第48話
その日は珍しく2人とも早起きをして、余裕のある朝を過ごしていた。
購入した新しいコスメもすっかり定番化して、最近ではほぼ毎日使ってしまっている。
髪の毛も整え終わって、葵が朝ごはんを食べ終わるのをじっと待ち構えていた。
いつも葵の食事後に望乃が吸血行為をするのがお決まりになっているのだ。
ぼんやりと朝のテレビ番組を眺めていれば、アナウンサーによって紡ぎ出される言葉に思わず目を見開いた。
『政府は来月より、16歳以上の吸血鬼に対して希望者には血液パックを無償で支給することを昨日の会議で正式に決定致しました』
驚いたように、隣でパンを頬張っていた葵が顔を上げる。
突然の決定に、望乃も信じられない思いで画面を食い入るように見つめていた。
『吸血鬼保護はもちろん、空腹による吸血鬼の事件防止を防ぐことを目的としているようです。吸血パートナー関係を契約中の吸血鬼であっても、申請次第で支給の対象にすると……』
アナウンサーによって紡ぎ出される声に、望乃は焦りを感じ始めていた。
何も言わない葵に甘えて、その報道に何も言及せずにいる。
2人はそもそも両親の勧めで吸血パートナー関係を結んだ。
16歳を迎えて血液パックが支給されなくなり、正式なパートナーを迎えるまで葵が代理人として契約してくれたのだ。
しかし血液パックが無償で提供されるのであれば、望乃は生きるための栄養面を心配する必要がなくなる。
葵とパートナー関係を継続させる理由がなくなってしまうのだ。
不自然なほどに、互いがそのことについて触れなかった。
わざとらしく違う話題を持ち出して、必死に現実から目を背けようとしてしまっているのだ。
休日の昼下がりに、望乃は小夏に呼び出されて学校近くのカフェテリアへ訪れていた。
以前も来たことがある、ケーキが美味しく店内がキラキラとしているカフェ。
前回はあんなに入るのを躊躇っていたというのに、今は躊躇せず店に入って、堂々としていられる。
注文した季節限定ケーキは、秋らしくマロンタルトに変わっていた。
「ニュース見た?」
「うん…」
「血液パック無償提供って…本当に吸血鬼に対する保護が手厚いよね。そのうち家賃とかもタダになって働かなくても生きていけるようになったりして」
楽しそうに言っているが、その瞳は切なげだった。
小夏の言葉を否定できないのは、それがあり得てしまうような気がしたから。
過去の反省から過剰に吸血鬼を保護する風潮は、どんどん勢いを増している。
「もしそうなっても…私は働きたいな」
「……うん」
「血液パックが提供されても、お父さんとお母さんみたいな…好きな人から血をもらって幸せに生きていきたい」
「望乃ちゃん…」
「私たち、守られるほど弱くないよ」
不安そうに瞳を揺らす、小夏の手をギュッと握る。
吸血鬼同士だからこそ、分かり合えることがある。
当事者だからこそ感じる葛藤や戸惑いを、一人で抱え込んで欲しくなかったのだ。
その想いが伝わったのか、小夏の声色が先ほどよりも少しだけ明るいものに変わった。
「私たちは今まで通りいればいいんだよね」
「小夏ちゃん…」
「たとえ世間が私たちを保護するべき存在だって見てたとしても…そんなの気にせずに私たちは私たちらしく生きればいいじゃん。働きたいなら働いて、恋をしたいなら恋をして…」
「……自分の人生だもんね」
顔を見合わせて、2人で笑い合う。
たとえ世間からどう思われていようとも。
吸血鬼だからと気にせずに、影美望乃として幸せになれる道を探していきたい。
差別をされることもあったけれど、優しい人も沢山いた。
吸血鬼だからと卑屈になることをやめれば、見える景色が少しだけ明るくなった。
確かに世の中は平等ではなくて、理不尽なことも沢山あるけれど。
それでも腐らずに前を向きたいと、強く思う。
葵の隣に立った時にふさわしい人間であるために、望乃はここまで頑張ってきたのだ。
小夏とはカフェで別れた後、久しぶりに実家へと戻ってきていた。
必要な荷物を取りに来たわけでも、両親の顔を見に来たわけでもない。
大切な話があるからと、母親によって呼び出されたのだ。
リビングのテーブル前の椅子に、両親と向かい合って座る。どこか真剣な表情の2人を前に、望乃もソワソワと落ち着かずにいた。
「どうしたの…?」
「血液パックが来月から無償提供されることになったのは知ってる?」
こくりと首を縦に振れば「だったら話は早い」と母親が早速本題に入った。
「……もしもね、葵ちゃんが解約したがってたら、素直に応じるのよ」
「え……」
「血液パックは一律支給になるんだから、縛り付ける必要ないでしょう」
最もな意見に、返す言葉がなかった。
思い浮かぶ返事は否定的なものばかりで、ひどく自分勝手な言葉だったのだ。
「でも…」
解約したくないと思うのは、望乃の我儘。
望乃が葵のことが好きで一緒にいたいから。
本能的に葵の血を求めてしまっているせいで、あの子以外の血を吸うことなんて考えられない。
「…一度2人でちゃんと話し合いなさい」
「……うん」
両親の意見は大人で、酷く真っ当なものだ。
きっと、側から見れば誰もが両親と同じ感情を抱くのだろう。
それでも彼らの言葉を聞き入れたくないと思ってしまう、望乃の物分かりが悪いのだ。
話し合った先に待ち受けているかもしれない最悪の結末を想像して、恐怖で動くことができずにいた。
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