山の上の屋敷 その1


目的地は山の上にあった。

年季を感じさせるつくりは実に山にあっていない。

日本のつくりとは遠く離れた西洋風の屋敷

そこに相園瑠衣は用事があった。


「こういうのってマーフィーの法則っていうんだっけ」


嫌なことには嫌なことが重なる。

失敗や油断には不運が襲い来る。

そんな嫌な予感があるから、

今日という日(というか今の時期)は

行きたくなかった。


山の上にはおじいさんが一人で住んでいた。

母親が亡くなってから何かとお世話になっていた

優しい物知りのお爺さんだ。


そんな彼がことあるごとに行っていたことを思い出す。


「いいか瑠衣、いつか私はいなくなる。その知らせを聞いたとき

君はできるだけ早くこの家に来なさい。どんなことがあろうとも

たとえ危険な状態だとしてもだ。」


なぜと問いかける瑠衣に対し彼は


「それが一番安全だからさ」


としか答えなかった。言葉の意味は分からない

この連続殺人事件を知ってのことなのか違うのか

ともかく不安だが一番安全だというのなら

行かずに後悔するよりは幾分ましだろうと

というか"行かない手がない"そんなことまで思ってしまっている自分がいるのを瑠衣は認めながら商店街を歩いていた。


「おーい、瑠衣ちゃーん」


呼び止めたのは商店街で花屋を営む

古くからの知人である水無≪みずな≫ 華怜≪かれん≫だ。

母曰く一番の親友だそうだが、華怜本人からそのような

話は一度たりとも聞いたことがなかった。


「どうした、またじいさんのとこに行くのかい?」


「そうです。ここのところおじいさんを見なくなりまして。

また長期の旅行かなと思ってたんですが先日これが...」


瑠衣が見せたのは一枚の封筒だった。

それを見た華怜は不穏な表情を見せる。

ここだけの話、華怜はすぐに顔に出るタイプだ

うれしいことがあった日、嫌なことがあった日、

驚くことがあった日、驚くことがあった日

すべて彼女の顔を見ればわかる。

まるで天気のような女性だと評価している瑠衣だったが

この表情は天気で例えると曇天にあたった。


「訃報か...でも爺さんにこんなのを出す知人がいたのか。

差出人も不明だし、なんだか怪しくないか。」


山の上に住むお爺さんもこれまた母の友人らしい

母が亡くなってからはかなりお世話になっており

基本的にお小遣いなどの資金的な援助を受けている。

本人曰く


「君の母親にはとてもお世話になった。一度の人生では返済しきれない

借りがある。ただ彼女のことは大っ嫌いだがね。」


とのことだ。母の手紙(遺書)にも資金面においては

彼を頼るといい案ずるなこれはWin-Winの関係だ

でも全面的に信用してはいけないよ。いざというときに

役に立たない男だから。そんなことが書いていた。


「まぁ瑠衣がどうしても行くってんなら止めないけどね。

でも、ここのところ危ない事件も起きてるし別の日にしてもいいんじゃないか。」


「でもなんだか気になってしまって。できるだけすぐに行ったような

ほうがいい気がしてるんです。胸騒ぎというか。よくわからないですけど。」


華怜と目が合う。

深い瞳には私が映っている。

彼女にじっくりとみられていると不思議な感覚に陥る。

自分の中のすべてを見透かされているような。


「なるほど。」


華怜はつづける。


「まぁ無理には止めないさ。遅くなる前に帰りなよ。」


「ありがとうございます。できるだけ早く帰るようにはします。

またお花も買いに来ますね。」


それではと山に向かおうとした瑠衣を

華怜は引き留めた。


「あっと、ちょっと待って。コレもってって」


そういって華怜が手渡したのはケースに入ったアンプル管数本だった。


「なんですかこれ?」


「新作の催涙薬。割と簡単にふたの部分は取れるから

いざとなったらそれをたたきつけるかかけてやるといいよ。」


「ありがとうございます。でもこれどうしたんですか?」


「特殊な植物から作ったんだよ。成分を抽出して反応させてね。

気を付けなよ。目に入ったら3日は悶絶するだろうからさ。」


ニシシと笑いながらとてつもなく物騒なことを言っている。

これ、法律に引っかかるようなものじゃないだろうなと思ったが、

彼女の善意を無駄にもできないので、瑠衣は華怜を信じることとした。

でもいつかこれは返そう。


「それでは失礼します。」


「気を付けなよ。いいなアンプル管は相手にかけるんだ

できるなら目がいいが最悪体の一部でもいい。

揮発して目に入ればこっちのもんだ。あと使った場合は

相手の様子もちゃんとチェックしておいてくれ。」


嬉しそうに説明する華怜はさながら夏休みに独自の

大発明をした子供だった。

瑠衣はありがとうと何度も礼をして山に向かうのだった。

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