7月6日 相園瑠衣の朝 その1 

”ジリリリリリリリリリリリリッ”


安眠という地獄から、現実という地獄に引き戻される。

携帯電話(スマートフォン)に目覚まし機能を付けたやつはとんでもない畜生だ。

時計なんてものがあるから人は時間に縛られたんだ。

ともすると時計を世界で初めて作ったやつはとんだマゾだ。


窓の外を飛ぶ鳥もそんなことを考える時間があるのなら

早く支度の一つもしたほうがいいんじゃないかと思う金曜日の朝


おそらく全日本人がそんなことはわかっているのだけれど

過半数以上はこの呪いから解放されない。

これがお布団の呪いである。


「あ゛ぁーーーー」


声にならない声を上げ相園あいぞの 瑠衣るいは目を覚ました。


「わかってます... わかってますよー...」


しっかりものの彼女も朝のほんの少しの時間だけは

自我を確立することができない。

つまりお布団は最強なのだ。


<10分後>


台所に立ち慣れた手つきで朝食を作る。

今日のお弁当は昨晩の残り物だ。

いつもより時間はかかるまい。


(平日は日課もほどほどにしないとなぁ)


物心ついた時から始めた日課。

水晶の蠟燭に向かい心で”燃えろ”と一念。

それを毎晩、幾度となく行う。

まぁ、燃えたことなど一度もないのだけれど。


相園瑠衣はどこにでもいる女子高生だ。

どこにでもいるがどこにもいない唯一無二の女子高生。

母親は5年前に他界した。

父親は顔も知らない。

波江市の山の麓のアパートに一人暮らし。

寂しくはない。寂しくはないのだが何かぽっかりと

心に穴が開いたような感情で毎日を過ごしていた。


学校指定のブレザーに袖を通し

長い黒髪をヘアゴムで結び

目を開いて気合を入れる。


「よし」


鏡の自分に向かい今日も頑張ろう。

お弁当をカバンの中に入れ、母から譲り受けた

小さな赤い石が2つついたブレスレットをつける

いつもつけるように言われたこのブレスレット


「いつかこのブレスレットを外す時が来る。それまで大切に

つけておいてね。」


自分がまだ小さかったころ、母親に言われたことを思い出す。


「はずすとどうなるの?」


小さな私がした質問に母は悲しそうな顔をして

こちらを見ずに静かに答えた。


「るいがるいとサヨナラすることになるんだよ。」


この時の表情があまりにも切なくて


「じゃあ、わたしずっとはずさないよ!」


答えた私に母は笑ってそうだねと答えてくれた。

あの時の言葉はどういうことだったのだろうか。

今となっては知る由もないが

外に出るときは肌身離さず持っていることにしている。


「行ってきます。」


誰もいない部屋に声をかけると部屋を後にする。

学校までは坂道を下り歩いて約20分ほどの場所にある

季節は夏に差し掛かり気温は暑く、湿度は高い。


(今日も暑いなー、うわっ凄い大きい鳥。見たことない種類だな。)


そんなことを考えながら学校へと向かう。

何気ない金曜日の通学路。いつもと同じ女子高生の日常の中から

ゆっくりと魔法使いの日常が忍び寄るのを

見たことのない怪鳥が、ただただ見下ろしていたのであった。

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