第19話


 歴史の授業の一環で、吸血鬼の歴史について学ぶことは珍しいことではない。


 何百年前に突如として現れ、それ以降次々と数を増やしていった吸血鬼。


 両親のどちらかが吸血鬼の子供は必ず吸血鬼になるため、その数は一気に膨れ上がったが、吸血鬼の台頭を恐れた人間によって大虐殺される。


 それに伴い数は大幅に減少。

 月日が流れ、過去を反省したのか現在は絶滅危惧種である吸血鬼を保護するために各国で様々な制度が設けられている。


 高校生ともなれば誰もが知っていること。 

 多くの生徒は世界史の先生の授業を、眠たそうに欠伸をしながら聞いていた。


 「じゃあ、今日の授業はここまでな」


 授業終了のチャイムと同時に、さっさと荷物を片付けて教師が教室を後にする。


 休み時間を迎えた教室は途端にザワザワと賑わいを見せ始めていた。


 いつも通り音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを取り出していれば、突然男子生徒から声を掛けられて驚いて顔を上げる。


 こうやって教室で声を掛けてくる生徒は殆どいないのだ。


 「影美の親はどっちか人間なの?」

 「お、お父さんが人間で…お母さんが吸血鬼だよ」

 「へえ」


 いつも賑やかにしているテニス部の彼に苦手意識を持っていたけれど、話してみればそこまで悪い人ではなかった。


 一言二言会話をしてから、彼が離れていく。

 人見知りゆえに緊張してしまったが、会話のキャッチボールが出来たことに喜びを覚えてしまう。


 また少し変われただろうかと、ポジティブに物事を考えることが出来ていた。

 




 用具入れにジョウロを戻して、ようやくお花係の仕事を終える。

 後もう少しで梅雨が来れば、朝晩の水やりからもわずかの間だが解放されるのだ。


 放課後ともなれば、多くの生徒はさっさと教室を出て行ってしまう。


 水やりを終えて戻ってくれば望乃のリュックサックだけ置かれた状態が恒例だというのに、珍しく教室には人影があった。


 望乃の机の前で、手持ち無沙汰な様子でスマートフォンを弄っていたのは、隣のクラスで同じく吸血鬼の柚木小夏だったのだ。


 「小夏ちゃん……?」


 声を掛ければ、彼女の頬が嬉しそうに綻ぶ。


 「やほ」

 「何してるの?」

 「これ」


 渡された紙袋の中には、シトラスの香りを纏った望乃のジャージが畳まれた状態で入っていた。


 汚れは全て綺麗に落とされて、小夏が洗ってくれたのだと一目で分かる。


 「ちゃんと洗ってるから」

 「ありがとう。私も明日返すね」

 「別にいいって。じゃあ行こっか」


 返事を聞かずに、小夏は望乃のリュックサックを背負って歩き出す。

 慌てて後を追うが、身長差があるためついていくのがやっとだ。


 「え、どこ行くの?」

 「ケーキ奢る」


 さっさと先を歩く小夏を追いかけながら、心のどこかで喜んでいる自分がいた。


 今まで放課後に友達と遊んだ経験は一度もない。


 おまけにケーキなんて、栄養にならない割に高いためお祝いごとの際食べるくらいだ。


 こんな何でもない日に食べて良いのだろうかと戸惑いを喜びの中に滲ませていれば、みるからに可愛らしい外観の前で足を止める。


 学校から10分もしない所に、女性に人気なケーキをメインに取り扱ったカフェがあると風の噂で聞いたことはあった。


 アンティークな店内に、食器もこだわりがあるためSNS映えをするとクラスの女子生徒たちが話していたのだ。


 そっと窓から覗けば、店内にはキラキラとしたお洒落な女性たちが楽しげに食事をしている。


 その煌びやかさに、望乃は軽く怯んでしまっていた。


 「ここ入るの…?」

 「うん、美味しいから」

 「わ、私が入って良いのかな…」

 「は?」


 訳がわからないと言ったように、小夏は怪訝な顔をしていた。


 小夏は美人なために、望乃が感じている劣等感が理解できないのかもしれない。


 「私キラキラしてないし…」

 「何言ってるかよく分かんないけど、さっさと入るよ」

 「え、ちょっと待って心の準備が…!」


 背中を押されて、無理やり店内に押し込められる。

 扉を開く際にカランと来客を告げる鈴がなったために、あっという間に店員がやって来てしまう。


 「いらっしゃいませぇ、何名様ですかぁ」


 高い声に、ふんわりとした桃色のチークがよく似合う女性店員。


 彼女のように可愛らしい女性でないと、ここのお店の雰囲気にはマッチしないのだろう。



 店員とのやり取りは、情けないことに全て小夏に任せてしまっていた。

 

 席に通されてから小夏がおすすめだという期間限定のケーキセットを2つ注文して、ようやく息を吐く。


 「あ、あのさ…どうしてケーキ屋さんに…?」

 「望乃ちゃんと遊びたかったから。放課後に友達と遊ぶなんて普通じゃん」

 「と、友達…!?」


 その言葉を噛み締めながら、ぽかぽかと胸が暖かくなる。

  

 何年も縁のなかったワードに、柄にもなく頬も緩んでしまっていた。


 「私と小夏ちゃんって友達でいいの?」

 「……望乃ちゃんは思ってないの?」

 「思いたいけど思って良いか分かんなかったから…嬉しいな」

 「私だってこっち来てからセフレしかいなかったから。純粋な友達は嬉しい」


 高校に入って、1人目の友達。 

 葵は幼馴染だから、本当に久しぶりに友達という存在が現れたのだ。


 店員によって運ばれたチーズタルトは、爽やかなレモンの香りが良いアクセントになっていた。


 血液とはまた違う甘さに益々口角が上がってしまう。


 「凄く美味しい…小夏ちゃんのおすすめにしてよかった」

 「正しくは私のおすすめじゃなくて、お店のおすすめだけど………望乃ちゃんって笑えるんだね」


 意味が分からずに首を傾げれば、小夏がハッキリとした口調で答える。


 「学校の望乃ちゃんは確かにどんよりしてるけど、今の望乃ちゃんはキラキラしてる」

 「私がキラキラ…?」

 「そうやって、自分の感情素直に出せば良いんだよ」


 小夏のアドバイスは的確で、望乃だって出来ればそうしたい所だ。

 しかし、変わりたいと思っても中々変われないもので、まだまだ難しいと思ってしまう。


 出来ることはしたいが、まだその段階に到達出来ていないのだ。


 「そういえば、望乃ちゃんのパートナーって高崎葵なんだね」

 「うん…小夏ちゃんも知ってるんだ」

 「噂で聞いたよ。あの子可愛いからタダでさえ目立つし、リーダー気質なのかいつも輪の中心にいるんでしょ」

 「葵ちゃんは可愛くて格好いいから」

 「あの子の血って美味しい?」


 自信を持って首を縦に振る。

 葵の血液は本当に甘美で、皆んなに自慢してしまいたい程美味しい血液の持ち主なのだ。

 

 「今まで飲んだ中で葵ちゃんの血が一番美味しいよ」

 「へえ、望乃ちゃんのパートナーそんなに美味しいんだ」

 「うん、なんでだろ…」


 不思議がる望乃を見て、小夏はニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべていた。


 何かを知っている様子で、酷く楽しそうだ。


 「知ってるの?」

 「えー、どうしよっかなあ」

 「教えてよ」

 「じゃあ、味見させて」


 一瞬意味が分からずに、ぽかんとしてしまう。

 

 「あ、味見…?」

 「望乃ちゃんのパートナーの血、少しだけ…」

 「だ、だめ!」


 遮るように、食い気味で言葉を返していた。

 少しだけ声が大きくなってしまい、慌てて周囲の人に謝るが誰も気に留める様子はない。


 元々の声が小さいため、少し声のボリュームを上げるくらいが丁度いい音量になるのかもしれない。


 「冗談だって…」

 「あ、葵ちゃんは貧血気味だから…」


 適当な嘘をついてしまうのは、小夏に味見をさせたくないから。


 葵の血を独り占めしたいのが、食欲からか、はたまた別の何かなのか。


 誤魔化すように唇を尖らせてしまっていた。


 「それで理由って?」

 「うーん…まあ、そのうち分かるって。けど望乃ちゃん、本当にパートナーのこと大好きなんだね」


 改めて言われると、どこかこそばゆい。

 何故小夏はこんなに意味深な笑みを浮かべているのかちっとも分からない。


 再びケーキを頬張れば、下のタルト生地がサクサクとしていて。


 高校生になってはじめての友達との遊びは、楽しい気持ちのまま最後まで過ごすことが出来たのだった。

 

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