第4話


 色鮮やかな花々が花壇を彩っている光景が、望乃の通っている高校の自慢らしい。


 季節ごとに様々な種類の花を咲かせている花壇は、各クラスごとに指定場所を割り振られて水やりをするように言われているのだ。


 お花係と可愛い名称を付けられてはいるが、晴れの日に欠かさず朝と放課後に水をやらなければいけないために、誰もやりたがる人なんていない。


 半ば押し付けられるように任されたお花係。

 気の弱さから嫌と言えず、クラス代表として任命されたのだ。

 

 放課後の望乃の用事と言えばそれくらい。


 友達もおらず部活にも所属していないため、お花係の仕事さえ済んでしまえばさっさと帰宅してしまうのが望乃の日課だ。


 

 

 慣れた手つきで実家の鍵を解錠してから玄関の扉を開けば、見慣れぬ靴が一足あることに気づいた。


 母親が履くにしては派手なデザインのそれを訝しげに眺めてからリビングへ移動すれば、ダイニングテーブルを囲んで楽しげに母親と談笑をしている女性の姿があった。

 

 どこか見覚えのある顔立ち。

 必死に記憶を張り巡らせていれば、望乃の存在に気づいた女性が嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。


 「やだ〜、望乃ちゃん可愛い!久しぶりね」


 望乃の母親よりも若々しく、あの子そっくりに綺麗な顔立ちをした中年女性。

 パズルのピースがパチっと当てはまるかのように、ようやく目の前の女性が誰なのかに辿り着く。


 「葵ちゃんのママ…!?」

 「そう!10年前はあんなに小さかったのに…大きくなったわね」


 リュックの紐を握りながら軽く頭を下げれば、紙袋に入ったお菓子を渡される。


 「これ、仙台土産ね」

 「えっと…」

 「今年の春から主人の転勤でこっちに越してくることになったの。急だったこともあって、挨拶が遅れてごめんなさいね」


 ゆっくりとその言葉を脳内で噛み砕く。

 今年高校生になった葵が、両親とは別々に暮らすとは考えられない。


 転勤に伴い、一緒にこちらに来ている可能性の方が高いだろう。


 「葵ちゃんも帰ってきてるの…?」

 「もちろん。望乃ちゃんに会いたがってたわよ」


 ジワジワと、胸の奥底から喜びが込み上げてくる。

 今の望乃を見られたく無いとは言え、やはり会えるとなれば話は別だ。


 思い出話は募っているし、何よりあれほど可愛がっていた葵と全く会いたくないわけがない。


 会う時は必死に明るい女の子のフリをすれば、葵の抱いているであろう、あの頃の望乃のイメージだって壊さずにいられるかもしれないのだ。


 クラスにいるいつも賑やかな女の子達のように振る舞う練習をしなければと決心していれば、リビングにインターホンの音が鳴り響いた。


 「たぶん葵よ。もうすぐ着くってメッセージ来てたから」

 「望乃、出迎えてあげたら?」


 母親に背中を押されて、再び玄関へ移動する。

 一度深呼吸をしてから、勇気を出して扉を開けた。


 「……え?」


 どうやら望乃の陽キャ擬人化大作戦は、開始1分も経たずに終わりを告げることになりそうだ。


 扉を開いた先にいたのは、数時間前に購買で情けない姿を見られたあの子。


 一緒に小銭を拾うのを手伝ってくれた、あの下級生だったのだ。


 驚く望乃とは正反対で、葵は全く動じていなかった。


 「葵ちゃん…?」

 「見れば分かるでしょ」

 「え……でも」


 背は望乃よりも高くなって、あの頃にまして顔立ちが整って洗練されている。

 

 なにより、望乃に対する冷たい態度。

 望乃と同じように、葵もあの頃とは全く違う姿に成長していたのだ。


 「葵ちゃんはその…気づいてたの?」

 「は?」

 「私が望乃だって…」


 返事の代わりに返ってきた舌打ちに、それ以上何も言えなくなってしまう。


 一体何が葵の逆鱗に触れたのか分からぬまま、すっかり萎縮してしまっていた。




 久々の気まずい再会に居心地の悪さを覚えるこちらなんてお構いなしに、母親達はひっきりなしに思い出話に花を咲かせていた。


 ダイニングテーブルを挟んで向かい合わせに座っているが、先ほどから望乃と葵の母親が話題を降っているため、何とか場が成り立っていた。


 「葵ちゃん大人っぽくなったわねえ。もう16歳よね?」

 「はい。望乃と同い年ですね」


 望乃の誕生日は3月31日で、葵は4月2日生まれだ。たった数日の差で、一学年違う。


 早生まれのせいか、望乃は昔から同級生の中でも小柄だったのだ。


 葵から「望乃」と呼び捨てされることに、こっそりと胸を痛める。

 昔は望乃お姉ちゃんと呼んでくれていたというのに。


 「そういえば望乃ちゃん、16歳ならもうパートナーはいるの?」


 触れられたく無い話題に、頬が引き攣ってしまいそうだ。

 丁度良いと言わんばかりに、母親がニコニコと笑みを浮かべながらこちらに圧を掛けてくる。


 「その…いないっていうか……これから探そうかなって」

 「あら…でも、血液パックって高いんでしょう?」

 「そうなの。だからさっさとパートナー見つけて欲しいのに。それか自治体に申請すれば親切なボランティアの人とランダムにマッチングしてくれるらしいの。その制度利用したら?って言ったのに、この子頑なに嫌って…」


 ジロリと視線をやられて、勢いよく首を横に振る。


 人見知りな望乃が、初対面の相手の血を吸えるはずない。

 そもそも生まれてこの方吸血行為すらしたことがないのだから、初めてを見知らぬ誰かとだなんて絶対に嫌だった。


 「じゃあ、パートナー見つかるまで葵が代理人になってあげれば?」

 「……は?」


 葵の母親の提案に、娘が分かりやすく嫌そうな声を上げた。


 「なんで」

 「あんた、昔から望乃お姉ちゃんって懐いてたじゃない。この子ったら、家の中でも望乃お姉ちゃんと遊びたいっていっつも泣きじゃくってたのよ」

 「お母さん…!」

 「引っ越す時も大号泣でね。離れたくない〜って」


 流石に揶揄いすぎたと思ったのか、葵の母親が口を紡ぐ。

 しかしあまり反省はしていないようで、引き続き吸血パートナー関係の話を進めていた。


 「見つかるまでの代理よ?望乃ちゃん可愛いんだから、すぐにパートナー見つかるだろうし」

 「……やる」


 先ほどとは打って変わっての即答に、その場にいる全員が驚いた顔をしていた。


 「どうしたの急に…?」

 「文句あるの?」

 「いや、ないけど…」


 「おかしな子ね」と葵の母親は笑っているが、望乃は内心焦っていた。


 葵のことは本当に好きだけれど、今目の前にいる葵はどちらかといえば怖い部類の女の子だった。


 しかし乗り気な3人を前に、内気な望乃がノーを突き出せるはずもなく。


 学校から帰宅後僅か30分足らずで、吸血パートナー関係を結ぶ契約書類にハンコを押す羽目になったのだ。

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