第39話


 

 ショッピングモール内に期間限定でオープンした水着ショップに、望乃は一人で足を運んでいた。

 無事に夏休みを迎えて、4人で海へ行く3日前。


 自分がスクール水着以外の水着を持っていないことをすっかり忘れていたため、急遽買いに来たのだ。


 「…これ可愛い」


 ワンピース型からビキニまで、カラーはもちろんデザインも様々な水着に目移りしてしまう。

 

 体型には自信がないためなるべく体を隠したい所だが、先ほどから望乃が可愛いと思うデザインは上下で別れたビキニタイプばかりなのだ。


 どうしたものかと悩んでいれば、ふと、黒色のビキニが視界に入る。


 「……ッ」


 同時に保健室での出来事を思い出して頬を赤らめる。

 あの日、望乃が拒まずに養護教諭もやってこなければ、2人はどこまで進んでしまったのだろう。


 一線を超えた先のより強い快感を知れば、2人の関係は変わってしまうのだろうか。

 

 そもそも今の関係を何と呼べばいいのだろう。


 幼馴染みといえばそれまでで、吸血パートナーと聞けば腑に落ちる。


 しかし実際の2人は、吸血行為に加えていやらしい触れ合いをしてしまっていて。


 「…葵ちゃんはどう思ってるんだろう」


 そう考えてから、どう思っていて欲しいのだろうと今更ながらに悩み込む。


 展示されている水着の前で立ち尽くしていれば、通りかかった店員によって声を掛けられた。


 「お客様、そちらの試着もできますので〜」

 「あ、ありがとうございます…」


 店員に声を掛けられても、怯えることもなくなった。

 キャッチは断れるようになったし、1人でキラキラとしたお店にも入れるようになったのだ。


 これも全て葵のおかげ。

 あの子のおかげで、間違いなく望乃は少しずつ前を向くことが出来ているのだ。





 窓の外を眺めながら、望乃はこんなことならてるてる坊主を作るべきだったと酷く後悔の念に駆られていた。


 あれほど楽しみにしていた4人で海へ行く当日は、天気予報を大きく外して大雨に覆われてしまっているのだ。


 昼前だというのに薄暗い空を、どんよりとした気持ちで見つめながら呆然としてしまっていた。


 「そんなぁ…」


 葵と花怜は人気者で友達が多く、小夏は自由人ゆえに再び予定を合わせられるとも思えない。


 ショックから隅っこで体育座りをしていれば、葵がスマートフォンの画面をこちらに見せてくれる。


 「室内プールは?」

 「え…」

 「海ではないけど…ここの近くにレジャー施設あるみたいだし」


 表示されたホームページを見れば、そこはテレビで頻繁に放送されている大型の室内プール施設だった。


 流れるプールにウォータースライダー。もちろん野外プールもあるため、若いカップルから家族連れまで幅広い世代に支持されているのだ。


 「花怜に聞いたらそこで良いって言ってるけど…」

 「うん、私もそこ行きたい」


 ホッとしたように葵が微笑んだ後に、花怜に電話を掛け始める。


 「もしもし?望乃もここで良いって言ってるから、私たちは12時くらいには着けると思うんだけど…」


 その後ろ姿を眺めながら、心がぽかぽかと温かくなっていることに気づいた。


 葵は落ち込む望乃を見兼ねて、わざわざ調べてくれたのだ。


 「…やっぱり優しいんだよな」


 口調はキツくなってしまったが、中身は以前の優しい葵のまま。


 根本的な所は何も変わっていない。


 望乃の大好きな、優しい葵のままなのだ。






 平日の通勤ラッシュは過ぎているためか、ゆとりのある車内で葵と隣同士で腰を掛ける。


 チラホラと見かける私服姿の同年代の子たちは、夏休み中なため望乃達と同じようにどこかへ出掛けているのだろう。


 まだ、夏は始まったばかりなのだ。


 「新しい水着買ったんだっけ?」

 「うん、オフショルのドット柄のやつにしたんだ」


 悩んだ末に購入した水着は、肩部分がオフショルのデザインになったビキニ型のものだ。


 黒生地に白ドットが可愛らしく、肩周りに付いているリボンが望乃の好みにぴったりだったのだ。

 

 「葵ちゃんはどんなの着るの?」

 「上がホルダーネックになってて、下はパレオ」

 「似合いそう…」


 すらっと手足の長い葵であれば、完璧に着こなしてしまうのだろう。

 その姿を想像して、より楽しみが増してしまっていた。



 

 夏休みを迎えているせいか、更衣室内には人が溢れている。


 4人で並んで水着に着替える中、望乃はブラのホックを外そうと手を背後に回す。


 「……っ」


 そこで、ピタリと動きを止めてしまっていた。


 チラリと隣を見やれば、何食わぬ顔でシャツを脱いでいる葵の姿が視界に入って、慌てて視線を逸らす。


 望乃ばかり意識しているようで、それが尚更恥ずかしさを煽った。


 更衣室内には小夏や花怜は勿論、他にも女性が水着に着替えている。

 それに対して何とも思わないというのに、どうしてかそれが葵となれば話は変わってきてしまう。


 下着姿を見られるだけでも恥ずかしく、水着に着替えるために裸体になるとなれば尚更だ。


 視線を真っ直ぐに見据えて、葵の体が視界に入らないようにする。


 スカートを履いてきて良かったと心底思いながら、先に下着を脱いでから水着に着替えていた。


 上は葵が花怜と話している隙に大慌てで着替えたため、恐らく見られずに済んだだろう。


 「さ、先に外で待ってる…」


 タオルとミニバックを持ってから、そそくさと更衣室を後にする。


 ズルズルとその場にへたり込んでから、望乃は頭を抱えてしまっていた。


 「やっぱりおかしいよ…」


 同性の裸なんて何とも思わないのが普通なはずなのに、隣で葵が着替えていると思うと、ドキドキして仕方なかった。


 胸に手を当ててみれば、やはり心臓は早く高鳴っていて。

 

 葵に対してだけ感じる特別な感情がどんどんと大きくなってしまっていることに、望乃だって気づいているのだ。

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