ってまた二人だけの世界へと戻って行く



「もうあれ完璧にレz」


そこまで言いかけて


バッチーンと塚田さんにビンタされた


「痛いですよ」


「私も手が痛いです」


もう慣れていた自分が悔しい


そして宮司様のところへ行き、改めて御礼を告げた


「いえいえ素晴らしい奇跡も見せて下さったんだ!逆にお礼が言いたいぐらいですよ」


「まあ新しい神の座が出来るまで、あいつらお願いします」


「手放したく無いのですが」

と小声で言った


バッチーンと宮司様が塚田さんにビンタされた


「ほへ!?」


「何か言いましたか?」


「何も言っておりません!」


マジ塚田さん最強






「じゃあこれ」


俺は残された2本の三角剣を宮司様へと預ける


「良いのですか?」


「これからはあいつらが街を守ってくれるんでしょ?ならもう必要無いですよ」


「ですかね!ですが忘れないで欲しいのは、この三角剣は八神さんの分身の様なもの、何時でも守って下さりましょう」


「じゃあ丁重に奉納しといて下さい」


「わかりました、預からせて頂きます。八神さん本当にお疲れ様でした」


挨拶を交わす、塚田さんを探すと巫女さんと話をしていたが、俺に気付いて向かって来る。



「帰りますか?」


「はい、もうクタクタです」


駐車場迄皆が見送りに来てくれた、そこにはヒエとヤエも居た。軽く手を振ってくれた、ちょっと嬉しい。


宮司様と巫女さんにも挨拶し、車に乗り込む


「さぁ帰りましょう!」


塚田さんは車を発車させた。


「見てください八神さん、街が」


「街がどうかしました?」


「見えないんですか?もう靄のようなものがなくなってますよ!」


「へ〜俺にはもう何も感じませんよ?」


「街がくっきりと見えます!」


「そうなんですか、それは良かった」


「それでは八神さん、もうこのままアパート迄送りますよ」


「お願いします、流石にこんな体で市役所から歩いて帰れって言われたら。キレますよ」


冗談めかして言う


「そんな事はしませんよ」




アパートに付く、車を降りる


「八神さん!働いたらちゃんと収入報告して下さいね」


「分かってますよ、何時も正直に出してるじゃないですか明細と一緒に」


塚田さんは笑うと最後に


「本当にありがとうございました、そしてお疲れ様でした」


「こちらこそ役に立てて良かったです」


「「それじゃまた!」」



塚田さんの車を見送り、アパートの部屋へと入る随分と帰って来なかった様な気がする

だが安アパートと言えども我が家には違い無い、とてもリラックス出来る。ここ数日の事を思い出しながら布団に入る



全てが終わったそして新しい明日が始まる。

今はそれで良い、そして灯りを消し俺は誰に言うまでもなく言った。






「おやすみなさい」





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