第29話


 帰宅部かつアルバイトもしていない望乃は、放課後を迎えるといつも暇を持て余している。

 お花係の仕事さえ済ませれば、ほかにやる事も特にないのだ。


 今日は帰ったら何をしようかと呑気に考えていれば、下駄箱へ向かう途中で葵に捕まり、そのまま強制的にある場所へ連れてこられていた。


 「真央ちゃん…?」


 実家の最寄駅からすぐの所にある公園には、葵の弟である真央が学ラン姿で立っていたのだ。


 「あんた、何の用なわけ」


 どうやら突然真央から、望乃と一緒にこの公園まで来るように連絡があったそうで、葵も何故呼び出されたのかは知らないようだった。

  

 「久しぶりに園長先生に顔出してこいってお袋がさ」


 今から10年ほど前。

 望乃と葵と真央の三人は森園幼稚園に通っていた。

 そして、そこの園長先生はとても優しく、殆どの生徒が懐いていたのだ。


 「懐かしいなあ。元気にしてるかな」

 「突然行ったら迷惑じゃない?連絡は入れてるの?」

 「お袋が昨日入れたら、ぜひ来てって言ってたらしいよ」


 望乃は卒園以来、2人は引っ越して以来会っていない。

 

 3人で幼稚園へと向かえば、以前と外観は変わらぬままで途端に懐かしさが込み上げる。


 休み時間のたびに下級生である葵が望乃の元を訪れて、2人で良くお人形遊びをしていた。


 転んだ時は絆創膏を貼ってあげて、彼女が嫌いなトマトも望乃が食べてあげていたのだ。


 「すみません、昨日電話した高崎真央です」


 真央が警備員に名前を告げれば、連絡が入っていたのか園長室まで案内される。


 扉を開いた先にいた園長先生は、あの頃と変わらず目尻が下がった優しい笑みを浮かべていた。


 「3人とも元気にしてた?」


 少し歳を重ねたようだが、相変わらず柔らかい雰囲気なまま。


 ソファに座るように促されてから、用意されたお菓子を頬張りながら思い出話に花を咲かせていた。


 「葵ちゃん、昔は望乃ちゃんの後ろについて回ってばかりだったのに大人っぽくなったわねえ」


 触れられたくない過去だったのか、分かりやすく葵が頬を引き釣らせる。


 「真央ちゃんはクラスで一番小さかったのにこんなに大きくなって」


 2歳下と言うことを差し引いても、真央は同年代の子供より小さかったのだ。 

 それがいまや170センチ近くあるのだから、時の流れを感じてしまう。


 「望乃ちゃんは相変わらずふわふわした優しい雰囲気のままね。まだ幼稚園の先生になりたいって夢は持ったままなの?」


 振られた話題に、望乃はすぐに返事をすることが出来なかった。

 どう答えれば良いのか、分からなかったのだ。


 カップを握ったまま何も言わない望乃に、3人とも不思議そうな顔を浮かべている。


 「私は……」

 「ごめんなさいね…大人になって他の夢を持つ事は当たり前よね」


 気を利かせて話題を変えてもらったことにホッとしながら、どこか罪悪感に駆られる。


 幼い頃。何も知らずに無邪気に夢を見ていた気持ちを思い出して、当時の自分への罪悪感に苛まれているのだ。




 

 園長室を出た3人は、保護者のお迎えを待つ子供達の元へ放り込まれていた。


 せっかくだから子供達の相手してあげてくれないかと言われ、二つ返事を返したのだ。


 「みんなー、今日はお兄ちゃんお姉ちゃんが来てくれたわよ」


 年長クラスの担任の先生の言葉に、わらわらと子供達が集まってくる。


 皆んな小さく、酷く愛くるしい。


 元気な子や、明るい子。大人しい子もいれば、一人で人形遊びをしている子もいる。


 「望乃おねえちゃん」


 名前を呼ばれて同じ目線までしゃがみ込めば、そっと絵本を差し出される。


 小さな手で一生懸命に持つ様が、とても可愛らしかった。


 「これよんでほしいの」

 「いいよ。一緒に読もっか」


 壁にもたれながら読み聞かせをしていれば、少しずつ子供たちが増えて来る。


 魔法使いを主人公にしたお話は、きっと幼心を酷く擽るのだろう。


 「ねえ、これは?なんで魔法使うのやめたの?」

 「優斗くんは何でだと思う?」

 「んー、魔法がなくてももう元気だから?」

 「そう、正解」


 頭を撫でてやれば、得意げな顔をしている。

 

 「私も、私も撫でて」


 先ほど絵本を読んで欲しいと頼んできた女の子は、かつての葵のように甘えん坊だ。


 その光景に、過去の二人の姿が重なる。


 あの頃はお姉さんぶって、甘えてくる2人の面倒を見ていたというのに。


 今はどちらかと言えば面倒を見られる側。

 心配と迷惑を掛けて、葵に甘えてばかりだ。


 一体いつからこうなったのか。

 振り返っても辛いことを思い出すだけだと、望乃は考えることを放棄してしまっていた。

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