第2話


 寒い冬を乗り越えて、春風が心地よい暖かい季節を迎えようとしていた。

 室内の部屋暖房も必要なくなって、ぽかぽかと丁度いい室温。

 

 低血圧の望乃は朝起きるのが苦手なために、既に目覚まし設定時刻を10分も上回っているにも関わらず、起き上がることが出来ずにいた。


 「んん…」


 本日2度目の目覚ましアラームが鳴り響き、仕方なく鈍い動きで上体を起こす。

 心地よい夢の中に浸っていたい所だが、生憎学校へ行かなければいけない。


 高校2年生を迎えても相変わらず友達のいない望乃にとって、学校へ行く楽しみなんて無いに等しいのだ。


 制服に着替えてから洗面所へ移動して、身支度を整える。

 前下がりの内巻きのボブヘアは扱いが楽なため、中学生の頃からずっとこの髪型だ。


 通っている高校は校則が緩いために、ワンサイズ大きいフード付きパーカーをワイシャツの上から羽織るのがお決まりのコーデになっていた。


 「おはよ」

 「おはよう。望乃間に合うの?」


 母親の返事に寝ぼけ眼の状態で返事をして、冷蔵庫から血液パックを取り出す。


 封を開けてからストローを使って飲み込めば、程よく甘い味が口内に広がる。


 「……望乃、パートナーはもう見つかったの?」

 「ッ……ごほっ、けほッ…朝からやめてよ…!むせちゃったじゃん」


 口元は血液がべったり付いてしまったため、テーブルの上に置かれていたウェットティッシュで必死に拭う。


 遅刻ギリギリなために、もう一度顔を洗う時間なんて残されていないのだ。


 「だってそれ高いのよ?パートナーを見つけたらタダなんだから…」

 「わ、分かってるよ……」

 「お兄ちゃんを見習ってよ。太陽たいようは中学生の頃からパートナー候補が何人もいたのよ?」


 兄の太陽は望乃とは正反対で、太陽という名前の通り明るく常に人に囲まれている。

 

 スポーツが得意でフットワークの軽い兄は話術にも長けているため、パートナーになっても良いと名乗り出る女の子が後を経たなかったらしい。


 「ちゃんと考えるのよ?」

 「分かってるって…もう、行ってきます」


 耳の痛い話から逃れようと、勢いよく残りの血液を飲み込んでからリュックサックを引っ掴む。


 左腕にだけリュック紐を掛けてから、スニーカーを踏み潰して玄関を飛び出した。






 姿形は人間にそっくりだと言うのに、人間の血液を主食にする生き物。生きるのに血液が必要なこと以外、人間とは何も大差はない。


 人間のようで、人間では無い神聖な存在。

 

 それが吸血鬼だ。


 数は全人類の1割にも満たない。望乃の生まれるよりも何百年も前に、増え続ける吸血鬼に恐れた人間が大虐殺を行ったためだ。


 そのため現在残っている吸血鬼は最盛期に比べると0.0何%の割合にしか満たない。

 日常生活では出会えたらラッキー程度の、まるで妖精のようなレアリティのある存在だ。


 

 

 満開の桜の下を一人で歩くのはもう慣れっこになっていた。恋人はおろか友達すらいない望乃にとって、桜をみて一緒に綺麗だと言い合える相手などいないのだ。


 視線を斜め下にやりながら、片耳だけワイヤレスイヤホンを指して学校までの道のりを進んでいく。


 過去に一度自転車と接触しかけて以来、イヤホンは両耳につけて歩かないようにしていた。


 そのため外部の話し声も、自然と耳に入ってきてしまうのだ。


 「今日献血何だよなあ」

 「まじか。まあ漫画とか読めるしいいじゃん」


 前を歩くサラリーマン二人組の会話に対して、こっそりと心の中でお礼を言う。


 吸血鬼を悪とみなして抹殺しようとしていたのは遥か昔の話で、現代は全く異なる価値観が育まれているのだ。


 自分達と見た目が同じ存在に対する殺戮に胸を痛めたのか。数を大幅に減少したことで事の悲惨さに気付いたのか。


 わずかに残った吸血鬼は保護される対象へと時代と共に移ろい始め、今では吸血鬼のために各国で様々な制度が成されていた。


 「まあ、吸血鬼の子供のために仕方ないか」


 16歳未満の吸血鬼に対しては、定期便で血液の入ったパックが支給される。まだ自分でパートナーを見つけられない子供に対して、健康な栄養を得られるように配給されるのだ。


 吸血鬼とパートナー関係を結んでいない健康体な人間への定期的な献血を義務付け、望乃達吸血鬼のための血液を確保する仕組みになっていた。


 もちろんスーパーやコンビニなどでも売ってはいるが、その額は高額で中々買えるものでは無い。


 また、購入の際にも色々と書類を書かされるため何かと面倒くさいのだ。


 「パートナー、見つけられるかな…」


 先ほどの母親との会話を思い出して、不安な想いに駆られる。


 16歳を超えた吸血鬼は自らパートナーを探し出して、いよいよ自給自足をしなくてはならない。


 恋人や友達など、相手は誰でも良い。


 同じ吸血鬼でなければ、性別だって問われないのだ。


 多くの吸血鬼は16歳までにパートナーを見つけるか、見つからない場合は国に申請すれば吸血志願者をマッチングしてもらえるという。


 ボランティア精神に駆られて、吸血鬼のパートナーを望む人間も数は少ないが存在するのだ。


 しかし友達は勿論恋人すらおらず、おまけに極度の人見知りな望乃が、見ず知らずの相手の血を飲めるはずもない。


 「どうしよう……」


 血液パックは高額で、家庭に迷惑を掛けている自信だってある。


 3月31日に誕生日を迎えて早2週間。 

 望乃はパートナー探しにすっかり精神を参っているのだ。

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