第22話


 カフェを出てから、二人は駅に併設されたショッピングモールを見て回っていた。


 勉強用ノートが無くなってしまったため、雑貨屋で新しいのを購入する。

 ついでだからと色々と小夏に連れまわされていれば、彼女は一つのお店の前で足を止めた。


 「あ、下着買ってもいい?」


 いつもの如く、返事を聞かずに小夏が店内に入っていく。口にした時点で、彼女の中では決定事項なのだろう。


 お洒落なランジェリーショップには人生で一度も立ち入ったことはないのだ。


 カラーはもちろん、デザインだって様々な下着を、小夏は慣れたように眺めている。


 望乃はこんなにも居心地が悪くて仕方ないというのに、やはり大人っぽい人は違うなと感心してしまっていた。


 「望乃ちゃんってサイズ何なの?」

 「Mサイズ付けてるよ」

 「服のサイズじゃなくて…?」

 「ううん、Mサイズの下着」

 「ブラの話だよね?」

 「う、うん…」


 どうして何度も確認されるのか戸惑っていれば、力強く両肩をガシッと掴まれる。


 珍しく、小夏にしては言葉の歯切れが悪かった。


 「その…聞きづらいんだけど……もしかしてブラつけてない!?」

 「つけてるよ…よく買う安いお洋服のお店に売ってるやつ…」

 「じゃあサイズ把握してないの?」

 「たぶんAかBくらいじゃないのかな…」

 「うん、わかった」


 これ以上聞いても埒があかないと判断したのか、小夏はすぐそばにいた店員に声を掛けた。


 「すみません、この子のサイズ測ってください」

 「かしこまりました」

 「小夏ちゃん!?」


 問答無用でフィッティングルームへ押し込まれてしまう。


 「わ、私別に今のやつでも…」

 「今年17歳になるんだから、絶対把握しておいた方がいいよ。じゃあ店員さん、お願いします」

 

 望乃を置いて、小夏がフィッティングルームを後にしていく。


 二重カーテンで出入り口は仕切られ、背面には大きな全身鏡が取り付けられている個別空間。


 店員は慣れた手つきでメジャーを取り出していた。


 「服の上から測りますね」


 背中にメジャーを回されて、アンダーと胸部を測られる。


 沈黙が気まずくて、手持ち無沙汰に腕を中途半端な位置に上げていた。


 「Dの65ですね」

 「でぃ、でぃー…?Bの間違いじゃなくて…?」

 「はい、Dであってます。店内にそちらのサイズございますので、気に入った商品があればお気軽にお声掛けください」


 トボトボとフィッティングルームを出れば、すぐに小夏が駆け寄ってくる。


 てっきりBカップくらいだと思い込んでいたため、新たな発覚に戸惑いと驚きでいっぱいだった。


 「どうだった」

 「Dの65って…」

 「望乃ちゃん細身だしいつもパーカー着てるから着痩せしてたんだね」


 望乃を待っている間に、小夏は店内の商品を物色していたらしい。


 手に持っているカゴには数着ランジェリーが入っていた。


 「これとか可愛いよ」


 案内されたコーナーには、ピンク色のレースがあしらわれた花柄の下着。

 ショーツもペアになっていて、何とも女の子らしいデザインだ。


 「こんなに可愛いのつけるの…?」

 「望乃ちゃん今どんなのつけてるの」

 「グレーの無地のやつ」

 「せっかく可愛いんだから下着も可愛いやつ付けなよ」


 確かに葵も大人っぽい黒色の下着を付けていた。

 望乃も今年で17歳なのだから、少しは見習った方がいいのだろうか。


 「そういえばさ、人間って興奮状態の方が血が甘くなるらしいよ」

 「え……」

 「これとか付けたら高崎葵喜ぶんじゃない?」


 言いながら小夏が指さしたのは、淡いパープルカラーのショーツ。


 しかし望乃が知っているものとは形が違い、不思議に思って手を取れば、それはティーバックのショーツだった。


 「こ、こんなの付けられないよ…」

 「甘い血飲みたくないの?」

 「葵ちゃんは私で興奮したりしないもん…」


 下着はもちろん、出立ちすら地味な望乃に、美人で派手な葵が興奮などしたりするはずがない。


 至極当然なことを言ったというのに、何故か小夏は目をパチクリとさせていた。


 「……まじか」

 「なにが?」

 「いや、なんでも……」


 きっと葵は異性である男性が好きなのだろうから、同性の望乃にそんな感情は抱いたりしないだろう。


 当然の考えに、不思議と胸がチクリと痛んでいた。


 「あ、これは?」

 「…かわいい!」


 続いて小夏が指さしたのは、イエローカラーを基調としたストライプ柄とオレンジ色の花柄が上手く調和した下着だ。


 「いいかも」

 「でしょ」

 「試着してみようかな。なんか、これ小夏ちゃんみたいだね」


 さっぱりしたイメージだけど、可愛らしい。夏という名前の入った彼女のようだと告げれば、小夏は何故か頬を引き攣らせてしまう。


 「ちょと、待って。やっぱ自分で選ばない?」

 「どうして…?」

 「よく考えたらそれ、全然望乃ちゃんっぽくないから」


 一体何を伝えようとしているのかがちっともわからない。


 イエローカラーの下着は可愛らしく、すっかり気に入ってしまっているのだ。


 「…せっかく小夏ちゃんが選んでくれたから」


 望乃らしくないと言われて凹んでいれば、小夏が頭を抱えてしまう。


 「……じゃあ約束して」

 「何を?」

 「その下着選んだの私ってこと…高崎葵に言わないって」


 理由を聞いても、言葉を濁して教えてもらえない。

 それさえ約束出来るならば買っても良いと言われ、意味のわからぬまま望乃は首を縦に振ったのだった。


 フィッティングルームに他にも幾つか持ち込んで試着すれば、ぴったりとフィットする。


 店員の女性に紐の長さを調整してもらったおかげで、普段使っているものより密着具合も桁違いだ。


 「やっぱりちゃんとサイズ測ったほうがいいんだな…」


 パットもふにふにと柔らかく、今までのものと全然違う。

 少し硬めのジェルのような不思議な感触のパットは、はじめて触れる感触だった。


 先ほどのイエローカラーの下着と、特にフィット感が気に入ったものを追加で2着ほど購入していた。


 同じショッピングバックをぶらさげながら、二人で駅までの道のりを歩く。


 「小夏ちゃんも良いの買えて良かったね」

 「うん、付き合わせちゃってごめんね」

 「私もおかげで買えたし、気にしないでよ」


 新たな発見もあったし、何より小夏と一緒にいてとても楽しかったのだ。

 

 「…ありがとうね」

 「どうしたの急に」

 「放課後にと、友達と寄り道するの実は憧れてたから…嬉しくて」


 少しだけ強い力で、頭をガシガシと撫でられる。

 髪の毛の乱れよりも、それが彼女の照れ隠しだと分かるから嬉しくなってしまうのだ。


 「またいつでも行こうよ」

 「…っ……うん!」


 今まで、放課後に楽しげに遊んでいるクラスメイト達を心のどこかで羨んでいたのだ。


 今まで憧れていた分、尚更小夏と遊ぶ時間が楽しくて仕方ないのかもしれない。

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