第51話
全身を水浸しにさせながら、無気力にうずくまる葵を見つけた時。
望乃は本当に心臓が止まるかと思うくらい、心配で堪らなくなったのだ。
慌てて駆け寄ってから傘を差し出そうとすれば、体をキツく抱き寄せられる。
雨に打たれて冷え込んだ体は小刻みに震えていて、このまま消えて無くなってしまうのではと心配になるくらい、肌の血色が失われていた。
「大丈夫なの!?」
「なんで…」
「花怜ちゃんが教えてくれて…ずっと探してたの」
最寄駅やバイト先などさまざまな場所を回って、ようやく見つけることが出来たのだ。
時間は掛かってしまったが、無事に見つけることが出来てホッと胸を撫で下ろす。
しかし葵の虚な目から涙が溢れているように見えて、ジッと彼女の瞳を見つめていた。
「葵ちゃん、泣いてるの…?」
「泣いてない……」
拭おうと手を差し出せば、軽い力で振り払われてしまう。
彼女によって紡ぎ出された声は、弱々しく震えていた。
「……吸血パートナー関係、解約して欲しいの」
心の準備をしていたつもりでも、いざ言われるとショックが凄まじい。
このタイミングで言われるとは思わなかったため、受け止める覚悟だって出来ていなかった。
「なんで、どうして…」
「……血液パックが支給されるなら、私とパートナーでいる必要はないでしょ」
再会した時のように、ぶっきらぼうに吐き捨てられるかと思っていたというのに。
解約を申し出る葵の方が、望乃の何倍も苦しそうに顔を歪めているのだ。
「……一つ嘘ついてたの」
「なに…」
「興奮したら血がより美味しく感じるっていうの、全部嘘」
「え…?」
「私が望乃に触れたかったから嘘ついてた……最低でしょ?」
申し訳なさそうな顔を浮かべながら、葵が更に言葉を続ける。
初めて聞く葵の想いを、信じられない気持ちで聞き入っていた。
「そうやって漬け込んで…このまま望乃が私なしで生きられなくなればいいのにって…自分勝手なことばかり考えてた」
「葵ちゃ…」
「本当にごめん。けど、今の望乃なら色んな人と出会って、いつか好きな人ができて…そのためにも私とのパートナー関係は解消した方が」
「やだ…っ!」
持っている傘を放り投げて、力強く葵を抱きしめる。
雨で濡れることを気にする間も無く、体が動いていた。
勇気を出して打ち明けてくれた葵に、伝えるべき言葉が沢山あるのだ。
「……解消したくない。葵ちゃんとずっと一緒がいいから」
「だから、それは…」
「好きって…恋愛の意味で葵ちゃんが好きなの」
信じられないのか、葵が大きく目を見開いた。
唇を震わせながら、否定するような言葉を吐いている。
「うそ…」
「嘘じゃない」
「…だって私…可愛くない。生意気で気が強くて…昔の私じゃないのに」
「確かに昔と今の葵ちゃんは違うけど…私が大好きだった優しい葵ちゃんのままだもん」
雨でぐっしょりと濡れてしまった、彼女の髪を撫でる。
勇気を出して、そっと触れるだけのキスを落とした。
「だから、これから葵ちゃんに好きになってもらえるように頑張る…」
「バカじゃないの」
「ひどいなあ……」
「……私の方が望乃のこと好きなんだから」
「…ッ」
「好き……っ」
噛み締めるように、葵がもう一度その言葉を口にする。
途端に、薄暗かった辺りが一気に明るくなった。
未だに雨は降り続けているというのに、雲が晴れて夕暮れの日差しが降り注いでいるのだ。
まるでパラパラと降り注ぐ雨が、2人を祝福しているようだった。
「ありがとう」
「え……」
「たぶん、雨の度にこの事思い出すよ」
以前、葵は雨が嫌いだと言っていた。
過去の辛い出来事を思い出して、体調を崩してしまう天気だと。
「やっと……雨が好きになれる気がする」
泣きながら葵がそんなことを言うものだから、望乃も釣られて涙を流してしまっていた。
ようやく、葵は心の中の蟠りを解くことが出来たのだ。
幼い頃からのトラウマを払拭するきっかけになれた事に、言いようのない感情が込み上げてくる。
望乃だって、きっとこの日を2度と忘れない。
晴れているのに雨が降っている、不思議な空も。
ずぶ濡れになりながら、幸せそうに微笑む葵の表情も。
雨が降るたびにこの時の感情を思い出すのだ。
そして振り返る時、隣には葵がいる。想いを通わせあえたからこそ、彼女との幸せな未来に想いを馳せることが出来るのだ。
びしょ濡れになった二人は、帰宅後真っ直ぐに風呂場へ向かっていた。
本来は体調を崩した葵のために沸かしていたお風呂に、二人で浸かる。
裸体を見られることが恥ずかしかったけれど、体を冷やして風邪を引くわけにもいかない。
「…っ」
先ほどから恥ずかしくて仕方がないのだ。
ピタリとお風呂の縁にくっつくように端っこで体育座りをしていれば、呆れたような声を掛けられる。
「……別に取って食ったりしないけど」
「え……」
「なんで残念そうな声あげるの」
無意識に溢れた声に、咄嗟に口元を押さえる。
「もしかして期待してたの?」
いつもだったらここで否定をしてた。
そんなつもりじゃない。
美味しく血を飲むために気持ちよくなっているのだと、そんな大義名分がなければ葵と触れ合えなかったのだ。
だけど、二人は既に想いを通わせ合った恋人同士なのだ。
恥ずかしさを乗り越えた先にある快楽を、葵から与えられたいと願ってしまっている。
「うん…」
頬を赤らめながら頷けば、体を引き寄せられて背後から抱きしめられる。
腕を回されて、体に触れる柔肌に愛おしさを感じていた。
「……ずっとこうしたかったの」
「……本当にいいの?」
「私だって葵ちゃんに触ってもらいたいもん…」
「恥ずかしがってもやめないよ?」
うなじに軽く口付けられてから、そっと鎖骨を触れられる。
ゆっくりとその手が降りて、望乃の胸元に彼女の指が触れていた。
反対の手は太ももに触れられて、付け根の先にある敏感な箇所に手を伸ばされる。
「……ッ」
恋人同士でなければ触れられない箇所を沢山弄り回されて、望乃は感じたことがないほどの快感を与えられ続けた。
甘い声が反響するたびに羞恥心を煽られて、時折葵から恥ずかしい指摘をされると頬を紅潮させてしまう。
恥ずかしくて堪らないけれど、葵であればその羞恥心も幸福へと変わってしまうのだ。
好きな相手から快感を与えられて、あられもない姿を見られることに幸せを感じてしまっていた。
興奮したように呼吸を荒くさせる葵の姿に、酷く愛おしさが込み上げてくる。
彼女の手つきがあまりに優しく、繊細すぎるから。
どれほど望乃を愛しているのか、指先から全ての想いが伝わってきてしまいそうだった。
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