一章
1
部屋に落ちる群青
雨の匂いがする。
換気口の隙間から聞こえてくる雨の音がこの部屋の音を支配してしまったような気がした。少し開いた窓から入ってくる風は肌寒くて、家の中にいるということを忘れさせてくる。でもそんな風の音もまたいいと、愛しい思い出をなぞるように呟いた。
音を生業として生きているにも関わらず僕は音のない空間が意外と好きだ。
といっても自然の音は存在しているので無音ではない。
まぁそういうことなのだ。
無音の空間に響く自然の音はただ聞き心地がいい。
どんなに素晴らしい曲でもこれには勝てない。
というか人間が創ったものである限り勝負にすらならない。
だからだろうか。そう思いながら書く曲はいつも納得がいかない。
「それはそうか」
誰もいない部屋に一人ごちた言葉だけが浮かんでいる。
空しいようで辛いようで消し去ってしまいたいと願った。
そして、あの人の音楽はそれに並ぶからすごいんだよなと憧れの作曲家のことを考えた。でもそんな風に思う音楽は人それぞれなので、誰かと一致することはごく稀だろう。
僕はノートと愛用の万年筆をしまうと窓に近かった机から離れ3歩先のソファーに座った。しばらく座っていなかったからだろうか、もうすでにソファーはすっかり冷たかった。昨日の夜は冷えたからそれのせいもあるかもしれない。
それに加えてこの部屋は向き的に朝日が差すこともない。
まぁそれがなくても今日は雨だから冷えたのだろう。
なんて不運が重なった出来事だろうかとため息が出る。
こんな些細な出来事にも不運が重なるのは、なぜだかやるせなくなってくる。
でも結局のところ、今の状況は自分がまともに働いてさえいればなんとかなった状況だからなにも言えない。
なにかに当たるよりもこの状況を打破するために働く方が先決である。
でもそんな気になれていたら今こうしているわけないじゃないかとも思う。
ソファーの前の机に放置されていたパソコンを開いた。
もう必要なことしか知りたくなかった。
今創作をする意義を見つけるための情報しか理解したくなかった。
パスワードを打ち込む手すら重くて、その音が不快で、とてつもない労力を使ってデスクトップを開いた。
そこから自分の作品が並ぶ見たくもない画面を開いて確認する。
昨日更新していたのか。
そう思った自分に、昨日したことすら覚えていない自分に呆れつつ、結局その意義を見つけられなかったとため息をついてパソコンを閉じた。
そんな事を毎日繰り返しているような気がする。
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