第13話
ぼっちの望乃にとって「好きな相手と班を組め」と言い放つ教師の言葉ほど苦手なものはない。
多くの生徒は仲の良い生徒と組めるためそれで構わないのだろうが、友達のいない生徒からすれば苦痛で仕方ないのだ。
その日のホームルーム時間。
2週間後に迫った宿泊教室の班分けは、担任教師によってあっさりと決められてしまっていた。
「じゃあ、2週間後の宿泊教室の班分けこれだから」
男女5名ずつの合計で4グループに振り分けられていて、黒板に白いチョークで班割が記されていく。
影美という名字は3班の欄に書かれていて、メンバーは皆大人しい生徒ばかりだった。
「えー、自由がいい」
「部屋割りは自由だから我慢しろ。新しいクラスの親睦を深めるための会だからな」
毎年各学年ごとに新しいクラスメイトとの親睦を兼ねた宿泊教室がある。
行き先も学年ごとに違って、一泊二日のため大半の生徒は楽しみにしているのだ。
「じゃあ、お前ら20分までに部屋割り決めろよ。影美ちょっとこい」
手招きをされて、1人教卓へ向かう。
辺りは部屋決めに盛り上がっているため、ざわざわと楽しそうだ。
「なんですか」
「影美は昨年と同じで別部屋の予定なんだが…」
昨年の心の傷を思い出して、胸が僅かにチクンと痛む。
昨年は全てのグループ分けが自由で、ぼっちの望乃は余り物として嫌な顔をされながらグループに入れられた。
それだけでもショックだったというのに、おまけに生徒の保護者から吸血鬼と一夜を共にするなんてとクレームが入って、結局望乃だけ別部屋で寝ることになったのだ。
学校側も吸血鬼に対する扱いに困ったのか、保護者の意見を呑んでしまったのだろう。
別に殺しはしないけれど、血液を主食にする吸血鬼に対して差別的な目で見る人は少なくない。
人生で吸血鬼と関わることなく過ごす人間だっているため、悪いイメージばかりが膨れ上がってしまうのだ。
吸血鬼ゆえに、差別された経験は1度や2度ではないため、寧ろ慣れきってしまっていた。
「けど今年は柚木もいるから。部屋はあいつと同室だから寂しくないぞ」
「……え」
小さく漏れ出た声は、担任教師には届いていない。
ぼっちの望乃が友達を作るチャンスだと考えているのか、彼の瞳がやけに生暖かいことに気づいた。
しかし実際は、先ほどの休み時間に気まずい雰囲気になったばかり。
望乃は小夏が苦手で、おそらく小夏は望乃が嫌いだ。
「良かったな」
担任は心底ほっとした様子で、異を唱える気にはなれなかった。
今年の担任教師は一年生の頃も望乃の所属していた担当クラスを受け持っていた。
もしかしたらグループ分けを担任が決めたのも、昨年望乃があぶれたのを見て、彼なりに工夫してくれたのかもしれない。
心配性で頻繁に望乃に対して「学校は楽しいか」と尋ねて気に掛けてくれている。
たしかに吸血鬼を差別する人もいるが、全員がそうではない。
皆から受け入れられることは難しいと分かっているからこそ、担任や葵のように優しく接してくれる人を大切にしたいと思うのだ。
転居に伴い新しく購入したドライヤーは以前のものより風量が強く、望乃は気に入っていた。
仕上げに冷風でなびかせてからミルクを髪に馴染ませていれば、テレビを見ていた葵が思い出したようにこちらに振り返る。
「望乃、宿泊教室の時ご飯どうするの」
「血液パックを学校が用意してくれるんだって。去年もそうだったから」
「ふーん」
「食事の時は他の生徒と部屋も別だし、心配することないよ。葵ちゃんの学年はどこ行くの?」
「海。バーベキューするんだって」
「海かあ、いいなあ。私の学年山なんだよね、去年も山だし……海が良かったな」
ドライヤーのコードをクルクルと巻いていれば、何故か葵はその様子をジーッと見つめてくる。
「…なに?」
「別に」
すぐにプイッと逸らされてしまったため、彼女の心理は分からない。
幼い頃は聞かずとも自分の感情を教えてくれた頃とは大違いで、今は葵が何を考えているのかさっぱりだ。
「そういえば、葵ちゃんって私とパートナーってことみんなに言ってる?」
「花怜に話してからどんどん広まってるけど」
「そっか…葵ちゃんはさ、その…私とパートナーってことバレるの、嫌じゃない?」
小夏との会話を思い出しながら尋ねれば、訳がわからないと言ったように、葵は首を傾げていた。
「後ろめたいこと何もしてないのに、なんで嫌なの。堂々としてればいいじゃん」
本当に葵は強いと思う。堂々として、周囲なんてまるで気にしていない。
吸血鬼である望乃のことを後ろめたく思っていないことが、今の一言で十分に伝わってくるのだ。
「葵ちゃんは本当に強いね。可愛いしかっこいいし、美人で…」
「何いきなり、怖い」
優しく両頬を手のひらで包み込まれて、強制的に葵と目を合わせられる。
「そのクヨクヨする癖治して。じゃないとキスするよ」
「キス…!?前もしたけどさ、キスってその、好きな人相手にするもので…簡単にしたらダメだって」
お姉さんらしくビシッと注意したつもりだったというのに、葵には何一つ響いていない。
むしろ先ほどより顔を近づけられて、鼻がくっつくくらいの至近距離に葵の顔があった。
「私、そんな軽い女じゃないから」
唇に触れるふにっとした感触に、慣れ始めている自分がいる。
ついひと月ほど前まで、誰かの唇の感触に慣れるなんて考えられなかった。
流石にこれ以上されたら困ると文句を言おうとすれば、見越したように葵が言葉を発した。
「次喋ったら、今度は舌入れるよ」
咄嗟に口元を押さえれば、珍しく葵は楽しそうに笑っていた。
その無邪気な笑みに可愛さを感じてしまえば、注意なんて出来るはずもない。
流石の葵も冗談で言っていると分かっているが、今のこの子ならやりかねないような気もしてしまっていた。
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