第14話


 学年ごとの宿泊教室は行き先は違うが、出発日は同じで学年ごとに集合時間が異なってくる。


 下級生をスタートにバスは出発するため、今朝は葵の方が30分早く家を出なければいけない。


 あっという間に宿泊教室当日を迎えて、少しだけ忙しない朝を過ごしているのだ。


 「いただきます」


 葵から血液を吸血するのも、最近では少しだけ慣れてきていた。

 まだ緊張はするけど、そこに恐怖はない。

 

 葵も前よりは痛くなさそうで、ホッとしながら正面から抱きつくように吸血をする。


 体が密着するのが恥ずかしいけれど、葵の体温が暖かくて心地いい。


 朝から新鮮な甘さを堪能していれば、突然胸を支えていた下着が外れて目を見開いた。


 「ん、んんっ!?」


 ゴクンと血を飲んでから背中に手を回せば、やはりブラホックが外れている。


 壊れたとは考え難く、間違いなく葵の仕業だ。


 まさか服の上から片手で外されるとは思いもしなかった。


 「どうしたの」

 「い、いま外したでしょ」

 「なんのこと」


 わざとらしくシラを切る葵に文句を言いたいところだが、生憎朝は時間がない。


 慌てて洗面所に駆け込んで、身につけていたジャージと体操着を脱いだ。


 「もう…私付けるの苦手なのに」


 鏡を見ながら必死に付けようとするが、不器用なため中々上手くできない。


 中学3年生よりブラを付けるようになったが、一向に慣れる気配がないのだ。


 最近は面倒くさくて、ブラトップで代用することもしばしばだった。


 「貸して」


 見かねたようにホックを外した張本人が現れて、一瞬で付け直してくれる。


 やはり葵は何をするにしても器用だ。


 「続き吸う?」


 壁時計を見やれば時間もなく、悩んだ末に服を着ずに葵の胸に飛び込んだ。


 体操着特有のざらりとした肌触りが、どこかくすぐったい。


 一年生の証である首元の青色のラインを眺めながら、先ほどと同じ箇所に噛み付いた。


 「んっ…んっ…」


 一生懸命に吸っていれば、抱きしめるように腕を回される。


 血の甘さに溺れそうになっていれば、直接脇腹をくすぐられて思わず目を見開いた。


 「んっ…ぁっう…」 

 

 衣類越しではないせいか、なぞられるたびにビクビクと体を跳ねさせてしまう。

 くすぐったさがもどかしくて、首筋から口を離して懇願するように葵の目を見つめた。


 「……ッ」


 ジッとこちらを見下ろす葵の瞳は、熱が篭っているかのように熱くなっている。


 「……もう、行くから」


 パッと目を逸らしてから、葵は望乃を置いて部屋を出て行ってしまった。


 ガチャリと施錠する音を聞き届けてから、ズルズルとその場にへたり込む。


 「ド、ドキドキした…」


 心臓を押さえれば、やはりバクバクと早鳴っている。

 欲を孕んだかのような葵の瞳に、あのままでは呑まれてしまいそうだった。


 「あ……」


 洗面鏡が視界に入って、そこに映った光景に咄嗟に瞳を逸らす。


 下着姿で頬を赤らめながら、薄らと涙を浮かべた望乃の姿。


 こんな自分の顔を見るのは初めてだった。


 同時に、この顔を葵に見られていた事実が恥ずかしくて仕方ないのだ。






 親睦を深めることを目的とした宿泊教室1日目。バスで山に連れてこられた一同は、自然の中で野外カレーを作らされていた。


 班ごとに別れて、自然に囲まれながらカレーを作る。望乃は飯盒炊きを任されており、皆から少し離れたところで白米を見守っているのだ。


 ボウっと火にかかる飯盒を眺めていれば、斜め後ろから聞こえて来る言葉に耳を立てる。


 「え、柚木さんってそうなの?」

 「らしいよ。意外だよね」


 柚木小夏について、クラスメイトの女の子たちが噂しているのだ。


 声が大きいために、恐らくこの場にいる人には彼女らの声が全員に聴こえてしまっているだろう。


 「うちらのクラスまだ影美ちゃんで良かったよね」

 「わかる。柚木だったら絶対大変じゃん」

 「転校早々問題起こしまくってるんでしょ?遅刻にサボりって大変らしいよ」

 「聞いた聞いた。しかも顔はいいから、血あげてる子いるんだって」

 「まじ?まあ柚木綺麗だし、頼まれたらあげたくなるかも」


 小夏は確かに可愛らしく、おまけにスタイルも良いため女性ウケはかなり良いだろう。


 だから吸血相手に困らずに、色んな人の血を味わう事が出来ているのだ。


 どこか腑に落ちていれば、A組の担任である英語教師が困ったような顔で、皆に向かって声を荒げた。


 「誰か柚木見なかったか?」


 まだ到着して1時間も経っていないというのに、彼の顔には既に疲労が溜まっているように見えた。


 大きなため息を吐いて、いつにも増してげっそりとやつれている。


 「どうしたんですか」

 「柚木がいないんだよ。まあ、あいつのことだからどっかでサボってるとは思うんだけど…見つけたら教えてほしい」


 その口調から、小夏がサボりの常習犯であることは確かなのだろう。


 友達がおらず気を遣わせてばかりいる望乃とは違う意味で、教師陣から見張られてしまっているのかもしれない。


 


 無事に作り終えてから、望乃は一人で宿泊施設の食堂へとやって来ていた。

 本来であれば皆んなで完成したカレーを食べるところだが、恐らく気を遣ってくれたのだろう。


 吸血鬼なのに血液以外も摂取するのかと、派手な生徒たちに絡まれる可能性があると判断されたのかもしれない。


 手持ち無沙汰に備え付けられたテレビを眺めていれば、暫くして小夏も食堂へ現れる。

 

 「二人は食事しとくか?動いて疲れただろ」

 「平気です」

 「私はちょっとだけ貰っていいですか?」


 意外なことに、血液パックを受け取ったのは望乃だけだった。


 ついひと月ほど前までは朝晩毎日お世話になっていた血液パックにストローをさしてから、ふと疑問が湧く。


 「…小夏ちゃんって大食いなんじゃないの?」

 「さっき貰ったから」

 「え…?」

 「望乃ちゃんも可愛いんだから飲み放題だって」


 つまり、先ほど姿を眩ましていたのはそういうことだ。


 決して褒められた行為ではないというのに、小夏ならばとその破天荒さに慣れ始めてすらいた。


 ストローに口をつけて、チューっと吸い込めば体内に堪らなく甘い味が広がると思っていたというのに。


 「あれ…?」


 葵のと比べたら新鮮さは劣り、甘味もあまりない。ハッキリ言って、美味しくないのだ。


 取れたての新鮮さに慣れてしまったせいか、やはり直接吸血した方が美味しいのだろうか。


 あれほど美味しいと思っていた血液パックに、不満を抱く日が来るなんて思いもしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る