第24話
溢れてくる涙を必死に拭いながら、行く宛もなくトボトボと歩く。
スマートフォンはもちろん、財布だって持ってきていない。
これでは電車にも乗れないため、実家に帰ることも出来ないのだ。
どうしたものかと悩んでいれば、驚いたように名前を呼ばれて、体をビクッとさせながら顔を上げた。
「望乃ちゃん…!?」
「ま、真央ちゃん……」
向かい側から歩いてきたのは、葵の弟である高崎真央だ。
エナメル素材の大きな鞄を持って、以前と同じ学ラン姿。
もう片方の手に持った紙袋をこちらに見せながら、真央は戸惑ったような声を上げた。
「…今から姉貴に渡しに行こうと思ってたんだけど……何で泣いて」
みなまで言わずとも、途中で何か察した様に言葉をつぐむ。
泣いている望乃を落ち着かせようと、少し歩いた先にある公園のベンチに座らさせられていた。
噴水広場が有名なこの公園は、昼間の賑わいが嘘のように静まりかえっている。
街灯明かりに照らされながら、真央と二人並んでベンチに座っていた。
「…姉貴と喧嘩した?」
こくりと頷いて見せれば、隣から「やっぱりなあ」という声が返ってくる。
あまり驚いた様子もなく、予想通りといった感じだ。
「姉貴、性格キツイからなー…」
「ごめんね、迷惑かけて」
「いいって。どうせ姉貴がなんか言ったんだろうし……姉貴のこと、嫌いになったりした?」
まさかそこまで話が飛躍するとは思わず、込み上げていたものが一気に引っ込んでいく。
確かにショックだったけれど、葵を嫌いになるなんて1ミリたりとも考えていなかった。
「え…?」
「10年前と全然違うだろ。言い方も雰囲気も…望乃ちゃんがギャップ感じてパートナー解消したくならないかって、お袋と話してたんだ」
「…葵ちゃん、何かあったの?」
「……よくある話だよ」
一度間を置いて、ぽつりぽつりと話し始める。
望乃の知らない、転校後の葵の身に起こった悲しい過去だった。
「転校先がさ、田舎の結構閉鎖的な所で…姉貴って昔から顔立ちが派手で目立つから、同級生から目をつけられたみたいでさ」
「そんな…」
「いじめられたのは1ヶ月くらいで…反撃してからはピタリと止んだらしいけど、そこからかな。姉貴が強気な態度で周囲と接するようになったの」
遮らずに、真央の言葉に耳を傾ける。
葵の強さの裏にそんな過去があっただなんて、考えもしなかった。
彼の言う通り、葵は強くなったのではない。
辛い環境下に置かれて、強くなるしかなかったのだ。
「弱みを見せるから虐められるんだって…必死に強いフリをして、自分の意見ハッキリいう性格になってさ。悪いことじゃないんだろうけど…学校はもちろん家の中でも強がって……本当は苦しいんじゃないかって」
「そんなことがあったんだ…」
「だから…姉貴を望乃ちゃんのパートナーにしたがったお袋の気持ち、何となく分かるんだよね」
切なそうに、彼の目が細められる。
弟として長年姉の姿を見てきたからこそ、思う所があるのかもしれない。
「…昔ばっかり懐かしむのは良くないって分かってるけど……望乃ちゃんといた時の姉貴、いつも楽しそうだったから。自分を作らずにいられる存在って…たぶん望乃ちゃんだけなんだよ」
「でも、私に対しても結構…」
「今はそうかもしれないけど、いずれはって。昔さ、2人って文通でやり取りしてたんだろ?」
真央の言う通り、離れ離れになってもしばらく2人の間では文通が続いていたのだ。
その日起こった些細な出来事や、嬉しかったこと。
楽しかったことも辛かったことも、全て打ち明けていたというのに、ある日突然葵の方から来なくなってしまった。
当時は葵に嫌われてしまったのではないかと、酷く落ち込んだものだ。
「あれさ…望乃ちゃんが好きすぎるから、会えないのが辛いからもうやめるって言い出したんだよ」
「どういうこと…?」
「どうやっても会えないのに、手紙が来るたびに望乃ちゃんのこと思い出して苦しくなるからって…不器用すぎて笑っちゃうよね」
てっきりもう、新しい友達が出来て望乃のことなんて忘れてしまったのかと思っていた。
そんな本心が隠されていたなんて、思いもしなかったのだ。
「姉貴ってすごい不器用で分かりにくいけど…たぶん、嫌な事言ってきたとしても絶対に何か他に言いたいことがあるんだよ」
「…うん」
「無理のない範囲でいいから…もう少しだけ、姉貴に付き合ってあげてくれないかなって」
離れていた間に、辛かったのは望乃だけじゃなかった。彼女の強がりの裏側に何があるのかを想像して、切なくなってしまう。
言い方もキツく、ストレートな物言い。
しかしその裏には大切なことが隠されていて、今日の葵の言葉にも、本当に伝えたかった何かがあるはずだ。
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