第44話


 あれほど苦手意識を持っていた梓と、望乃は向き合う形で座っていた。


 落ち着いた雰囲気の喫茶店。運ばれてきたバニラアイスが乗ったブルーハワイソーダを飲みたい気持ちをグッと堪える。


 今日梓は仙台に帰るらしく、新幹線に乗る前に葵に頼んで時間を作ってもらったのだ。


 恐らく望乃のことをよく思っていない梓は、先ほどからずっと唇を尖らせてしまっている。


 「葵ちゃんは今日もバイトみたいで来られないんです」

 「それで何のよう?」


 さっさと本題に入れと急かされてしまう。

 怯みそうになりながらも、望乃は真っ直ぐに目を見て伝えたかった言葉を溢した。


 「……私、葵ちゃんとパートナーを解消するつもりはありません」

 「どうして」

 「…す、好きだからです」


 恥ずかしさを堪えて言えば、大きくため息を吐かれる。

 しかし以前に詰められた時とは違い、今日の彼女からはあまり敵意が感じられなかった。


 どちらかといえば、諦めに近い色が滲んでいるように見える。


 「だろうね」

 「え…?」

 「私が葵と話してる時、めちゃくちゃ不安そうにチラチラと葵見てたもん…バレバレ」


 アイスコーヒーを飲みながら、梓はどこか遠い目をしていた。


 切なそうに瞳を揺らしながら、懐かしむように過去の話をし始める。


 「中学生の頃…何回も葵に言ったの。16歳になったら私とパートナーになって欲しいって」

 「そうなんですか…?」

 「けど、一回も頷いてくれなかった…それなのに、あなたとはあっさり吸血パートナー関係結んじゃってさ…腹立つじゃない」


 カランと氷の溶け動く音を合図に、我慢していたブルーハワイソーダを飲み込む。


 甘さの中にシュワシュワとした炭酸が弾けて、葵の血の次に望乃の好きな甘さが口内に広がった。


 「私にちょっと詰められたくらいで引くようなら遠慮なく奪おうと思ってたけど…あなた気弱そうなのに結構言い返してくるし」

 「あ、葵ちゃんのことあんな風に言われて悔しかったから…」

 「……ごめん」


 渡された謝罪の言葉に、戸惑ってしまう。

 まさか謝られるとは思いもしなかったのだ。

 

 「私はずっと葵が好きだったから……諦めがましく押しかけて来たの。けど脈ないんだろうなって分かったし…もう邪魔はしないから」

 「梓ちゃん…」

 「けど、手放した瞬間奪いに行くから」


 力強く頷いてから、望乃も自信を持って梓と向き合う。


 以前の望乃であれば、自覚をした時点で諦めていた。

 葵が自分なんかを好きになってくれるはずがないと、卑屈になってしまっていただろう。


 だけど、今はもう違うのだ。


 「絶対、葵ちゃんに好きになってもらいますから…!」


 好きな人に、同じように好きになってもらえるように。

 前を見て、そのための努力をしようと思える。


 最初から諦めずに、夢を見ようと思えるのだ。


 そんな風に変われたのは、全て葵のおかげだろう。

 葵に釣り合う人間であろうと努力するうちに、望乃は少しずつ変わることが出来たのだ。


 「は……?」

 「え……?」

 「……アンタ馬鹿なの?」


 てっきり「私も負けないから」と言い返されると思っていたため、予想外の返しに戸惑ってしまう。


 また、仮にも一つ年下に「バカ」と呼ばれたことで地味にショックを受けていた。


 そっと梓が口角を上げて見せる。

 葵に見せるものとは違うけれど、そこにいやらしさは感じない。


 純粋に、自然な笑みをこちらへ向けてくれているのだ。


 「ま、敵に塩送るような真似はしないけどね」

 

 伝票を持って、梓が立ち上がる。

 またねと言って去っていく背中を見つめながら、俄然やる気に満ち溢れていた。


 初めての恋で、どうすれば良いのかちっとも分からないけれど、足踏みはしたくない。


 せっかく芽生えたこの想いをなかったことにしたくないのだ。


 どこへ着地するかは分からないけれど、この恋を実らせるための努力を惜しむつもりはない。


 それくらい、葵に対しての恋心が膨らんでしまっているのだ。





 夕暮れ時の商店街で、望乃は大好きなあの子の後ろ姿を見かけて駆け寄った。


 アルバイト帰りにも関わらず、葵の手には大きめのエコバッグが二つ握られている。


 「一つ持つよ」 

 「びっくりした…望乃か」


 そのうちの一つを受け取って、2人で並んで歩く。

 空いている右手は、当然のように葵の手に包まれていた。


 子供扱いをされているのか、それとも少しは良い感情を抱いてくれているのか。


 それを聞く度胸はないけれど、右手から伝わる温もりに幸せを感じてしまう。


 「もう来週から2学期か」

 「あっという間だね。葵ちゃんは夏休み楽しかった?」

 「望乃がいたから」


 その言葉に幸せな気持ちが込み上げてくる。


 好きだと自覚しただけで今までの何十倍も葵が愛おしく感じる。


 今までだったら、葵が望乃のことを好きになってくれるはずがないと諦めていた。


 前を向いている自分が、以前の自分よりも好きだと思う。


 うじうじして下ばかり向いていた頃よりも、余程生きるのが楽しいと思ってしまう。


 それを教えてくれたのは、望乃が愛してやまない葵なのだ。

 

 

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