第27話


 放課後の日課である水やりを終えて、オレンジ色の光が差し込んだ廊下を一人で歩く。

 帰ったら掃除機でも掛けようかと考えていれば、靴箱前に立つ女子生徒の存在に気づいて思わず足を止めた。


 「葵ちゃん…!?」


 昼休みにあんなことがあった手前、恥ずかしさが込み上げる。


 こちらの存在に気づいた葵は、軽く手をあげていた。


 「行くよ」

 「行くってどこに…?」

 「ランジェリーショップ」

 「ええ…?でも私買ったばかりだし…ちょっと、葵ちゃん…!」


 こちらの言葉を聞かずに、葵に手を引かれてしまう。

 学校を出てからもそれは変わらず、手のひらから彼女の温もりが伝わっていた。


 望乃の手よりも大きい、葵の手。


 放課後に手を繋いで歩くだなんてまるでデートのようだと考えていれば、宣言通りに以前小夏と訪れたランジェリーショップに到着する。


 「私下着は黒派だから」

 「へ…?」

 「私っぽい下着付けたいなら、望乃も黒色買いなよ」


 そう言いながら、葵はそばにあった黒色の下着を押し付けてくる。


 到底望乃には似合わないであろう大人っぽいデザイン。


 「む、無理無理!セクシーすぎるよ…」

 「でも私あんな青色つけないし」

 「だ、だけど…」

 「柚木小夏の選んだ下着は付けて、私の選ぶ下着は付けてくれないの…?」


 悲しそうに目線を下げる姿に、チクチクと良心が痛む。


 昔から、葵がしょんぼりとする姿が望乃は苦手なのだ。

 

 ジッと下着を見て、どうするべきかと葛藤に苛まれる。

 下着くらい別に良いのではと思うが、最近まで無地で地味な下着ばかり付けていた望乃にはハードルが高い。


 チラリと葵を見やれば、相変わらず目線を下げたままで。


 「……わ、わかったよ…」

 「流石私のお姉ちゃんだね」

 「もう、都合いい時だけ…!」


 先ほどまで醸し出していた悲しげな雰囲気を吹き飛ばして、いつも通りケロリとした顔で冗談を言ってのける。


 葵の掌の上で転がされていることは分かっていたが、こんなふうに笑う彼女を見ると、許したくなってしまうのだから望乃は本当に甘い。


 帰り道、新しく購入したランジェリーが入った袋を下げて歩く。

 左手は、何故か未だに葵によって包み込まれたままだ。


 「今夜見せてね」


 驚いて持っていたショッピングバックを落とせば、冗談だったのか葵はカラカラと笑っている。

 あんなにお姉ちゃんぶっていたというのに、やはり葵の方が何枚も上手なのだ。





 何の用事もない休日にのんびりとテレビを眺めていれば、とあるバラエティ番組の特集に釘付けになってしまっていた。


 アナウンサーの綺麗な発音に合わせて紹介される映像には、暗闇の中で満開な花火が綺麗に打ち上がっている。


 「今年もキラマツ花火大会楽しみですね〜」


 キラマツ花火大会は毎年5月という中途半端な時期に開催されるお祭りで、中々に規模が大きくて有名なのだ。


 望乃達の暮らす街から30分ほどの距離で開催されて、今特集を組まれている昨年のキラマツ花火大会の映像も随分と盛り上がりを見せていた。


 「地域の皆様から愛されるキラマツ花火大会ですが、今年は今日と明日、開催されます」


 ジッとテレビに釘付けになっていれば、ベッドに寝転んでいた葵がこちらに声を掛けてくる。


 「行きたいの?」

 「お祭りって人多いし…」

 「りんご飴とか綿飴あるよ」


 お祭りの屋台から漂う香りはどれも魅力的で、幼い頃はよく目移りしてしまっていた。


 歳を重ねるに連れて次第に行かなくなり、ここ数年はまったく足を運んでいない。


 「たこ焼きに焼きそばもあるかも」

 「……美味しそう」

 「望乃は誰かと行く予定ないの?」

 「私、友達小夏ちゃんしかいないし…」


 唯一の友達である小夏は他に一緒に行く人がいるらしく、先日会った時とても楽しみにしているようだった。


 他に行く人もいないため、既に諦めているのだ。


 「……実家戻るよ」

 「どうして…?」

 「浴衣着付けてもらおう」

 「私浴衣持ってないよ…?」

 「家に何着かあるから。お祭り行きたくない?」


 願ってもない申し出に、首を何度も縦に振る。

 自分でも、期待から目がキラキラと輝いてしまっているのが分かった。


 ベッドから立ち上がり、葵は望乃の頭を軽く撫でてくる。


 「じゃあ決まり。行くよ」


 口元の緩みを堪えることが出来ない。

 想像もしていなかった展開に、少しでも気を抜いたら小躍りをしてしまいそうだ。


 行きたかったお祭りに行けるだけでも嬉しいのに、その相手が葵だからこそ、余計に喜びが増してしまっているのかもしれない。

 

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