第12話


 お花係を押し付けられた当初はあんなに嫌々だったというのに、今となれば花に水をやるのが日課として当たり前になっている。


 自分の適応能力の高さに驚きつつ、これが人間関係にも反映されないものかとくだらないことを考えながら、水の入っていないジョウロを運ぶ。


 水やりを終えれば、所定の位置にジョウロを戻して終了だ。

 朝のホームルームにはまだ余裕があるため、のんびりと人気の少ない校舎裏を歩いていた。


 他クラスのお花係も既に水を上げ終えたようで、辺りには望乃以外誰もいない。


 鼻歌でも歌ってしまおうかと考えながら角を曲がって、突如として入ってきた光景に目を見開いた。


 「んっ…小夏こなつ、美味しい?」

 「もちろん。高野たかのの血が1番美味しい」

 「嬉しい…あっ、そこダメ…外だよ、ここ?」

 「いいじゃん。こんな所誰も来ないって」


 朝の爽やかな空気とは対照的な、扇情的に絡み合う二人の女子生徒。


 おまけに長身な女子生徒は相手の首筋に食らいつきながら、服の裾から手を入れている。


 あまりにも非日常的過ぎる光景に、驚いて持っていたジョウロを落としてしまっていた。


 ガチャン!と鳴り響いた音に、二人が驚いたように振り返る。


 「あ…」

 「は?なに…盗み見とかまじ最悪なんだけど」


 吸われていた側の女子生徒は、望乃の存在に気を悪くしたのか舌打ちをしてその場を後にしてしまった。


 高身長の女子生徒は去っていく女生徒を気に留める様子もなく、口元を拭っている。


 「ありゃ〜…あなたのせいでいなくなっちゃったじゃんか」

 

 ため息を吐いているが、怒っている様子はない。

 知っている限り、通っている高校に在学する吸血鬼は望乃ただ一人だったはずだ。


 新入生として新しく入学してきたのだろうかと考えていれば、何故かすぐ側まで長身の吸血鬼が近づいてくる。


 「代わりにあなた吸わせてよ」


 両肩を掴まれたかと思えば勢いよく口を近づけられて、必死に押しのけようと力を込める。


 しかし体格差があるためそれは敵わず、望乃は焦りながら大声を荒げた。


 「わ、私も吸血鬼なので、まずいと思います!」


 吸血鬼同士の吸血行為はいわば禁忌で、互いの血液はひどく不味く感じる。


 命に関わることはないが、個体差で吐き気や腹痛に襲われることもあるらしい。


 彼女の体調面を心配した叫びを聞いて、吸血鬼は興味深そうに望乃の顔を覗き込んだ。


 「え…あなた影美望乃?」


 コクリと頷けば、キラキラと彼女の瞳に光が宿る。

 酷く友好的な態度で、望乃に向かって言葉を掛けてきた。


 「噂では聞いてたよ。小柄でいつもフード付きパーカー着てる吸血鬼。私同じ学年のA組の柚木ゆずき小夏こなつなんだけど、今年から転校してきたの。吸血鬼が転校してきたーって騒ぎになってたらしいんだけど、しらなかった?」


 ぼっちの望乃がその騒中にいるはずもなく、当然情報は流れてこない。


 移動教室の教室変更の知らせすら流れてこないこともしばしばな為、自分の知らない情報があったとしても最近は驚くこともなくなっていた。


 「あの人があなたのパートナー…?」

 「ううん。あれ、おやつみたいなものだからさ」


 どこか冷たい表現に違和感を覚えてしまう。

 先ほど二人は愛し合っているように見えたというのに、実際はそうではないようだ。


 「パートナーじゃないの…?」

 「私大食いだから一人じゃ満足できないし。あなたは?何人くらいいるの?」

 「ひとりだよ…」


 予想外の返答だったのか、小夏が驚いたように目を見開く。

 しかしそこに否定的な感情はないようで、どこか感心したように頷いていた。


 「よく満足できるね」


 丁度タイミング良く鳴り響いた予鈴に、心の中で何度もお礼を言う。

 同じ吸血鬼とはいえ、望乃と小夏の価値観は全く異なる。


 吸血行為にすら萎縮して、今でも葵の血以外は吸血したいと思わない望乃。


 大食いで、複数の人間から血液を求める小夏。


 彼女のことはよく知らないけれど、とても価値観が合うとは思えない。


 返答に困った望乃は、予鈴を理由にそそくさとその場を後にしていた。





 密かに苦手意識を持って、出来れば関わりたくないと思ってしまった同じ吸血鬼の柚木小夏。


 しかしそんな望乃の想いなんて知らない小夏は、その日の中休み時間にこちらの教室まで足を運んで来たのだ。


 ただでさえ長身に加えて、彼女の美人な顔立ちは人目を引く。おまけに吸血鬼なため、教室中の視線が小夏に注がれているのだ。


 「あの2人仲良かったの?」

 「まあ同じ吸血鬼だからな」


 ヒソヒソと話している生徒たちに、心の中で「今朝初めて話しました」と返事をする。


 先ほどから、小夏は望乃に向かってひっきりなしに話しかけてくるのだ。


 「望乃ちゃんは吸う時どっち派?」

 「ど、どっち派って……?」

 「服。着る派?脱ぐ派?」


 小夏の声は大きいため、間違いなく周囲の人に聞こえている。

 滅多に聞けない吸血鬼トークは人の興味を誘い、それが尚更望乃を萎縮させていた。


 目立つのが嫌いな望乃にとって、注目されている状況が苦痛で仕方ないのだ。


 「着ながら吸うよ…」

 「そうなの?じゃあさ、望乃ちゃんのパートナーってうちの学校?どんな子なの」


 先ほどから繰り広げられる質問攻めに、げっそりとしてしまいそうだ。


 当たり障りない範囲であれば答えられるが、これはパートナーである葵にも関係してくる。


 もし葵が周囲に吸血鬼とパートナー関係にあることを話していなければ、彼女に迷惑が掛かってしまうかもしれないのだ。


 「い、言えない…」

 「なにそれ。別に恋人でもないんだから教えてくれてもいいじゃん」

 「パートナーの子が知られたくないかもだから…」

 

 ボソボソと返事をすれば、何故か返事が返って来なくなる。

 不思議に思って顔をあげれば、不機嫌そうに唇を尖らせる小夏と目があった。


 「さっきから望乃ちゃんと全然視線合ってない。今が初だからね」

 「え…」

 「そんなに私と仲良くなりたくない?嫌いなの?」


 決してそう言うわけではなく、周りの視線が気になってしまうのだ。


 小夏の第一印象が良くなくて、あまり関わりたくないと思ったのは事実だけれど、出会ったばかりの彼女を嫌いになったりはしない。


 「そういうわけじゃ…」

 「だってさっきから、はぐらかすか頷くかしか返事ないし。つまんない」


 その言葉を最後に、小夏はズカズカと教室を後にしてしまった。


 何かフォローをしなければいけないと分かっているのに、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。


 そもそも望乃はクラスに友達もいない正真正銘のボッチで、皆んなからインキャと呼ばれている。


 転校生の小夏はそれを知らずに望乃に歩み寄ろうとしたのかもしれないが、望乃と仲良くしたせいであの子が評判を落とす可能性だってあった。


 だからこれでいいのだと納得しようとしても、心のどこかで焦っているのは罪悪感のせい。


 小夏を傷つけてしまったのではないかと、申し訳なさに駆られているのだ。


 「柚木性格悪くない?」

 「影美がインキャなんて分かりきってるんだからもっと優しくしてやれよな」

 「弱いものいじめして楽しいのかよ」


 『弱い者』というワードがやけに耳にこびりついてしまう。


 自分では意識した事がなかったが、周囲にはそう認識されているのだ。


 これも全て、望乃が自分の意見を言えないような弱虫だから。


 吸血鬼は守るべき存在だと認識している人は一定数いる。

 過去の大虐殺の歴史から、守るべき哀れな被害者だと情けをかけているのだ。


 しかし、望乃は同じ吸血鬼の小夏とすら対等に思われていない。

 吸血鬼だから弱者なのではなくて、影美望乃だから弱い者だと見なされる。


 分かっていたことなのに、何故か無性にそれがもどかしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る