第46話


 夏休みが明けても相変わらず、穴場である図書室は閑散としていた。


 9月を迎えたとはいえ未だに蒸し暑い気温が続いているため、室内の冷えたクーラーが心地よい。

 

 相談があるからと、わざわざ小夏を図書室まで呼び出したのだ。


 「それで相談って何?」

 「あのさ、その…人に好きになってもらいたいならどうしたらいいのかな」

 「クラスの子に好かれたいってこと?」

 「そ、そうじゃなくて…」


 言い淀んだ望乃に対して、小夏はすぐにピンときたようだった。

 ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら、望乃の想い人を言い当ててしまう。


 「…葵?」

 「何でわかったの?」

 「え〜そりゃあ見てれば分かるって……気づいてないのは本人達だけ…いや、何でもない」


 最後の方は声が小さく、はぐらかされてしまったために聞き取れなかった。


 もう一度尋ねても答えてくれなかったため、諦めてすぐに本題へ移る。


 「葵ちゃんって人気者だしオシャレさんで…私じゃ振り向いてもらえないかもしれないけど、出来ることをしたいの」

 「望乃ちゃん…」

 「ずっと一緒にいたいし…す、好きになってもらいたいから…」

 「望乃ちゃん変わったね」


 噛み締めるように、小夏が言葉を口にする。

 格好悪く下を向いてばかりだった望乃を知っている彼女だからこそ、言える言葉なのかもしれない。


 「…すごく格好いい。私は花怜のこと怖がって何もしなかったのに…」

 「好きだから、できることはしたいと思ったの」

 「私も見習おうかな……昔の望乃ちゃんなら、きっと好きになった時点で諦めてた…本当に素敵な恋をしてるんだね」


 "素敵な恋"というワードが嬉しくて、望乃の心を擽っていた。


 葵と再会して、望乃は前を向けるようになった。


 キラキラしたものを怖いと思わずに、知らないところであっても飛び込んでいく勇気を得た。


 それも全て葵のおかげ。

 好きな人のおかげで、望乃は生きる楽しさを取り戻すことが出来たのかもしれない。





 いつもだったら目的の品を手にしてさっさと立ち去るコスメコーナーの前で、望乃は小夏と共に商品を物色していた。


 話し合った末に、やはり好きになってもらうには可愛くなるのが1番だろうという結論に至ったのだ。


 駅中に併設されたショッピングモール内にあるコスメショップに、放課後になって2人で足を運んだのだ。


 沢山あるコスメ商品の中から、特に女子高生から人気のある、安くて品質の良いコスメブランドコーナーを眺めていた。


 「カラーマスカラ欲しかったんだよね」

 「黒とかブラウン以外にあるの?」

 「これとかバーガンディで可愛いよ。ブルーもあるし」


 テスターのキャップを開けば、小夏の言う通りマスカラブラシがブルーカラーに染まっている。


 無難な色ばかり選んでしまう望乃にとっては、かなり冒険した色に思えた。


 「奇抜だね…」

 「塗ったらそこまで分からないよ?それかネイビーだったらまだチャレンジしやすいかも」


 続いて試供用の紙にブラシを滑らせれば、先ほどに比べればブラックに近い紺色が用紙を彩った。

 

 「可愛い…」

 「いまは何色使ってるの?」

 「ブラウンだよ。けどもう無くなりそうで…」

 「望乃ちゃん黒目大きいからネイビー似合いそうだけど」


 悩んだ末に、せっかくだから冒険しようとネイビーカラーのマスカラをカゴに入れた。


 「小夏ちゃんは何買うの?」

 「チーク。ふわって可愛くなるかなって」

 「私も買おうかな…」


 本来購入予定ではないチークに加えて、他にも赤みが強めのピンクカラーの口紅を購入していた。


 可愛くなりたいあまりに、つい色々と買い込んでしまったのだ。


 「ここまで買う予定なかったのにな…」

 「だって可愛く思われたいじゃん」


 小夏の言葉に、大きく頷く。

 好きな人に可愛いと思われたいから、色々とオシャレを頑張る。


 その努力もまた楽しくて、コスメを選んでいる間もワクワクが止まらなかった。


 好きな人がいるというだけで、こんなにもキラキラと世界が輝いて見えるのだ。






 自宅に帰宅した望乃は、早速購入した化粧品を試していた。

 新しく買った口紅はマンゴーのような香りがして、チークは以前持っていたものより発色が良い。


 何より初めて買ったネイビーカラーのマスカラは、小夏の言う通り睫毛に乗せれば完全に馴染んでいて、ブラウンカラーよりも目が大きく見える気がする。


 似合っているだろうかと不安に思いつつ鏡を眺めていれば、玄関扉が開く音が聞こえてくる。


 今日はクラスメイトたちと遊びに行っていたらしく、帰りが遅くなると連絡が入っていたのだ。


 「おかえりなさい」

 「あれ、化粧してる」

 「今日新しく買ったから…」

 「へえ、可愛いじゃん」


 にやけそうになる口元を、グッと堪える。

 葵が洗面所へ入ったのを確認してから、その場にしゃがみ込んで小さくガッツポーズをしてしまっていた。


 「よ、よし…!」


 好きな人に褒めてもらえて、嬉しくて堪らないのだ。

 深い意味が込められていないことはわかっているが、それでも口元はニヤけてしまう。


 可愛くなる努力をして良かったと、心の中で小夏に何度もお礼を言っていた。

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