第5話


 吸血パートナー関係は契約する吸血鬼と人間が満16歳以上であれば性別を問わず契約をする事ができる。


 未成年であれば保護者の了承さえあれば、とんとん拍子で手続きは進むのだ。


 また吸血鬼の健康な食生活のため、パートナーと吸血鬼は申請次第では破格の家賃でマンションを借りられる。


 久しぶりの再会に浮かれていた二人の母親は、せっかくだからと率先してマンションを契約してしまい、あっという間に葵と二人で暮らす事が決まってしまったのだ。



 

 

 最後の段ボールを開封しながら、望乃はあまりの展開の速さに呆然としていた。


 たしかに葵のことは大好きだけど、今のあの子は怖くて仕方ない。


 また、両親が契約したマンションはワンルームなためプライベート空間が皆無だ。


 クイーンサイズのダブルベッドに、本棚と机。

 テレビ台や食事用のテーブルと椅子を置いてしまえば、丁度ピッタリと収まってしまう。


 荷物は最小限に持ってきたため、1時間もせずに荷解きは終わってしまっていた。


 葵も同じなようで、段ボールをゴミ捨て場に置きに行ってから手持ち無沙汰な様子だった。


 「お、お蕎麦食べる…?」

 「うん」


 そそくさとキッチンへ移動して、母親から引越し祝いで貰ったそばを茹で始める。


 普段料理はしないため、慣れない手つきで試行錯誤していれば直ぐに葵がやってくる。


 「私やるから」

 「でも…」

 「怪我しそうで見てらんないから」


 望乃とは比べ物にならない程手際良く、あっという間に蕎麦を完成させてしまう。


 二人でテーブルを囲んで食べ始めれば、出汁が効いているおかげでとても美味しい。


 夢中で啜っていれば、食事中だというのに望乃の胃袋が空腹の音を上げる。


 味覚はあるため食べ物を食べて美味しいと思うが、食欲は満たされず、勿論栄養面だって補われない。


 吸血鬼の望乃は血液を摂取しない限り、食事を済ませたことにはならないのだ。


 「お腹すいたんでしょ」

 「……平気だよ」

 「飲めば」


 グイッと首筋を見せつけられて、緊張からゴクリと生唾を飲む。


 生まれてから一度も吸血行為をしたことはないため、これが初めての吸血だ。


 僅かに手が震えているのが分かった。

 葵のすぐ側に移動して、正面から彼女の首筋に顔を近づける。


 「…はやく」

 「…う、うん……」


 中々吸い付かない望乃に痺れを切らしたのか、葵が催促の言葉を口にした。


 真っ白な首筋を間近に見つめながら、思い出したのは過去の出来事。


 『影美って吸血鬼なんだろー』

 『やだー化け物じゃん!わたしの血吸わないでよ』

 『こどもの血すきなんだろ?きもちわりい』

 『血吸うとかこわすぎる』


 何度も投げかけられた、悪意のある言葉。

 心が暗くなってしまいそうで、咄嗟に首を振って記憶を掻き消そうとする。


 辛い事ばかり思い出しても、心が苦しくなるだけだ。


 気にしていないフリをしながら、そっと葵の首筋に犬歯を突き立てた。


 恐る恐る力を込めれば、我慢が出来なかったのか葵が悲鳴に近い声を上げる。


 「痛っ……!」


 その声に我に返り、慌てて彼女から距離を取る。


 はじめての吸血行為で怯んでしまったために、痛みを感じさせてしまったのだ。


 上手くできればそこまで痛みはないようだが、その力加減を望乃が分かるはずもない。


 「まだ、血液パック残ってるんだった。新鮮なうちに飲みたいから、そっち先に飲むね」


 キッチンに移動をしてから冷蔵庫を開けるが、当然そこに血液パックは入っていない。


 痛がる葵を見て、怖くなったのだ。

 人の生き血を求むのが本来の望乃の姿で。


 散々人から後ろ指を刺された自分の本性を、葵に見られたくなかった想いは勿論のこと。


 葵の痛がる姿を見て、すっかり怖気付いてしまっていた。

 

 今のあの子が怖い事実は変わらないけれど、何だかんだ望乃にとって妹のような可愛い幼馴染なのだから。






 クイーンサイズのベッドの上で目を覚ませば、至近距離で眠る彼女の姿があった。


 二人で眠れる広さがあるとはいえ、寝返りをすれば自然と距離が近くなってしまう。


 起こさないようにこっそりと起き上がってから身支度をしていれば、10分もせずに葵も目を覚ます。


 結局朝ごはんも血液パックが残っているからと嘘をついて、吸血行為から逃れてしまっていた。


 空腹を堪えながら、二人で電車に揺られる。

 入学して日が経過したためか、葵は以前よりも制服を着崩していた。


 「葵ちゃんって何組なの?」

 「B組」

 「そっか…友達は、いっぱいいそうだね」

 「別に普通。望乃は友達いるの?」

 「……うん」


 この期に及んで、葵の前では格好を付けたいと思ってしまう。


 見え透いた嘘ばかりついてしまう自分が、どこか情けなくて仕方なかった。

 

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