第45話
まだ時刻は朝の7時だというのに、望乃は制服姿の葵に覆い被さっていた。
彼女の首筋に顔を埋めながら、必死に血液を吸い込んでいるのだ。
「んっ…んっぅ…」
声を漏らしながらチュウっと音を立てて吸う姿は、葵にどんな風に見られているのだろう。
舌を出して時折葵の首筋を舐め上げながら、そんなことを考える。
垂れてしまった分が勿体無いと思って舐め上げていたが、その度に葵はくすぐったそうに身を捩るのだ。
チラリと時計を見やれば、まだ学校へ行くまでに時間はある。
更に思い切り吸おうとすれば、突然背中をなぞられて、くすぐったさから体を捩った。
「だ、だめ…」
「どうして」
「…朝から気持ちよくなっちゃうから」
望乃の言葉に、葵の手つきが更に煽るようなものに変わる。
「学校前だもんね」
体制を逆転されて、ベッドへ押し倒される。
首筋に顔を埋められて、ビクンと体を跳ねさせた。
「も、もう…」
それでも拒めないのは、葵のことが好きだから。
触れられると嬉しくて、もっとくっついていたくて。
好きな相手との触れ合いに、心は間違いなく喜んでいる。
快感で体を震えさせながら、そっと葵の背中に腕を回す。
ワイシャツのボタンを外されるたびに、羞恥心で体の火照りが増していた。
好きだと自覚して以来、以前にまして触れられるたびに心地よくて仕方ない。
可能であればずっとこのままでいたい…と願いながら、葵の手の感覚に体は喜んでしまっていた。
普段よりも人気の少ない通学路を、望乃は葵と共に走っていた。
現在時刻はホームルーム開始の5分前で、ギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際にいる。
あのままベッドの上でイチャイチャしていたせいで、遅刻寸前なのだ。
ただでさえ体力のない望乃は、息を切らしながら葵に抗議していた。
「だから朝から気持ちよくなるのはやめようって言ったのに…!」
「もっともっとって強請ってたのは望乃でしょ」
「お、大きい声で言わないで…!」
辺りに人はいないとはいえ、どこに潜んでいるか分からない。
頬を赤らめながら言い返せば、ギュッと手を握られた。
「ほら、急ぐよ」
先ほどよりも早いスピードで走る葵に引っ張られるように、望乃も足を動かした。
きっと足の遅い望乃に合わせて、ペースを落としながら走ってくれていたのだ。
その優しさに胸をキュンと高鳴らせながら、手から伝わる温もりに幸せを感じていた。
好きで、大好きで。
だからこそ、葵にも同じように好きになってもらいたい。
そのために、まずは何から始めたらいいのだろうと望乃は頭を悩ませているのだ。
何とかホームルームには間に合ったが、朝早くに急いで走ったために体はクタクタだった。
午前中の授業は疲労によって内容を殆ど覚えていない。
もう朝にあんなことをするのは控えようと胸に誓うが、葵に迫られれば断れない自信がある。
好きな人から体を触れたいと言われて、断れる人の方が少ないだろう。
昼休みを迎えて、望乃は隣のクラスの様子を入り口から覗いていた。
サボり癖のある友達は相変わらず学校へ来る回数は少ないが、今日は珍しく彼女の姿がある。
夏休みが開けて1週間経つが、小夏の姿を見るのはこれで2回目だった。
教室へ入ろうと足を踏み出せば、突如背後から腕を掴まれる。
「何のよう」
敵意を剥き出しにしながら望乃の腕を掴んだのは、高野という女子生徒だった。
宿泊教室の際に小夏を小屋へ閉じ込めた主犯格で、望乃が苦手な女の子。
あれ以来ちょっかいを出されることはなかったために、今こうして突っかかられるとは思いもしなかった。
腕を掴む力は強く、痛みで顔を歪めてしまう。
「痛い…」
「小夏に用事?」
「…そ、そうだけど」
睨みつけてくる高野の目を見据えて、ハッキリと言い返す。
ここで怯える素振りを見せれば、相手の思う壺だと思ったのだ。
「私、影美ちゃんのこと嫌いなんだよね」
「え…」
「下向いてウジウジして…イエスマンで、大嫌い」
その言葉がショックだけど、思ったよりダメージは少ない。
彼女が嫌いなのは影美望乃であって、吸血鬼を理由にしていないからだろう。
理不尽な毛嫌いではなく、影美望乃という人間性を嫌っている。
以前の下ばかり向いていた望乃に対して、この子は嫌悪感を抱いているのだ。
「わ、私は高野さんのこと何とも思ってない」
「は…?」
「小夏ちゃんに用があってきたから、高野さんと話に来たわけでもない。だから腕離して」
昨年同じクラスだった時、理不尽に係や委員会の仕事を押し付けられても全て引き受けていた望乃が、言い返してくるなんて思いもしなかったのだろう。
狼狽えたように後退りながら、掴まれていた腕の力が緩んでいく。
「ねえ、何してんの」
声のした方を見やれば、忌々しさを全面に出した小夏が高野を見下ろしていた。
途端に、高野の瞳がゆらゆらと彷徨いだす。
「小夏…」
「友達にちょっかいかけるのやめてくれる」
ギュッと下唇を噛み締めながら、高野は足早に教室を出て行ってしまった。
いまだに痛む腕をさすっていれば、グシャグシャと髪を撫でられる。
「気づくの遅くなってごめんね。でも、凄いじゃん」
「そうかな…?」
「前の望乃ちゃんだったら言い返したり出来なかったでしょ」
自分の成長を、改めて実感する。
怖いと目を背けていたものを克服して、向き合う強さが身に付き始めている。
生きる上で大切な強さを、少しずつ育むことが出来ているのだ。
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