第38話


 

 身支度を整えて、養護教諭にお礼を言ってから保健室の扉を開く。

 靴箱へ向かうため歩き出そうとすれば、斜め下から声が聞こえてきて、驚いてそちらに視線を寄越した。


 「望乃ちゃん!」


 保健室前にしゃがみ込んでいたのは、望乃の唯一の友達である柚木小夏だった。


 スタイルの良い葵よりも背が高いため、勢いよく抱きつかれれば支えきれずによろめいてしまう。


 酷く心配した様子で、小夏は望乃の背中をさすってくれた。


 「放送で聞こえて待ってたよ〜大丈夫だった?」

 「待ってたって、ここで…?」

 「うん」


 元気一杯に応える小夏に対して、冷や汗が流れる。


 頬を引き攣らせた望乃を見て、小夏は安心させるようにニコニコと笑いながら爆弾発言を落とした。


 「大丈夫!喘ぎ声は聞こえてないから安心して」


 気を遣っているつもりだろうが、思い切り地雷を踏み抜いている。

 恐らく我慢が出来ずに一際大きな声を出してしまった時に、聞こえてしまったのだろう。


 友人に聞かれてしまった羞恥心で頬を赤らめていれば、隣にいる葵を纏うオーラがドス黒いものに変わっていることに気づいた。


 「……聞いたの?」


 明らかに機嫌を悪くさせた葵に、小夏が分かりやすく表情を焦らせていた。


 わざとらしく腕を組みながら、何とも白々しい言い訳をしている。


 「い、いや……犬だったかも?」

 「だったらいいけど」


 ホッとしたように胸を撫で下ろしている小夏の姿を見かけるのは、3日ぶりだろうか。


 相変わらずサボり気味だが、女の子を取っ替え引っ替えするのはやめたらしい。


 パートナーも1人に絞って、最近はその子と暮らし始めたと聞いていた。


 「小夏ちゃん、今日はちゃんと来たんだね」

 「うん、6限からだけどね」

 「逆によく来ようと思ったね…」


 本当に自由人だけど、最近はそれにも慣れ始めている。


 小夏なら仕方ないかと、すっかりペースに呑まれてしまっているのだ。

 

 「心配させてごめんね」

 「いいって。じゃあまた明明後日ね」

 「明日と明後日は来ないの…?」

 「今見始めたドラマ面白いから、それ見終わるまで来ないよ」


 脱力してしまいそうなこちらはお構いなしに、ブンブンと手を振りながら小夏が去っていく。


 再び二人きりになって、望乃は恐る恐る隣に立つ葵に尋ねた。


 「葵ちゃんさ、小夏ちゃんのこと…」

 「最近は悪い噂効かないし…花怜と仲良くしてるみたいだから」


 夢原花怜は人間で、葵の友達だ。


 献血とは別に吸血鬼に血をあげるボランティアをしているとは聞いていたが、特定の誰かとパートナー契約を結んでいるわけではない。


 誰彼構わず血を飲んでいた小夏とは正反対に、求める吸血鬼に分け隔てなく血を与えるのが花怜という女の子だ。


 なぜそこで花怜の名前が出てくるのか不思議に感じていれば、葵がすぐにその答えを教えてくれる。


 「今は柚木小夏専用で花怜が血あげてるらしい」

 「ええ…!?」

 「吸血パートナー関係結ぶ代わりにお金貰ってるらしいよ。柚木小夏が大食いだから大変だって言ってたけど」


 言われてみれば、2人の利害は完璧に一致するのだ。


 不特定多数の相手と関わるよりも、顔見知りで同性の1人に絞ったほうが安全面も優るだろう。


 報酬を求めている花怜と、沢山の血を飲みたい小夏。


 なんだかんだ上手くやっている姿を想像して、つい胸を撫で下ろしてしまう。


 やはり友達には、危険な目には巻き込まれて欲しくないのだ。


 「それで…花怜が4人で遊びに行かないかって言ってるけどどうする?」

 「…4人で?」

 「面倒くさいなら断っとくけど」

 「い、いきたい…!いく!」


 大好きな幼馴染の葵と、友達の小夏。

 そして望乃に対して親切で優しい花怜と遊ぶとなれば、絶対に楽しいに決まっている。


 はじめての大人数での遊びに、珍しくワクワクと楽しみな気持ちで胸がいっぱいになっていた。







 小夏が現在ハマっている海外ドラマはかなりの長編作で、結局彼女が全てを見終わって学校へとやってきたのは、あれから4日後のことだった。


 昼休みに屋上へと集まって、葵と花怜がお弁当を食べる中。


 望乃は小夏と2人で、彼女のスマートフォンで調べ物をしていた。


 「ここは?」

 「海?」

 「山でもいいし。遊園地もいいよね」


 先ほどからスマートフォンで調べて、色々な案を出しているが一向に決まる気配がない。


 どこも楽しそうで、目移りしてばかりいるのだ。


 特に一番楽しそうなのは小夏で、率先してどこへ行きたいと候補地を上げてくれていた。


 ぽたりと、額から汗が溢れる。

 倒れて以来一度も長袖のパーカーは着ていないが、それでも炎天下の中日光に照らされれば、当然汗は滲み出てくるのだ。


 「ていうか暑くない?」

 「しょうがないでしょう?私たち4人が集まったら目立つから、人気少ないところじゃないと」


 暑がる小夏に対して、花怜が優しく宥めている。

 小夏と望乃は吸血鬼として他学年にもその名が知れ渡り、葵と花怜は整った容姿で目立つのは分かりきっている。


 あいにく今日は図書委員の集まりがあるらしく、図書室も使えなかったために暑い中屋上に集まっているのだ。


 「てかお腹空いてきた。花怜」

 「……もう」


 手招きをする小夏に対して、花怜が軽いため息を吐きながらお弁当箱をそのままに立ち上がる。


 ワイシャツのボタンを外しながら、慣れたように小夏の体に正面から跨っていた。


 「ここで吸うの?」

 「お腹空いたから」

 「2人がいるでしょ…って、あぁもう…」


 大食いの小夏が、こうして突然求めてくることは慣れっこなのだろう。


 諦めたように、眉間に皺をキツく寄せながら花怜は吸血をされていた。


 「……んっ、ンッ…」


 荒く息を吐きながら血を吸う小夏と、吸われるたびに悩ましげな声を上げる花怜。


 甘い声を漏らす花怜がどこか背徳的で、見ていられずに目線を彷徨わせてしまう。


 「望乃も吸う?」

 「す、吸わない…お腹いっぱいだから」


 人の吸血シーンを目の当たりにして、何故かドキドキとあてられてしまう。


 声を上擦らせてしまったために、きっと望乃の動揺は葵に伝わってしまっているだろう。


 「もっと時と場所考えてよ。普通学校で吸わないから」

 「えー」

 「2人を見習ってよ」


 花怜の言葉に、過去に図書室と保健室で吸血行為をしてしまった記憶が蘇る。


 興奮を煽る手つきで体を愛撫されながら、甘い声を漏らしてしまったのだ。


 見習われるほど模範的な吸血鬼ではないが、わざわざ訂正するのも恥ずかしい。


 結局何も言わずにいれば、話題は再び遊びに行く場所の候補地選びへ戻っていた。


 「やっぱり海が良くない?」

 「うん、私は海でいいよ」


 花怜と葵を見やれば、同じように頷いている。

 内心海へ行きたいと思っていたのか、全員の了承を得た小夏は嬉しそうにはしゃぎ始めた。

 

 4人で海へ行くことが楽しみで仕方ないのは望乃だって一緒だ。


 昨年までぼっち生活を貫いていた望乃にとって、友人と海へ行くなんて考えられないほどの超重大イベント。


 素敵な思い出にしたいと、今から胸を躍らせてしまっていた。

 


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