第26話


 校内で人気の少ない所といえば、場所は限られてくる。

 昼休みとは思えないほど閑散とした図書室は、予想通り誰もいない。


 司書の先生も相変わらず昼休み時間は席を外しているようで、その場にいるのは望乃と葵だけの状態だ。


 窓側の席に、葵と並んで座る。

 いつも一人で来ているため、隣に彼女がいる状況が新鮮だった。


 「話って何」


 何から話せば良いのか考えて、まず思い浮かんだのは小夏のこと。

 彼女に対する誤解を解くべきだと考えたのだ。


 「……小夏ちゃん悪い子じゃないよ」

 「…何でそう思うの」

 「私の悪い所全部指摘してくれたの。変わりたいなら治した方が良いところとか…」

 「変わりたいの?今のままじゃ…」

 「ダメなの。それだと葵ちゃんに釣り合わないから」


 予想外だったのか、葵の瞳が驚いたように見開かれる。

 

 「私すごく不器用で…運動とかどの競技もビリで足引っ張ってばっかりで…勉強もあんまりだし…人間関係も上手くできない。子供っぽくて、葵ちゃんの方がずっと大人っぽい」


 ギュッとスカートの裾を握る。

 クシャリと皺が寄ったプリーツスカートを、ジッと眺めていた。


 「下着も…子供っぽいやつじゃなくて葵ちゃんみたいな大人なデザイン付けたいなって…小夏ちゃんが選んでくれたやつ、可愛かったから何も考えずに買ったの」

 「……なにそれ」

 「こっち来て欲しいの」


 カーテンに近づいてから手招きすれば、すんなりと葵が寄ってくる。

 誰もいないとはいえ、念のために二人でカーテンの中に包まった。


 長いカーテンなため、しゃがんでも二人の足元まで覆い隠してしまっている。


 状況を理解できていない葵を見つめながら、恐る恐るパーカーの裾を掴む。


 そして、羞恥心を堪えてシャツと一緒に胸元あたりまで服を捲り上げた。


 「……確かにあのデザインは小夏ちゃんぽいかもだけど……もう一つ買ってたの」


 望乃の胸を支えている下着は、昨日のものとはまた印象が異なる淡いブルーカラーのランジェリーだ。


 中心に小さなパールが付いていて、光に当たるたびにそれがキラキラと反射する。


 白い糸で刺繍された花柄が、ひどく気にいっているのだ。


 朝起きてわざわざこの下着に付け替えた意図を、言葉を濁しながら彼女へ伝える。


 「葵ちゃんぽいなって思って買ったの」


 胸元には昨晩葵が付けたキスマークが色濃く残っていて、余計に望乃の羞恥心を煽っていた。


 学校で服を捲り上げ、あろうことか葵に下着姿を見せつけているのだ。


 恥ずかしさの限界で服を下ろそうとすれば、突然葵の手が望乃の頬に添えられる。


 彼女の顔がゆっくりと近づいてきて、望乃は半ば無意識に目を瞑っていた。


 予想通り触れた葵の唇はいつも通り柔らかいが、グロスを塗っているのか少しだけベタつきがある。


 もはや何度目か分からないほど、葵と唇を重ねてしまっている。


 いつも通りすぐに離れていくと思っていたのに、葵は角度を変えてから、望乃の口内に生暖かいものを侵入させた。


 「んっ、ンッ、んぅっ…」


 溶けてしまいそうなほど熱く、まるで生きているかのように望乃の舌を絡め取る。

 

 柔らかいもの同士で擦り合わせれば背中からゾクゾクとしか快感が込み上げて、裏側をなぞられれば我慢が出来ずに声が溢れていく。


 無意識に溢れる声と、舌が重なり合う水音が静かな図書室に響いていた。


 「ッ…ぁっ…ン」


 角度を変えながら上顎をなぞられると、より強い快感が込み上げてくる。

 

 下半身にジンと熱が溜まって、太ももを擦り合わせてしまっていた。


 リップ音をさせながら、ゆっくりと葵の顔が離れていく。


 望乃に比べれば息は上がっていないが、彼女にしては珍しく頬が桃色に染まっていた。


 「……だ、だめだよ」

 「なんで」

 「舌入れるのは、流石に…」


 "幼馴染みの域を越えてしまう"と続ければ、息を荒くさせながら葵が耳元で囁く。


 軽く耳に唇を当てられれば、言いようのないもどかしさが込み上げる。

 器用な葵のことだから、きっと全て計算してやっているのだ。


 「興奮した方が血って甘くなるらしいよ」


 確か小夏も同じことを言っていた。

 至近距離で葵と見つめ合いながら、うろうろと目線を彷徨わせてしまう。


 食欲や。性欲か。

 どちらを求めているのか、自分でも分からなくなっているのだ。


 「めちゃくちゃ甘くて美味しい血、飲みたくない?」


 再び唇を近づけられて、背けることが出来なかった。


 甘い血が飲みたかった食欲か。

 葵に触れられたかった愛欲か。


 口内に舌を差し込まれれば、それ以上何も考えられなくなってしまう。


 壁にもたれ掛かって、カーテンに包まりながらの口付け。

 口からは唾液が溢れ、顎を伝って首元を汚してしまっていた。


 「んっ…あァッっ」


 脇腹をくすぐられたかと思えば、背後に手を回される。

 あっという間にホックは外されてしまい、脇腹から続いてそのままブラの中にも手を入れられてしまっていた。


 本来であれば愛し合うもの同士でなければ触れられない箇所を、葵に触れられてしまっている。


 「あッ…ぁう…ッ」


 ジワジワと込み上げてくる快感。

 すっかり葵に翻弄されて、快楽に呑まれてしまっている。


 快感から思考はボーッとし始めて、ろくに頭が回らない。


 「……ほら」


 そんな中首筋を近づけられれば、考える余裕なんてあるはずもない。彼女の血液を求めて、もはや定位置となった箇所に犬歯で貫いていた。

 

 望乃と同じくらい、葵も興奮したように息を荒くさせている。みっともなく喘ぐ姿を見て、興奮してくれたのだ。


 「んっ…ちゅぅっ…ンッ、ぁっ……おいしっ…」


 飲んだ血は、今までとは比べ物にならないくらい甘かった。

 体温が上がっているせいか、何故興奮状態になると血がより甘くなるのかは分からない。


 葵に触られると酷く心地良くて、まるで夢見心地だった。

 甘い血を求めていたというよりは、彼女から与えられる快感があまりに気持ちよくて、跳ね除けることが出来ない。


 葵にもっと触れられたいと、体は快楽を求めていたのだ。


 


 

 制服の乱れを直してから、二人でカーテンに包まれながら壁を背中に預けて座り込んでいた。


 葵に摘まれたそこはいまだにジンジンと熱を持ち、更なる快感を求めている。

 しかし、吸血行為を済ませてしまった以上そのための大義名分がないため、もどかしさを感じつつ我慢しているのだ。


 「……嫌なこと言ってごめん…昨日…望乃に嫌なこと言って泣かせて…すごい反省した」

 「葵ちゃん…」

 「それで、何で私がバイト先の人と喋ってて嫉妬したの?」


 彼女の言葉に、ぴたりと動きを止める。


 すっかり忘れていたが、昨晩たしかに葵に対して「バイト先の人と良い感じだ」と責め立てたのだ。


 困っている望乃を見るのが楽しいのか、先程の謝罪の雰囲気はどこへやら。

 葵はニヤニヤと酷く楽しげに笑みを浮かべている。


 「それは…」

 「あの人は普通に彼女いるから。私も全く興味ない」

 「そ、そうなの…!?」


 つまり、葵のことは何とも思っていないわけで。

 並ぶと絵になる二人であることに変わりはないが、関係が発展することもない。


 思わず胸を撫で下ろしていれば、揶揄うように葵は言葉を続けた。


 「安心した?」

 

 咄嗟に頷いてしまいそうになって、慌てて動きを止める。


 まるでこちらの気持ちを見透かされているようで、恥ずかしくて仕方ない。


 葵が誰かと親しげに話している所を見て、胸がモヤモヤとして言いようのない想いが込み上げてきたのは確かだというのに。

 一体その想いの根源が何なのか、今の望乃には理解することが出来なかった。

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