第31話


 週末明けに学校へ行けば、なぜか普段よりも視線が集まっていることに気づいた。

 何かおかしな所はあるだろうかと身なりを確認するが、気づける範囲ではいつもと変わりない。


 席に着いても注がれる視線が落ち着かず、酷く居心地が悪い。

 

 その理由を知ったのは、ポチポチとスマートフォンのゲームを弄っていた時だった。


 「吸血鬼ってやっぱり凶暴なんだろうな」


 バクバクと心臓が一気に煩く鳴り始め、同時に冷え込んでいくのがわかる。

 戸惑いでタップミスをしたせいで、画面にはゲームオーバーという文字が表示されていた。


 間違いなく、昨日の報道が原因だろう。


 ギュッと下唇を噛み締める。

 分かっている。こう言った経験は初めてではない。


 以前も似たような事件が起きた時、クラスメイトから遠巻きにされたのだ。


 歩み寄ろうとしても、意味がなかった。

 余計にバケモノ扱いをされて、後ろ指を刺されたのだ。


 こういった時は気にしていないふりをする。

 

 聞こえていないふりをする。


 人というのは暫くすれば忘れる生き物だから、その時を待てばいいだけだ。


 イヤホンを取り出してから、音楽を聴く。

 あえてアップテンポの可愛らしい曲を聴いて元気づけようとするが、それが余計に望乃を虚しくさせていた。



 週明け1番最初の授業は体育で、運動の苦手な望乃は憂鬱で仕方ないのだ。

 現在の種目は公式テニスで、梅雨前の曇り空の下でラリーをする。


 相変わらず鈍臭くて、ちっとも上手くできない。


 ペアになってくれている女子生徒は先ほどから「気にしないで」と優しく声を掛けてくれるが、それが余計に申し訳なさを駆り立てた。


 少しでも上手く返そうとラケットのグリップを強く握り込めば、突然隣のコートから悲鳴に近い声が聞こえてくる。


 「大丈夫!?」


 心配する声も上がり始めて、驚いてそちらを見やれば、痛そうに蹲まるクラスメイトの姿があった。


 どうやらダブルスの試合中に接触事故が起きてしまったようで、一人は足を擦りむいたらしく血を出しながら顔を歪めている。


 皆が心配そうに近寄る中。


 望乃も心配から駆け寄れば、偶然にも怪我をした女子生徒とパチリと視線が合う。


 その瞬間、彼女は悲鳴に近い声で叫んだのだ。


 「影美ちゃんは来ないでよ!」


 皆んなの視線が、一斉に望乃に集まる。

  

 なぜ、あの子がそんなことを言ったのか。

 分かっているからこそ、気まずさから何も言うことができない。


 すぐに体育教師によって、怪我をした女子生徒は保健室に連れていかれた。


 自由にラリーをしとけと先生は言い残していたが、誰も言うことを聞いていない。


 「影美ちゃん気にすることないって」


 クラスでもリーダー格の世話焼き女子に声を掛けられる。

 咄嗟に浮かべた作り笑いは、きっと酷くみっともない。


 あんな事件があったばかりなのだから、怯えられて当然だ。 

 悪気がないと分かっているのに、どうして心は痛みに慣れてくれないのだろう。


 「今のはちょっとないよね」

 「ね、酷いと思う。影美ちゃん心配してるだけなのに」


 練習をせずに、残された生徒たちは怪我した女子生徒に対する不満を口にしていた。


 それを聞いて余計に自己嫌悪に駆られてしまう。


 望乃のせいで、あの子は悪口を言われてしまっているのだ。


 


 保健室へ行っていた教師がテニスコートに戻ってくる頃。

 丁度ポツポツと雨が降り出して、皆で体育館へと移動する。


 独特な梅雨の香りは、余計に望乃の心をどんよりと暗くしていた。

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