第30話
幼稚園からの帰り道。真央とはその場で別れて、葵と二人で電車に揺られながら自宅へと向かっていた。
「望乃、子供にモテモテだったね」
人見知りでコミュ障なくせに、子供相手であれば臆する事なく接することが出来るから不思議だ。
まだ幼さゆえに純粋だからこそ、真っ直ぐと目を見て向き合うことができるのかもしれない。
「葵ちゃんは楽しかった?」
「どちらかといえば疲れたかな。望乃みたいに子供の扱い上手くないし……」
最初に接した子供を怖がらせてしまったらしく、それ以降葵は酷くぎこちない様子で子供と遊んでいた。
思い出して笑いそうになっていれば、彼女が続けた言葉にピタリと動きを止める。
「望乃はなんで幼稚園の先生を目指すのやめたの」
触れられたくない話題に、顔が強張るのが分かった。
上手い言い訳が出てこずに、目線を下げて自身のスニーカーを眺める。
「…なんでって」
「向いてると思うよ」
「……もう、いいんだ」
シンと、2人の間に沈黙が流れる。
望乃の様子から、あまり深堀りされたくないことを察したのかもしれない。
幼い頃に抱いて憧れ続けた夢。
漠然的にその夢を叶えられると思っていたけれど、現実はそう甘くない。
厳しい現実をまざまざと見せつけられたからこそ、望乃は期待をすることが怖くて仕方ないのだ。
休日で人の溢れた商店街を、重たいエコバッグを抱えながら一人で歩いていた。
中にはシャンプーの詰め替えや、葵に頼まれた食料品。
あの子は今日アルバイトなため、用事のない望乃がお使いを名乗り出たのだ。
ありがとうとお礼を言われる姿を想像すれば、胸が暖かい気持ちに包まれる。
ついでに風呂掃除や洗濯も全て済ませてしまおうと考えていれば、突然ひとりの女性に声を掛けられて足を止めた。
「ちょっと、オネエサン」
一枚のビラを強引に渡される。
チラシにはクジラ整骨院と書かれていて、最近商店街にニューオープンしたお店の名前だった。
「スゴク猫背だった。整体した方がいい」
恐らく母国語ではないために、カタコトなのだろう。
慣れない異国語を一生懸命喋っているのは伝わってくるが、直接的すぎる表現は少し失礼だ。
「ソコ、整体のお店オープンする。ぜひきて」
続いて、クーポン券の入ったポケットティッシュを強引に手のひらに握りこまされた。
「マタネ!」
去っていく女性を眺めながら、思わずため息がこぼれ落ちる。
頭では分かっているのに、気の弱い望乃は断れずにこういったものをどんどんもらってしまうのだ。
前もポケットティッシュを、たくさん持ち帰って葵に呆れられてしまったことを思い出す。
変わろうと決意はしたものの、そう簡単にはいかない。まだまだ治すべきところはたくさんあるのだ。
家に帰ってから、望乃は早速部屋の掃除に取り掛かっていた。
掃除機がけはもちろん、普段中々手の回らないキッチン周りまで。
部屋の隅々まで掃除をし終えて、ご褒美に商店街で購入した芋羊羹を頬張る。
モグモグと口を動かしながら興味のないテレビを流し見していれば、夕方のニュース番組が始まった。
『本日都内某所で吸血鬼の男性が、20代女性を襲う事件がありました』
ニュースキャスターの言葉に、動かしていた口を止めてジッと画面を見入る。
『男は吸血目的で女性を襲ったらしく、幸い通りかかった男性に助けられて女性は無事とのことです』
女性が無事でホッとしていれば、続いてコメンテーター達による議論が始まった。
『怖いですねえ』
『やはり、16歳以上の吸血鬼にも血液パックを支給するべきなのでは?』
『しかしそのために吸血パートナー関係制度がありますから』
『だけどねえ…パートナーが血液をくれないだとか問題もあるそうじゃないですか。やはり一律で支給の形に変更した方が…』
それから更に議論がヒートアップしたところで、一旦CMに入る。
暖かい緑茶を啜りながら、吸血鬼ながらに被害者女性に感情移入してしまう。
「……怖いんだろうな」
ただ歩いていただけで男性に襲い掛かられるなんて、望乃だって怖いと思う。
それを目撃した男性も、忘れられないほど衝撃的だったに違いない。
食欲のために人間を襲う存在なんて、本能的に恐怖を感じて当然だ。
ふと、姿鏡に映る自分を見つめる。
「……っ」
姿形は人間だけど、望乃は吸血鬼で。
今食べている芋羊羹も美味しいけれど、何の栄養にもならないし、食欲だって満たされない。
人間だけど、人間ではない。
以前、小夏を助けた時の高野の言葉を思い出す。
『人じゃないじゃん。あんたら吸血鬼でしょ』
吸血鬼を人と見做していない人間は少なくない。
望乃も直接バケモノと呼ばれたことだって、過去に1度や2度ではないのだ。
優しい人間の方が遥かに多いことを、望乃だって分かっている。
しかし時折浴びせられる否定的な言葉の方が、優しい言葉以上に胸に残り続けるのだ。
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