第40話



 規模の大きな室内プールにて、4人はすっかりと羽根を伸ばしていた。

 早々に小夏がうきわをレンタルして、花怜も販売されているたこ焼きやフランクフルトを購入して美味しそうに頬張っている。


 葵も楽しそうに、いつにも増してスマートフォンのカメラで沢山写真を撮っていた。


 流れるプールで遊んでいれば、こっそりと小夏に耳打ちをされる。


 「望乃ちゃん、次あれ。もっかい乗ろう」


 あれ、と指をさしたのは先程も滑ったウォータースライダー。

 高さがある分スリルはあるが、スピードはそこまで早くないため望乃でも怖がらずに楽しめたのだ。


 プールを出て、二人でウォータースライダーの列に並ぶ。

 葵と花怜は遊び疲れたのか、サマーベッドで寛いでいるようだった。


 列は長いが、テンポが良いのかどんどんと前へ進んでいく。


 「あのさ、これ終わったら花怜と2人で抜けていい?」

 「え…?」

 「ちょっとだけ2人きりになりたくてさ」


 「お願い」と言われて、どこにも断る理由がないため頷けば、小夏はホッとしたような表情を浮かべている。


 「またお腹空いたの?」

 「いや……せっかく好きな子とプール来られたから、ちょっとでも2人でいたいなって」


 照れ臭そうに頬をかく小夏に、望乃は衝撃で目を見開いていた。


 つい大声を出してしまいそうになり、咄嗟に口元を抑える。


 「小夏ちゃん、花怜ちゃんのこと好きなの…!?」

 「言わないでよ?」

 「うん…」


 今まで友達がいなかったため、恋バナだってしたことがない。

 テンションが上がりそうになるのを堪えながら、特に気になっていることを尋ねた。


 「……告白とか、しないの?」

 「しないよ……花怜は私のこと、パートナーとしか思ってないから」


 あっさりと言ってのける彼女の瞳は酷く切なげだった。


 「所詮吸血鬼とそのパートナーで……それ以上には見られてないんだよね……あ、ほら、順番来たよ」

 

 先に小夏が滑った後に、望乃の順番が来る。

 水飛沫を上げながらスライダーを滑る間、先程の小夏の言葉が頭にこびりついて離れない。


 所詮は吸血鬼とそのパートナーで、それ以上には見られていない。


 これは小夏の話だというのに、胸がチリチリと痛んで仕方ないのは他人事だとは思えなかったせい。


 2人の話を、自分に重ねて考えてしまったせいだ。





 ウォータースライダーを滑り終えてサマーベッドへ向かえば、そこにいたのは葵だけ。


 宣言通り小夏は花怜と2人きりになるために、彼女を連れ出してしまったのだ。


 軽く水分を拭き取ってから、葵が寝そべっている隣のサマーベットに腰を掛ける。


 パレオから伸びる足は真っ直ぐと綺麗で、改めて彼女が整ったスタイルの持ち主であることを実感させられた。


 「葵ちゃんの肌真っ白でうらやましい」

 「望乃だって白いじゃん」

 「私のは日焼けしてない青白さだもん」


 今まで友達と遊ばずに、ずっと引きこもっていたせいだろう。


 以前の望乃はどこへも行かずに、自宅にこもって動画配信サービスサイトばかりみていた。


 「その白い肌、吸血痕だらけにしたの望乃でしょ」


 長い髪を髪をかき分けて見せつけられた首筋には2箇所の傷に、若干青黒くなったキスマークのような跡。


 毎日の食事のせいで、前のものが消える間も無く次々と新しい跡が刻まれてしまうのだ。


 「ご、ごめん…」

 「別に謝んなくていいって……あれ?」


 ガラス張りのは窓の向こうを眺めながら、葵が明るい声を漏らす。


 望乃もつられて向こう側を見やれば、あれほど降り注いでいた雨が止んでいることに気づいた。


 「雨晴れてる」

 「本当だ」

 「野外プール行こうよ」


 手を取られて、歩き出す彼女に釣られるように足を進める。


 歩くたびにパレオをヒラヒラと舞いさせる彼女の後ろ姿が、可憐でずっと見ていたいと思ってしまっていた。


 野外へと出れば、空が晴れ渡ったことにまだ誰も気づいていないのか人の姿はない。


 夕暮れ時ということもあって、オレンジ色の日差しが辺りに降り注いでいた。


 パラソルのついたサマーベッドに、並んで座り込む。


 不思議とプールに入る気にはなれなかったのだ。


 「今日楽しかったね」

 「うん…また来よう」


 ジッとプールを見つめる葵の瞳は、それよりももっと遠くを見つめているように思えた。


 ポツリと吐き出した声色も、先ほどに比べれば覇気がない。


 「…プール、あんまり得意じゃなかったんだよね」

 「どうして?」

 「昔いじめられた時…学校のプールに突き落とされたことあって」


 葵の方を見ずに、耳を傾ける。

 今は遮らずにジッと、彼女の言葉を聞き届けるべきだと思ったのだ。


 「トラウマではないけど、あんまり好きじゃなかった。今日も嫌な気持ちになったらどうしようって思ってたけど……全然平気だった」


 頬に手を添えられて、ゆっくりと葵の方を向かされる。


 苦しい過去を話す葵の表情に、悲しみの色は滲んでいなかった。


 オレンジ色に照らされた彼女は、どこかさっぱりとした表情で、優しく望乃を見つめている。


 「葵ちゃん…」

 「望乃がめちゃくちゃ楽しそうに笑ってるから…来てよかったって思った」


 サマーベッドから立ち上がり、座っている葵をギュッと抱きしめる。


 胸元に彼女の温もりを感じながら、必死に溢れそうになるものを堪えていた。


 「……また、来よう?雨の日は美味しいカフェに行って、沢山楽しい思い出を作って、それで…」


 一体これまでの間にどれほど、彼女は傷ついてきたのだろう。

 その傷を癒してあげたいと思うのに、葵の気持ちを考えると涙が込み上げてきてしまう。


 「…なんて顔してんの」


 抱きしめているため互いの表情は見えないというのに、葵には全てお見通しらしい。


 泣きそうに顔を歪めている望乃に対して、葵は少し切なそうに笑っていた。


 「…しんみりさせちゃったね」


 離れていた間の葵の辛い出来事。


 過去は変えられないからこそ、これからの葵の未来を辛さを跳ね飛ばしてしまうくらい明るいものにしてあげたかった。


 葵のすべてを包み込んであげたいと強く願ってしまう。


 首筋に見える吸血跡をすぐそばで眺めながら、考えるのは彼女のこと。


 葵は望乃からの想いを望んでいるのだろうか。

 吸血パートナー関係以上の関わりを持ちたいと思ってくれているのだろうか。


 もし、思っていなかったとしたら。

 酷く悲しいと思う自分がいることに、望乃はとうの昔に気づいてしまっているのだ。

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