第28話


 久しぶりに葵の実家へ行けば、そこには望乃の母親の姿もあった。

 

 本当に二人は仲が良く、頻繁に会ってはこうしてお茶会を楽しんでいるという。


 家を出る直前に葵が連絡を入れてくれていたため、和室の部屋には浴衣が2着分置かれていた。


 テキパキと手際の良い葵の母親によって、あっという間に着付けてもらう。


 少し息苦しいけれど、可愛らしい浴衣を着るためならこれくらい我慢できる。


 「2人とも可愛いわ〜」

 「本当。望乃、葵ちゃんと仲良さそうで安心したわ」

 「10年ぶりから、もしかしたら…て思ってたけどね。やっぱり幼馴染みってすごいわ」


 「楽しんでおいで」と見送られてから、電車を使って会場へと向かう。


 先ほどテレビで特集を組まれていた影響か、最寄駅には沢山の人で溢れ返っていた。


 会場である、駅から5分もしない所にある大きな公園に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていて出前の明かりが場を盛り上げている。


 葵は紺色地に白と水色の花があしらわれた浴衣を着ていて、望乃は白地に淡い桃色のお花が散りばめられた浴衣。


 すっかりと場の雰囲気に呑まれて、望乃は珍しくテンションが上がってしまっていた。


 「何食べる?あ、あれ美味しそう…綿飴もいいな」


 歩きながら目移りしていれば、右手をギュッと握られる。

 ただ手のひらを包み込むものではなくて、指を絡ませあった恋人同士のような手繋ぎだ。


 「はぐれるよ」

 「…うん」


 カラカラと、下駄の音がやけに大きく聞こえてくる。

 先ほどまで辺りの喧騒でかき消されていたというのに、隣にいるあの子の存在が気になっているせいかもしれない。

 

 購入した綿飴を頬張れば、砂糖特有の甘さが舌の上で溶けてゆく。


 「…わたあめって殆ど空気だよね」

 「それが美味しいのに。すごく甘いし」

 「私の血とどっちが甘い?」

 「……甘さの種類が違うもん」


 しかし、どちらの甘さが好きかと聞かれれば、答えは決まっている。

 それを教えたくないと思ってしまうのは、ちっぽけなプライドと照れ臭さのせいだ。


 「じゃあどの花火が一番好き?」

 「線香花火かな」


 「パチパチした明かりが綺麗だから」と続ければ、葵が口角をあげてみせる。

 コーラルピンクで彩られている唇は、いつにも増して魅力的だった。


 「打ち上げ花火の話だよ」

 「え…そうだなあ…色が変わるやつ、可愛いなって。葵ちゃんは?」

 「私はクライマックスに咲く一番大きくて綺麗なやつ」


 髪を結い上げた葵が綺麗で見惚れていれば、彼女の背後で大きな花火が舞い上がった。


 赤色の花火をしきりに、次々と色鮮やかな花が夜空で咲いてゆく。


 「はじまったね」


 見やすい場所へ行こうと近くの河原へ向かえば、皆考えることは一緒なのか既に人が沢山いた。


 仕方なく、座らずに立ちながら打ち上げ花火を眺めていた。


 「…5月だから、まだちょっと寒いね」

 「夏になったらまた来ようよ」


 葵の言葉に、どこかほっとしてしまう。


 10年も離れ離れだったため、心のどこかでまた葵と離れてしまうことが怖かったのかもしれない。


 夏を迎えたその先も一緒にいると約束してくれるような言葉に、心は自然と喜んでしまっていた。


 破裂音と共に打ち上がる花火をジッと眺めていれば、思い出したように葵がポツリと言葉を漏らした。


 「最後の花火が咲くときにお願い事すると、それ叶うらしいよ」

 「そうなの?」

 「あ、激しくなってきた…多分もうすぐ終わるかも」


 先ほどにも増して破裂音が大きく、連続的なものになっていく。


 綺麗に咲く花火を見上げながら、何にしようかと必死に考える。


 叶えたい事はたくさんある。


 出来れば性格をもう少し友好的なものにしたいし、今よりも周囲と良い関係を築きたいという願望もある。


 どうしたものかと悩み込んでいれば、握られていた手に力を込められてそっと葵の方を見やった。


 「あ……」


 葵もこちらを見ていたようで、互いの視線が混ざり合う。

 逸らすことが出来ずに浴衣姿の彼女に見惚れていれば、今日一番の最後の花火が夜空に咲き誇った。


 同時に望乃が抱いた想いは、酷く単純でシンプルなもの。


 葵とずっと一緒にいたいという、そんな無謀な夢だ。


 全ての花が散り終えれば、夜空は再び暗闇に包まれる。


 「……何お願いしたの?」

 「な、ないしょ」


 言ったらまた揶揄われるに決まっている。


 幼馴染とずっと一緒にいたいなんて普通なことだろうに、どうしてこんなに恥ずかしくて堪らないのか。


 葵が関わると望乃の心境は酷く複雑なものになってしまうため、望乃自身も自分の気持ちが分からなくなってしまうのだ。





 慣れない下駄のせいで、2人とも帰宅する頃にはヘトヘトになってしまっていた。

 幸い鼻緒擦れはしていないようだが、それでも疲労感は拭えない。


 屋台で沢山買い食いをしたため、葵はお腹がいっぱいのようだが望乃は違う。


 吸血鬼は血液を摂取しない限り、空腹感は満たされないのだ。


 「…夜ご飯にする?」

 「うん……」


 浴衣の帯を解いて襟を寛げる姿が扇情的で、いつもよりドキドキしてしまう。


 首筋に齧り付いて血を啜れば、綿菓子やりんご飴よりも何倍も甘い。


 望乃が世界で一番、大好きな味だ。


 口を離してから葵を見れば、優しく頭を撫でられる。


 「どうしたの?」


 そう尋ねる瞳があまりに優しくて。

 堪らずにギュッと抱きつけば、頭を撫でていた手が背中にうつった。


 「……今日は甘えん坊じゃん」


 背中をさすられながら、これでは立場逆転だと考えるが、そもそも葵に助けられてばかりいることを思い出す。


 口調はキツく分かりにくいけれど、やはり葵はとても優しい女の子だ。


 「……シワになるから」


 それが望乃の帯を解くための建前であることは、雰囲気で察してしまう。


 緩んだ合わせから手を差し込まれ、柔らかな膨らみに触れられる。


 反対の手ではうなじをくすぐられて、心地良さに目を細めた。


 「んっ…ンッ」


 望乃が甘い声を出すたびに、葵の血がさらに甘くなる。

 最近ではどこかを触られながら吸血をするのが、当たり前になっていた。


 血液を甘くするために、興奮を煽る。

 もはや幼馴染みの域を超えている行為を止められないのは、葵に触れられるのが心地良いから。


 一体2人の触れ合いはどこまで進んでしまうのだろうと、彼女の甘い血に溺れながら考えていた。

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