第41話


 夏休みも中盤を迎えれば、そろそろ暇にも飽きてくる。夏休みの宿題はつい先日終わらせてしまったため、テーブルに肘を突きながらテレビを眺めていた。


 「望乃」


 名前を呼ばれるのと同時に、背後からギュッと抱きつかれる。

 今日は甘えたいモードなのかと、されるがままになっていた。


 髪をサラサラと撫でられたかと思えば、うなじに顔を埋められる。

 そのまま首筋の左側に軽く吸い付かれ、ビクンと体を跳ねさせた。 


 「わっ…もう、なにするの」

 「キスマつけた」

 「ええ…!?」


 振り返れば、どこかしてやったりな表情を浮かべた葵の姿。


 まるで悪戯が成功した子供のようで、その姿が可愛いと思ってしまう。


 なんだかんだ、望乃は葵に甘々なのだ。


 怒ることもなく再びテレビを見ようとすれば、室内にインターホンの音が鳴り響く。


 通販で品物を注文していただろうかと記憶を辿るが、何も思い浮かばない。


 葵の腕から逃れて玄関へと向かい、不思議に思いながら扉を開いた。


 「はい」

 「こんにちは」

 「ど、どなたでしょう……?」


 扉の先に立っていたのは、ブラウンヘアの毛先を可愛らしく巻いている、綺麗目な格好をしたお姉さんだった。


 顔がとても小さく、パーツひとつひとつがとても整っている正統派の美人。


 初めて見る顔に戸惑っていれば、にっこりとした表情を向けられる。


 「葵いる?」


 つま先からてっぺんまで舐めるように見つめられた後、望乃の言葉には答えずに彼女が質問を返してくる。


 恐らく小夏くらい背が高いため、すっかり見下ろされてしまっていた。


 望乃より何倍もスタイルの良い女性は、口ぶりからすると葵の知り合いなのだろう。


 呼びに行こうと振り返るよりも早く耳に届いてきたのは、葵の驚いたような声だった。


 「あずさ?」


 中々戻ってこない望乃を心配して、様子を見にきてくれたのだろう。


 梓と呼ばれた女性は葵の登場に嬉しそうに顔を綻ばせていた。力強く望乃を押しのけて、玄関先だというのに葵にハグをしている。


 「ひさしぶり!元気だった?」

 「元気だけど…どうしてここに?」

 「驚かせようと思ってサプライズで来たの。おばさんに連絡入れたらここだって言われて」


 足元に置かれた彼女の荷物は確かに多めで、何泊分かの荷物が入っているのが見てわかる。


 暑い猛暑の中立ち話も何だからと、葵が梓を部屋へ招き入れる。


 「お邪魔します。懐かしいなあ…葵の髪相変わらずサラサラだね」

 

 相変わらずというワードに引っ掛かってしまうのは、望乃の知らない葵を知っていると瞬時に察してしまったからだ。

 

 離れていた間の葵を知る人物なのだと気づいて、何故か胸の奥底からドロドロとした感情が込み上げてきていた。




 キッチンで紅茶を入れていれば、親しげに話す2人の声が聞こえてくる。

 

 気を利かせて紅茶を淹れると名乗り出たせいで、2人きりにさせてしまったのだ。


 レモンをスライスしながらモヤモヤとした想いに駆られていれば、葵に声を掛けられる。


 「ありがとう望乃。手伝おうか?

 「あの子友達なの?綺麗な人だね」

 「仙台に住んでた時のね。中学が一緒で…」


 ティーカップを葵と共に持っていけば、梓にお礼を言われる。


 マグカップを握る彼女の指は、ジェルネイルが施されているため色鮮やかで可愛らしかった。


 葵はお洒落さんな割に、マニキュアやネイルはしていない。磨いたりとケアはしているようだが、常に短めに切り揃えられているのだ。


 「ありがとうございます」

 「いえ…」

 「梓、どれくらいこっちにいるの?」

 「1週間くらい。親戚の家に泊めてもらうの」

 

 まつげエクステを付けているのか、目元も華やかでぱっちりとしている。


 綺麗にカールされた髪も、大人っぽい服装も。

 全てにおいて完璧な彼女は、葵の隣に並べばとてもお似合いなのだろう。


 「だから葵に色んなところ案内してもらいたくて。遊園地とか行きたい」

 「わかった、いいよ」

 「本当?嬉しい」


 それから2人は思い出話に花を咲かせ始め、場違いな望乃はそっと出掛ける準備を始めていた。


 家を出る直前。

 梓を見る目に違和感を感じて、不安な思いに駆られてしまう。


 黒目がちな梓の瞳はキラキラしていて、真っ直ぐに葵のことを見つめている。


 頬はピンク色に好調させていて、時折照れ臭そうにはにかむ姿を見れば、誰だって気づいてしまう。


 しかしまだ確信したわけではないと自身を宥めるが、それでも内心酷く焦ってしまっていた。

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