第37話
自宅のベットよりも固いマットレスの上で、ゆっくりと意識を浮上させる。
枕カバーや掛け布団カバーは真っ白で、まるで病院のような光景。
しかし外から聞こえてくる部活生の声に、望乃は自身が保健室へと運ばれてきたのだと理解した。
スンと空気を吸い込めば、薬品のような香りを感じる。
ベッドを囲んでいたカーテンが開かれれば、養護教諭である若い女性教師がこちらを覗き込んでくる。
目を覚ました望乃を見て、ホッとしたような表情を浮かべていた。
「先生…」
「影美さん大丈夫?たぶん貧血だと思うわ」
熱中症ではなく、恐らく暑い所からクーラーが効いた部屋に移動したことで、寒暖差によって貧血が引き起こされて倒れたのだろうと彼女が言葉を続ける。
「そのパーカー、夏の間は着るのやめなさいね」
その、と指をさしたのはベッドサイドに畳まれた状態で置かれている望乃のフード付きパーカー。
長袖で生地は薄いが、到底夏に着られるものではない。
寝ている間に脱がされていたようで、半袖シャツの状態は長袖とは比べ物にならないくらい涼しかった。
「貧血には鉄分がいいから、パートナーに貰いなさい。呼んでおいたからすぐ来るはずよ」
この後用事があるらしく、養護教諭はそれだけ言い残して保健室を後にしてしまった。
ベッドに横たわりながら、シンと辺りが静まり返っていることに気づく。
もう放課後を迎えているため、わざわざこの時間まで保健室に残っている生徒はいないのだ。
手持ち無沙汰でぼんやりと天井のシミを眺めていれば、勢いよく保健室の扉が開く音が聞こえて思わず肩を跳ねさせた。
「望乃!?」
聞いたことがないくらい、焦ったような声色。
息を乱しながらこちらに近づいてきた葵は、鞄を投げ捨てるように床に置いてから、ベッドで寝転んでいる望乃の肩をガッと掴んできた。
「平気なの!?」
「う、うん…たぶん貧血だろうって…」
「なんだ……」
肩の力が抜けたのか、へなへなと葵がしゃがみ込む。
余程急いできたのか、グッタリと疲れてしまっていた。
「倒れたから保健室に来てって校内放送あって…」
「そ、そうなの…?」
「苦しかったりしない?キツくない?」
心配そうに瞳を揺らす葵に、こくりと首を縦に振って見せる。
まるで子供扱いされているようで、複雑なはずなのに。
内心は彼女の優しさが嬉しくて堪らないのだ。
最近ではすっかり、葵の前でお姉ちゃんぶろうと思わなくなってしまっている。
「……来る途中に先生とすれ違って…鉄分補給させろって言われたんだけど」
躊躇うことなく、彼女がワイシャツのボタンを二つ程外す。
軽く屈んでいるせいで、キャミソールから覗く谷間が扇情的だった。
学校の保健室というシチュエーションも相まって余計にドキドキしていれば、上履きを脱いだ葵が横たわる望乃に覆い被さってくる。
まるで押し倒されているようで、緊張から更に早く胸が鳴っていた。
「あ、葵ちゃん…!?」
「貧血なら起き上がらない方がいいでしょ?」
「そ、そうだけど…」
跨られているために、体はピタリと密着している。
触れ合っている素足から伝わる肌の感触が柔らかくて、同時に酷く熱く感じた。
「…人来る前にはやく」
髪をかき分けて首筋を見せつけられる。
顔を近づけて、もはやお決まりとなった箇所に犬歯を突き立てた。
葵の血の味は何度飲んでも飽きなくて、今でも望乃の味覚を掴んで離さない。
つい我を忘れて吸っていれば、胸元に触れられる感触に目を見開いた。
「んっ…んんっ!?」
口を離してから視線を下げれば、ワイシャツのボタンが外されていて、キャミソールまで託しあげられている。
吸血に夢中なあまり気づかなかったが、下着に支えられた望乃の胸が露わになっているのだ。
「な、なにして…」
「涼んだほうがいいでしょ」
「けど…っ」
「これ、私が選んだ下着でしょ」
指摘通り、今日望乃が付けているのは以前葵とランジェリーショップへ行った時に購入したもの。
葵が選んだ、ショーツとペアになった黒色のランジェリーだった。
「……メッシュ素材で涼しいから…黒色なんて、似合わないの分かってるよ」
「……それがいいんじゃん」
顔を近づけられて、至近距離でジッと目線を合わせられる。
望乃が恥ずかしがるたびに、葵は嬉しそうに笑みを浮かべるのだ。
「絶対にそういうの着けなさそうな望乃が、恥ずかしがってエロい下着付けてるっていうのが興奮する」
耳まで赤く染め上げれば、リップ音をさせながら耳に口づけをされる。
恥ずかしさで目元を覆えば、そっとアンダーのワイヤーから手を差し込まれた。
胸元を弄られることに、抵抗がなくなっている自分がいる。
胸を揉みしだかれる感覚も、突起を弾かれる快感も。
心地よさからくる快感に必死に声を押さえていれば、今まで感じたことがないくらい強い快感が体を襲った。
「あ、ァッ!」
ショーツ越しに最も敏感であろう箇所に触れられてしまったのだ。
慌てて口元を押さえながら、体を丸めて葵に訴えかける。
「そ、そこは…」
「……嫌?」
「嫌っていうか…流石にそこは、その……」
恥ずかしくて言い淀んでいれば、扉の開く音が室内に響き渡る。
同時に掛け布団を掛けられて、葵もベッドから起き上がりながら制服のシャツのボタンを止めていた。
「影美さん平気?」
カーテンを開けられて、こちらを覗き込まれる。
葵は制服の乱れをサッと直してしまったために、先程の情事の気配をあっという間に消してしまった。
まさかあんなことをしていたなんて、思いもしないだろう。
「ちゃんと栄養補給した?」
「はい…」
「親御さんに連絡して迎えに来てもらうことも出来るけど、あなたたち吸血パートナー関係結んでいるなら実家暮らしじゃないわよね?」
「沢山血貰ったので平気です」
「じゃあもう帰っていいわよ」と言い残して、教師がカーテンの外へ出て行く。
布団の中でモゾモゾと乱れた制服を直していれば、葵は消えてしまいそうなくらい小さい声を溢した。
「もう触らないから」
「え…」
「流石に調子乗った。ごめん」
まさか謝られるとは思わずに、密かに驚いてしまう。
あの時、そこを触れられることを拒んだのは、驚きと僅かな恐怖心。
触れられたことがないとはいえ、そこを弄られればどうなるかを知識で知っている。
今でも気持ち良くて仕方ないのに、最も敏感な箇所を触れられたらどうなってしまうのか。
その先を知らないからこそ、怖いと思ってしまった。
同時に、葵の手で我を忘れるほど快感に溺れてしまえば、何か大切な一線を超えてしまうような気がしたのだ。
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