第53話


 その日の晩。手際良く洗い物をしている葵に、望乃は母親からの伝言を彼女に伝えていた。


 「葵ちゃん、今週の土曜日空いてる?」

 「うん。なんで」

 「お母さんが、葵ちゃんの家に行けって…葵ちゃんと一緒に」

 「なんで?」

 「私もよく分からなくて…」


 同じく心当たりがないようで、葵も望乃と同じく不思議そうな顔をしていた。


 「小夏ちゃんに言ったら、2人の関係に気づいてるんじゃない?とか言われちゃってさあ。そんなわけないのにね」

 「え」


 小さく漏らした彼女の声は、珍しく戸惑っていた。

 目をパチクリとさせながら、正直に打ち明けてくれる。


 「私言ったけど」

 「言ったって….」

 「家族のグループトークに、付き合うことになったって報告した」


 葵と望乃の両親はこちらが驚くくらい仲良しで、家族ぐるみの付き合いだ。


 幼い頃はよくバーベキューや海へ家族ぐるみで遊びに行って、最近でも父親同士は釣りやゴルフ、母親同士は頻繁にお茶会を開いている。


 つまり、葵が両親に言ってしまった時点で、望乃の家族の耳に届くのは時間の問題どころではない。


 伝えた時点で耳に届いたも同然なのだ。


 「い、言っちゃったの…?」

 「いずれは言わなきゃいけないことだし早い方がよくない?」

 「お、お母さんなんて…?」


 スマートフォンの画面を見せられれば、高崎家の人間は皆が祝福モードだった。


 可愛らしい猫のスタンプに、おめでとうと言った文字が並んでいる。

 あまりにも当然のように受け入れていて、どこか拍子抜けしてしまう。


 「女の子同士なのに戸惑ってないのかな…?」

 「私こんな性格だし,言うこと聞かないって分かってるんじゃない?それに相手が望乃だし」

 「え…」

 「望乃だったら良いって思うくらい、良い印象抱いてるんだよ」


 娘の恋人が吸血鬼で、おまけに同性の女の子。

 戸惑っても不思議ではない状況だと言うのに、高崎家の人間は皆が受け入れてくれている。


 それに喜びを感じながら、同時に、自分の家族はどう思っているのだろうと少し不安になる。


 信じたいけど不安は拭えない。

 怖いと思うのは、それくらい家族のことが好きだから。


 好きだからこそ、この関係を認めて欲しいと願ってしまっているのだ。

 




 約束通り、土曜日になって二人は高崎家へとやって来ていた。

 前日はろくに眠れず、朝も葵の血がちっとも喉を通らなかった。


 心臓をバクバクさせている望乃を他所に、葵はさっさと自宅の鍵を開けてしまう。


 「待ってまだ心の準備が……!」

 「は?なんの」

 「だって、私たち女の子同士で…お父さんとお母さん、どう思うのかなとか色々あるでしょ」


 言い返す望乃のオデコを、指でぱちんと弾かれる。

 威力のあるデコピンに、痛みで額を押さえた。


 「痛っ…」

 「望乃、自分の親なんだと思ってるの。望乃の親だよ?」


 戸惑う望乃に言い聞かせるように、葵の口調が強くなる。


 「私の親も望乃の親も、1番に考えてるのは子供の幸せだから」

 「……うん」

 「私たちが幸せそうにしてればそれで良いって思ってくれる唯一の存在なんだよ。もっと自分の家族信じなよ」


 その言葉がジンと胸に響き渡る。

 両親はいつも優しくて、どんな時も望乃の味方でいてくれた。


 そんな彼らを少しでも疑った自分が、恥ずかしく思えてしまっていた。


 吸血鬼の望乃を愛してくれる彼らを、同じように心の底から愛しているのだ。


 

 


 決心が固まって、葵の後に続いて部屋に入る。

 廊下を通ってリビングへ向かえば、隣の和室の部屋に家族が全員勢揃いしていることに気づいた。


 望乃の家族も、葵の家族も。 

 中心にあるテーブルを囲んで、楽しげに談笑をしているのだ。


 「おお、来たか。早く座りなさい」


 葵の父親に急かされて、机を挟んで葵と向かい合う形で座り込む。

 テーブルの上にはお寿司やオードブル。ローストチキンと沢山のご馳走が並んでいて、大人たちの前にはお酒まで用意されていた。


 全員が揃ってから一番最初に口を開いたのは、望乃の父親だ。


 「じゃあ何か飲みますか」

 「いいですねえ」


 賛同する葵の父親が、ビールのプルタブを小気味良い音を立てながら開ける。


 訳のわからぬ状況に、望乃は目をパチクリさせていた。


 「え……?どういうこと」

 「来月真央ちゃん誕生日でしょう?それで皆んなでパーティを開きましょうってなったの」

 「けど、真央ちゃんパパが丁度来月長期出張らしくてね。じゃあみんなが空いてる今週にでもって」


 本日の主役と書かれたタスキを掛けられた真央は、恥ずかしそうに頭をかいている。


 「……何でオレだけ。太陽くんの時はなかっただろ」

 「だって真央はまだ中学生だもの。中学生までは家族皆んなで祝うのがルールでしょ」


 葵も知らなかったのか、少しだけ驚いた様子だった。

 口をぽかんと開けて、拍子抜けしてしまう。

 

「私と葵ちゃんの関係のことじゃなかったの…?」


 口を滑らせれば、途端に場が静寂に包まれる。

 シンとした沈黙を壊したのは、望乃の兄である太陽だ。


 「2人は望乃が心の準備が出来まるで待つつもりだったんだぞ」

 「…だって、葵ちゃんは家族に直接言ってるんだもの…私たちだって望乃が言うまで待ちましょうって…」


 やはり、葵の両親から付き合っていることは聞かされていたのだ。

 知っていて、敢えて触れずにいてくれていた。


 望乃が覚悟を決めるのを、ずっと待ち続けてくれていたのだ。


 「い、いいの…?私たち女の子同士なのに…」

 「望乃が吸血鬼として苦労することは分かっていたわ。お母さんがそうだったもの…だから、何があっても家族は味方でいようってお父さんと昔から話してたのよ」

 「お母さん…」

 「まさか女の子とは思わずに驚いたけど…お父さんなんて直ぐに受け入れて、娘が増えるなあって喜んでたわよ。太陽も嬉しそうだったし…私だってそうよ。みんな望乃の味方だから」


 その言葉に、ジワジワと涙が込み上げてくる。

 

 葵の言う通りだった。


 望乃の家族は、世間からの目や周囲の評価をちっとも気にしない、強い人たち。

 娘の恋人の性別で、どうこう口を挟んでくるような人たちではないのだ。


 葵を見やれば、コクリと頷かれる。

 娘として、今の望乃が言うべき言葉は一つしかない。


 「……私、葵ちゃんが本当に好きで大切に思ってる…葵ちゃんと付き合ってるよ」

 「じゃあ、それも兼ねてお祝いするか」


 泣きそうに震える望乃を慰めるように、父親が明るい声を上げる。


 葵の両親も酷く優しげな笑みを浮かべていて、この暖かい空間に、更に涙が出そうになる。


 この両親の元に生まれて良かったと、心の底から思える幸せをしっかりと噛み締めていた。




 お酒の入った大人というのは何とも賑やかで、主役である真央を差し置いて父親たちは楽しそうにどんちゃん騒ぎをしていた。


 時計を見やれば時刻はすっかり夜を迎えていて、望乃と葵の父親は和室で爆睡してしまっている。


 太陽と真央はテレビゲーム。母親たちは飲み直すようにホットコーヒーを淹れている中で、望乃は葵と二人で彼女の部屋に来ていた。


 「みんな受け入れてくれたね」

 「うん…葵ちゃんの言う通りだった」

 「私の親も昔から寛容だからね」


 高崎家の人間は昔から吸血鬼である望乃に対して、普通の子供のように接してくれた。


 懐はもちろん視野だって広い高崎家の両親も、葵の言う通り交際を快く認めてくれたのだ。


 「……ちょっと眠い」


 ベッドに寝転んだ葵は、珍しく甘えたような声を出した。


 「…望乃も来て」

 「でも、下に真央ちゃん達いるし…」


 腕をグイッと引かれて、ベッドの中に引き摺り込まれる。

 電気の眩しさは、彼女が覆い被さってきたことですぐに気にならなくなっていた。

 

 「…何想像したの?」

 「だって…」

 「流石の私も隣に家族いるのにシないって」


 茶化すように言われて、途端に恥ずかしくて堪らなくなる。

 これでは、望乃ばかり葵を求めているようで。


 拗ねて起きあがろうとすれば、飴と鞭の使い分けが上手い彼女がこちらを甘い言葉で誘惑してきた。


 「帰ったら可愛がってあげるから」


 年上であるというのに、年下の葵にすっかり翻弄されている。

 しかし、それも悪くないと感じてしまっているのだから、望乃はすっかり葵の虜になってしまっているのだ。

 

 本当は今すぐ触れられたい想いを堪えながら、望乃は葵から触れられる感触を思い出して体を熱くさせていた。

 

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