第52話
葵と付き合い始めて気づいたことがある。
朝は優しい手つきで揺すられる感覚に起こされて、眠る時はそっと体を引き寄せられる。
少しでも体調が悪いそぶりを見せれば心配そうに顔を歪めて、「これ望乃に似合いそうだったから」と言って買ってきたコスメや洋服はひとつやふたつじゃない。
葵はとにかく尽くしたがりなのだ。
休みの日に葵と映画を観た帰り、当然のように恋人繋ぎをしながら二人は夕暮れ時の道を歩いていた。
「おもしろかった」
「だね、まさか犯人があの人なんて…」
最近話題になっているミステリー映画は話のテンポもよく、おまけにラストの謎解きシーンも意外で最後まで楽しめたのだ。
「そういえばチケット幾らだった?」
「ああ、別に良いよそれくらい」
「でも……」
財布からお金を取り出しても、葵は一向に受け取ろうとしない。
葵と付き合い始めて気づいたこと。
それは、彼女が恋人に対して尽くしたがりだということだ。
もちろん葵の優しさは嬉しいけれど、これでは年上としての威厳が完全に損なわれてしまいそうだった。
お風呂あがりに髪を濡らしたままアイスを食べていれば、見かねた葵によってドライヤーで乾かされる。
バニラアイスの甘味と優しい恋人に癒されながら、流石にこれでは葵に甘え過ぎだと考える。
いくら葵が尽くしたがりとはいえ、これでは望乃はどんどん彼女に依存するダメ人間になってしまうだろう。
「私も葵ちゃんのこと甘やかしたい」
「え…」
「何かしないとって思ってたんだけど、葵ちゃんしっかりしてるから何すればいいか分かんなくて…して欲しいことある?」
「何でもしてくれるの?」
望乃より何枚も上手な葵が、こう言う時に何を要求してくるのか分かるようになってしまった。
体育座りをしながら、ギュッとスプーンを握り締める。
気づけばバニラ味のアイスクリームはドロドロに溶け始めてしまっていた。
「あ、あんまり恥ずかしいことじゃなければ…」
「恥ずかしいことって?」
「えっちなやつ……?」
ドライヤーを置いて、ギュッと背後から抱きしめられる。
後ろから伸びた手は望乃の太ももに触れて、そのまま際どい部分を服の上から擦った。
「望乃、ここ弱いもんね」
「んっ…」
そのままベッドになだれ込む流れかと思っていれば、葵はきわどい箇所ばかりなぞってきて、最も刺激の強い敏感な箇所には触れてくれない。
もどかしさに体を捩っても、葵は気づかないふりをしているのだ。
「あれ言って欲しい」
「え…」
「梓に嫉妬した時に、言ってたやつ」
思い出して、頬を真っ赤に染め上げる。
勘違いをした望乃は、葵に対してなんとも大胆な言葉を伝えてしまったのだ。
「あれは……」
「可愛くおねだりしてくれる約束だったじゃん」
耳元で囁かれて、ドキドキと心臓の音が早く鳴る。
たしかに約束したことは事実で、期待を込めてこちらを見つめる葵を前に、やっぱり嘘だったなんて言えるはずもない。
また、散々葵に尽くしてもらっている手前、何かお返しをしてやりたいのだ。
耳まで真っ赤に染め上げながら、勇気を出して口を開いた。
「あ、葵ちゃんに…」
「もうちょっと大きい声で」
「葵ちゃんに可愛がってもらいたい」
言い終えるのと同時に、敏感な箇所に触れられる。
途端に堪らない快感が体に走って、望乃ははしたない声を上げた。
「やあ、まだ乾かしてる途中なのに…ッ!あァッ、ッン…」
恋人でなければ触れられない箇所をくすぐられる感覚に、今ではすっかり虜になってしまっている。
髪の毛が半乾きの状態で、望乃は今日もまた葵に可愛がられてしまっていた。
恋人として好きな人に触れられるたびに、堪らない幸福感が込み上げてくる。
付き合って以来、二人は以前にまして幸せな毎日を送っているのだ。
小夏が学校に来る日は、彼女と二人で休み時間は図書室で時間を潰すのが日課になっていた。
吸血鬼が二人でいると目立つために、人気の少ない場所で居心地良く過ごしているのだ。
最近の話題はもっぱら恋の話で、いまも先週末に映画館へデートに行った話を根掘り葉掘り聞かれていた。
「映画行ったの?いいなあ。楽しかった?」
葵と付き合い始めたことを話した時、小夏はまるで自分のことのように喜んでくれた。
そして「私も花怜と両思いになれるように頑張る」と、より前向きに片想いが実るための努力をしているようだった。
自覚をした当初、小夏は初めから諦めていた。
吸血鬼ゆえに人間からは好きになってもらえないと、後ろ向きになってしまっていたのだ。
小夏も望乃も、良い意味で変わったのだ。
最近は以前よりは学校に来ているらしく、授業もあまりサボっていないようだった。
そのため、昼休みにこうして小夏といられる時間が増えた故に、学校で寂しさを感じることも減っているのだ。
本当は葵と一緒に休み時間を過ごそうと誘われているが、家でも葵を独占しているというのに、流石に学校でもとなればワガママなような気がして断っていた。
葵のことが大好きだからこそ、学校では友達との時間も大切にして欲しかった。
「葵ちゃんの血って相変わらず甘い?」
「うん…あれ、そういえば…」
彼女の血が甘いのは興奮状態だからと思い込んでいたが、嘘だと分かった今も葵の血はとんでもなく甘くてジューシーなままだ。
むしろ前よりも甘美な味わいは増しているような気がしてしまう。
「どうかしたの?」
「あのさ、葵ちゃんの血と血液パックで飲む血、全然違うんだよね。両思いになってからは前よりもっと美味しく感じるし…」
「望乃ちゃん知らないんだ」
耳元で打ち明けられる真実に、望乃はジワジワと頬を紅潮させていった。
「片想いの血は別格。両思いの血は極上って言われてるんだよ」
「え……?」
「葵が望乃ちゃんのことずっと好きだったから、最初から他と比べ物にならないくらい美味しかったんだよ。それでいまは両思いだから、たぶん感じたことがないくらい甘いんだと思う」
つまり、葵は望乃に対して早い段階から恋心を抱いてくれていたのだ。
恥ずかしさと共に感じるのは、やはり幸せだという感情だった。
幸福感に胸を熱くさせていれば、スマートフォンが一件のメッセージを受信する。
「なんだろう…」
送信元は母親からで、内容は「葵ちゃんとの吸血パートナー関係どうなった?」という連絡だった。
きちんと話し合えと言われて以来、すっかり連絡を入れてなかったのだ。
「変わらないままだよ」と送れば、既読が付いて直ぐに返信が返ってくる。
『今度の土曜日に葵ちゃんと一緒に、葵ちゃんの家に来なさい』
了解とスタンプを送れば、そこでやり取りは終了する。
なぜ突然呼び出されているのか、急な連絡に小首を傾げていた。
怪訝な顔を浮かべる望乃に、小夏が心配そうに声を掛けてくる。
「どうかした?」
「お母さんからよく分からないメッセージが来て…」
トーク画面を見せれば,小夏が察したように人差し指をピンと突き出してくる。
「2人の関係に気づいたとか?」
「ないない。まさか女の子同士でって夢にも思ってないよ」
だけどいずれは言わなければいけない時が来る。
好きな相手と付き合えたことが幸せで、女の子同士で付き合うことがどういうことなのか、あまり考えていなかった。
同性同士で付き合うことはやはりメジャーではなくて、簡単に受け入れろと言われて頷けるものではない。
母親はもちろん、父親と兄の太陽を心から愛しているからこそ、3人の反応が気になってしまう。
葵と付き合っていると知った時。
彼らは一体どんな顔を浮かべるのだろう。
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