第17話


 普段ろくに運動をしていなかったせいで、貸出品が納められている小屋に到着した時には息が上がりきってしまっていた。


 すでに3時間近く経過しているせいか、中からは物音ひとつしない。

 スライド式の扉は荷物が置かれていて、中からは絶対に開けられないようになっていた。


 箱の中を見ればまだ新しい食器や寸胴鍋が入っている。

 恐らく買い替えで新しく取り寄せた分を、高野が勝手に移動させたのだ。


 箱を持って、思い切り力を込めて持ち上げようとする。


 「重いっ……」


 何十枚と入った食器は重く、平均より力のない望乃には到底持てそうにない。


 誰か呼ぼうか…と考えて、そもそも手伝ってくれる友達なんていないことに気づく。


 よく高野はこれを一人で持ち上げられたものだ。


 諦めずに力を込めるが、一向に上がる気配もない。


 「誰かいるの…?」


 気配に気づいたのか、中から小夏の声が聞こえてくる。


 安心させようと、望乃は出せる範囲で1番大きな声を上げた。


 「小夏ちゃん…!今、開けるから」

 「望乃ちゃん…?」


 声で扉の向こうにいるのが望乃だと気づいたのだろう。


 「何してるの…!?」

 「開けようとしてる」

 「無理だって…何回やっても開かなかったもん」

 「…いいからっ…ちょっと待っててよ」

 「何でそこまでするの」


 戸惑ったような小夏の声に、動きを止める。

 その声はどこか震えていて、段々と小さくなっていった。


 「私…望乃ちゃんに酷いこと言った。八方美人のイエスマンって」

 「…本当のことだから」

 「なんで?良い子ぶってるの…?私を助けた方が良いって、周りの空気読んでるの?」

 「違う…」

 「どうせ暫くしたら見回りの先生とかやってくるし……それかまた、誰かに合わせてるの?」

 「私が、小夏ちゃんをたすけたいの!」


 無意識に溢れた言葉は、望乃の紛うことなき本音だった。

 

 彼女の返事を聞かずに、更に言葉を続けていく。

 

 「昨日の言葉…確かに怖かったけど…小夏ちゃん、間違ったことは言ってないから。今でも小夏ちゃんが何考えてるか全然わかんない…そういうことは、大切な人とするべきだって思う。ハッキリ言ってくる小夏ちゃんが怖いって言うのも変わってない…でも…っ」


 しゃがみ込んで、羽織っていた長袖ジャージを脱ぐ。

 地面は土や砂利が散乱しているため、汚れてしまうことは明確だけれど、望乃は迷わなかった。


 出せるだけの力を出し切れば、僅かに箱が浮く。その下に素早く自身のジャージを滑り込ませた。


 砂利が沢山あったおかげか、ジャージを引っ張ればズリズリと荷物が動き始める。


 「小夏ちゃんだけなの…!同級生で私のこと、吸血鬼だからとか関係なく見てくれるの…私のこと、望乃って呼んで…影美って苗字を名前と勘違いしてない人」


 多くの生徒は望乃のことを、なんとか影美だと勘違いしている。


 「影美ちゃんの苗字ってなんなんだろうね」と話している場面を、偶然盗み聞きしたことがあるため間違いないだろう。


 「……っよいしょ」


 荷物を完全に退かし終えてから、勢いよく扉を開く。

 中は真っ暗で、棚の前で体育座りをする小夏の姿があった。


 「私は自分の意思で小夏ちゃんを助けようって思った……高野さんのこと、正直めちゃくちゃ怖い。虐められたらとか、今でも考えちゃうけど……小夏ちゃんが酷い目にあってるのに見捨てたくなかった」


 側まで寄ってからしゃがみ込めば、小夏と同じ高さで視線が交わる。


 ゆらゆらと小夏の瞳は揺れていて、閉じ込められている間どれだけ不安だったのかが見てわかった。


 あれほど大きいと思っていた小夏が、今は酷く小さく思えた。


 「……変わりたいから」


 もしあの場で高野に同調すれば、望乃はきっと一生自分のことが許せなかった。


 小夏を見捨てて、長いものに巻かれようとする卑怯な自分を、一生恨んで生きていくことになっただろう。


 同時に思い浮かんだのは葵のこと。

 あの子に顔向けできない自分でありたくなかった。


 なによりも、望乃のことをしっかりと考えて厳しい言葉をくれた小夏と向き合いたいと強く思ったのだ。


 「……へっくしゅ」


 自然とくしゃみが溢れて、羞恥心に襲われる。

 あれほど格好をつけていたというのに、寒さに我慢が出来ずくしゃみをしてしまったのだ。


 ジャージの下は半袖で、山の中ということもあって肌寒い。

 荷物を動かすために使ってしまったため、砂利と土で汚れきったジャージは到底着られそうになかった。


 「……なにそれ」


 ファスナーを下ろす音が聞こえたかと思えば、小夏はそっと自身のジャージを望乃に掛けてくれる。


 恐る恐る小夏を見れば、優しげに微笑む彼女の姿がそこにはあった。


 「…私のこと人っていうの、望乃ちゃんだけだよ」


 立ち上がった小夏はそのまま小屋を出て、地面に置きっぱなしになっていた望乃のジャージを拾って行ってしまった。


 後を追おうか悩んでいれば、くるりと小夏がこちらに向き直る。


 「……ありがとね」


 その言葉を聞いて、望乃は自分の選択が間違いではなかったと改めて気づいた。


 優しい純粋なお礼の言葉が、じんわりと胸に染み渡る。


 皆んなから好かれるのは難しくて、今まではそれを受け入れることが辛かった。嫌われるのが嫌で、一人でも多くの人に愛されたいと願ってしまっていたのだ。


 だけど、自分で選択した結果だからだろうか。


 たとえ高野からの評価が地に落ちたとしても、小夏を助けて良かったと心から思える。


 望乃がどうしたいのか、自分で考えて導いた決断だからこそ、胸を張っていたい。

 そうすれば少しだけ、自分のことを好きになれるような気がした。

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