第15話
その日の晩御飯として出された血液パックも、葵の血液に比べたら何とも味気なかった。
贅沢なことを言っているとわかっているが、体は葵の血を求めている。
あの子の血が良いと、ワガママなことを考えてしまっているのだ。
晩御飯を済ませてしまえば、後は消灯時間まで自由時間。
各々好きなことをしているようで、望乃も割り振られた部屋のベッドでゴロゴロと寝転んでいた。
「小夏ちゃん、どこいったんだろ」
晩御飯の際に、小夏は吸血鬼のために指定された部屋へと現れなかった。
もちろん宿泊部屋にも彼女の姿はなくて、恐らく仲の良い女の子の部屋にでも行っているのだろう。
望乃に対して良い印象を抱いていないようだったから、もしかしたら避けられているのかもしれない。
そろそろ消灯時間が近づいているため、歯磨きをしようと立ち上がれば、部屋の向こう側からトントンとノックの音が聞こえてくる。
扉を開けば、昨年クラスメイトだった高野という女子生徒が立っていた。
「小夏は?」
「いないよ…」
「は?私と約束してたのに」
強い口調で話す高野のことを、望乃は内心苦手だった。頻繁に見下すような発言をされて、今年のクラス替えで離れた時はホッとしてしまったのだ。
「小夏ちゃんと遊ぶ約束してたの?」
「ちがう…私の血飲むって…私の血が一番美味しいってベッドの上であの子いつも言ってたから」
言葉の意味が分からずに、首を傾げてしまう。
高野はかなり苛立っている様子で、小夏に対する不満を口にしていた。
「大体さ、私以外の女の子にも手出すとかありえないし」
「な、なんでベッドの上で吸うの?」
「はっきり言わなきゃ分かんないの…?」
「え…」
「小夏は血を飲ませてもらう代わりに女の子抱いてるの」
唐突な衝撃発言に、口をあんぐりと開けてしまう。経験がないとはいえ、知識は人並みにはある。
直接的な高野の言葉の意味を理解できてしまうからこそ、にわかに信じられないのだ。
「だ、抱くって…」
「手先器用だから上手いし、女の子同士だから抵抗ない子多いんじゃない?だけど、その中でも私は特別だって……とにかく、戻ってきたら教えて」
用は済んだとばかりに、高野がそれだけ言い残して背中を向ける。
再び一人になった室内で、望乃はカルチャーショックを受けてしまっていた。
同い年で同じ吸血鬼の女の子が、血を貰う代わりにそんなことをしていたなんて想像もした事がなかった。
価値観の違いと言われればそれまでだが、望乃には到底理解できそうにない。
結局小夏が部屋に戻ってきたのは、消灯時間から20分過ぎた頃。
石鹸の香りを纏いながら、早々にベッドに横たわっていた。
「小夏ちゃん…さっき高野さんが部屋きたよ」
「え?あー…約束してたの忘れてた」
体制を変えて、小夏がこちらの方に向き直る。
端正な顔立ちは、確かに望乃から見ても魅力的に見えた。
「なんか聞いた?」
「不特定多数の人と、その…そう言うことしてるの?」
「そしたら血たくさん貰えるんだよ?お腹いっぱいになれて最高じゃん」
「けど………」
「望乃ちゃんってさ、凄いいい子ちゃんぶるけど…私たち吸血鬼だってこと忘れてない?」
馬鹿にしたわけでもなく、ふざけているわけでもない。
当たり前のことを述べるかのように、小夏の口調は淡々としていた。
「人から差別されるのが吸血鬼なの。なのに周囲から好かれようと生きても意味ないって」
「……ッ」
「有難いことに国からの支援も充実してるし。それに甘えて人の目気にせずに生きた方が何倍も楽だって……大体さ、望乃ちゃん友達いないじゃん」
小夏の言っていることは間違っていない。
ずっと、望乃が目を背け続けたことを述べているだけ。
だからこそ、残酷なのだ。
「好き勝手生きてる私と、我慢して下ばっかり向いてる望乃ちゃん。結局人から嫌われるなら、好きにした方がいいでしょ」
嫌われる、というワードが胸に突き刺さる。分かってはいたが、改めて言われるとショックは大きかった。
友達がいない時点で、人からよく思われていないことは分かりきっていたというのに。
「…なんで望乃ちゃんが嫌われるか教えてあげよっか」
「…うん」
「八方美人のイエスマンだから」
「どういうこと…?」
「嫌な役割押し付けても頷いて、自分の主張なんて一つもしないでいつも周囲に合わせてばかり…だから、見ていてイライラするって吸わせてくれる子が言ってた」
初めて聞く、第三者の本音。
酷く心は傷ついているというのに反論する気になれないのは、望乃だって分かっているから。
自分が人の意見を呑んでばかりのイエスマンだという自覚があったからだ。
「人から嫌われたくないあまり、人に合わせ過ぎてる態度が…逆に反感買ってるんだよ」
「けど、そんなの…」
「自分の意見、ちゃんとハッキリ言える子にならないと…いつまで経ってもそのままだよ」
その言葉を最後に、小夏は布団に潜ってしまう。
あかりを消して真っ暗になった室内で、彼女の言葉をずっと脳内で繰り返していた。
小夏の言葉よりも、彼女の言葉にその通りだと思っている自分がいることが何よりもショックだった。
自覚はあるというのにどうしたらいいか分からないからこそ、こんなにももどかしくて堪らないのだ。
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