Don’t Pass Me By
「桜井杏奈です」
誰ともを目を合わさず、教卓から教室の奥の壁に向かって自己紹介をする。彼らが期待していた転校生像とは違ったのか、拍手もまばらだ。歓迎されるような人間じゃないことは自分が一番わかっている。
先生も少し扱いに困っているふうで、貼り付けたような笑顔を浮かべて私を席に案内した。その表情の奥からは頼むから問題は起こさないでくれ、という気持ちが滲み出ていた。
「桜井さんって、どこから引っ越してきたの?」
休み時間になると、一人また一人と集まってきて何かと質問攻めにされた。しかし、私が面倒くさいという態度を隠さずにいたことですぐに私の周りは静かになった。
中学二年生の秋頃、私は父の仕事の都合で転校した。父が出世したことが理由だが、引越しは母が以前の家より広いところにしろと揉めたため少し長引いた。私と姉は一人部屋を与えられたが、それも母が我儘を押し通したからだと思うと嬉しいとは思えなかった。
「おかえり、新しい学校はどうだった?友達できそう?」
「……さあ」
帰宅すると、母が上機嫌で話しかけてきた。新居を気に入っているらしい。
「ふーん。まあすぐ慣れるわよ」
そんな薄っぺらいことを言うくらいなら聞くなよ、と思うがそれは口には出さずにおく。機嫌が良いなら放っておいたほうが楽だ。
自室に入り、少し乱暴にドアを占める。まだ部屋の隅にはダンボールが残っているが、開ける気になれない。本棚の中身もまだ半分ほどしか出していない。どうせ読み終わった本ばかりだ。
小学生の頃、父は私や姉によく本を買い与えていた。姉はあまり興味を示さなかったが私は本を読むのが好きで、すぐに読み終えてはまた新しい物をねだっていた。
――――――
「皆さん。桜井さんの作文がコンクールで入賞しました」
小学生には入賞と聞いてもそこまで意味は伝わっておらず、ただ何か凄いことをしたらしいという雰囲気だけが伝わっていた。その後の集会でも私は表彰され、壇上で賞状を受け取った。今思えば小さいコンクールだったが、あの頃の私は表彰されることなど初めての経験で、舞い上がっていた。
両親にもその事を報告すると喜んでくれて、いつも言い争いが多い両親が二人して笑ってくれていることが私は嬉しかった。
もっと喜んでほしくて、私は「将来、小説家になる」と言った。本を読むのが好きだったし、作文も得意だった。それを聞いた両親はまた笑って、私も本気で小説家になるんだと思っていた。
「お母さん、また私の作文が校内新聞に載ったよ!」
もうすぐ中学校に進むという頃、私はいつものように母親に報告をした。月一で発行される校内新聞に作文が載ることは、私にとって自信に繋がっていた。
「ああ、そう。それもいいけど、杏奈。勉強は大丈夫なの?お姉ちゃんみたいにちゃんとした学校に進めるようになってよ?」
母の反応は段々と冷たくなっていて、この頃にはもうあまり私の作文を褒めることは無くなっていた。
「う、うん……小説家になりたいから、勉強は頑張ってるよ」
「小説家って……あなたもうすぐ中学生でしょう?いつまでそんなこと言ってるの」
「え……」
母は呆れたようにため息をついた。私には、母の言っている意味がよくわからなかった。
「もっとちゃんとした仕事に就いて、お給料貰って、ちゃんとした人と結婚して私を楽にしてよ。苦労して育ててるんだから」
世界に陰が広がるのを感じた。自分が何のために生きているのか、これから生きていくのか、何もかもが真っ黒に塗りつぶされたような気がした。
それ以来、私は父に本をねだらなくなり、作文にも力を入れなくなった。
中学での転校は、正直私にとっては都合がよかった。以前の中学には小学校の頃の知り合いも多く、私が作文を得意としていたことを知っている子もたくさんいた。その子たちに私が作文で手を抜いていることを聞かれるのは面倒だったので、こうして何も知らない人たちばかりの環境に身を置くのは少し気が楽だった。
――――――
「じゃあこの続きを……姫野さん、読んでもらえる?」
「はっ、はい」
先生に呼ばれ、教科書を読み始めた女の子の声はか細く、聞き取りづらかった。すると私の近くの席の男子生徒の数名が何かコソコソ話したあと、小さく笑った。
「すみませーん!聞こえないでーす!」
突然、その男子生徒のうちの一人が大きな声でそう主張した。その後、他の生徒から「お前、やめろって」などと言う声がしたが、その声色は本気で止めている訳ではないのがわかった。
「姫野さん、もう少し大きな声で読んでもらえる?」
先生は深く触れず、ただそう言うだけだった。その後、その子の教科書を読む声は確かに少し大きくはなったが、震えていた。
――――――
夜、布団に入るがなかなか寝付けない。授業中に居眠りをする事が増えたせいで、生活リズムがくるい始めている。何度か寝返りをうっているうちに、父が帰ってくる音が聞こえた。最近は仕事が忙しいのか私が寝た後に帰宅して、私が起きる前に出勤している。
父がリビングに向かい、母と何か会話をしている。しばらく経つと、段々と母の声が大きくなってきて、ヒステリックな声が聞こえてきた。
嫌だな、こんなことなら早く眠りたかった。布団を被り聞かないようにするが、静かな家の中ではどうしても母の大声が響く。
何かが壁に投げつけられる音と、食器が割れる音がした。母の声が泣き声になり、しばらくすると音は止んだ。一通り騒いで、疲れて眠ったのだろう。
言い争いはしょっちゅうあるが、たまにこうして物が壊れるほど暴れる日がある。
明け方、父が支度をする音が聞こえて私も目を覚ました。私が洗面所に行くと父は少し驚いた顔で早いね、と言った。昨晩の事など無かったかのような穏やかな顔だ。
「お父さんってさ……」
ずっと気になっていたことを、聞いてしまう。これを聞いて何になるのかわからないけれど、もしかしたら少しでも救われるのかもしれないと、微かな期待を込めて。
「お母さんと、別れたいとか思わないの……?」
「ああ……昨日の、聞こえてたか。いや、大丈夫だよ」
父は私の頭を撫でながら答えた。腕で隠れて、どんな顔をしていたのかは見えなかった。
「杏奈と、真帆がいる間はせめて……頑張るから」
その言葉で、私は微かに感じていた希望すらも見失ってしまった。私と姉がいるから、仕方なく一緒に暮らしているという意味に聞こえた。それじゃあ、私が生まれてきた意味なんて、本当に無いじゃないか。
もしかしたら、父は私たちがいるから頑張れているという意味でそう言ったのかもしれない。それでも私は、自分が生まれてくる事を誰も望んでいなかったのだと思ってしまった。
もう、どうでもいいと思った。何もかもが。
――――――
ある日の休み時間、以前音読で声が小さいと言われていた女の子の周りで、男子生徒が数名騒いでいた。
「えー?全然聞こえねえってー!」
何か良くない雰囲気なようで、その女の子の目は潤んでいる。他の生徒たちも、良くないとは思いつつ何も言えないようだ。
どうでもいいと思ったのだが、イライラしていたこともあり、私はその男子生徒の机を蹴飛ばした。軽く蹴ったつもりがそれは思いのほか強く、机は中身を撒き散らしながら倒れた。
「お、お前!何すんだよ!」
「……うるさい」
男子生徒は私に詰め寄ってきたが、私が女だからか手は出してこない。その事に私は舐められていると思い、肩を突き飛ばしてしまった。そうなるともう向こうも手加減はせず、私に掴みかかってきた。私もそれに応戦して、掴み合いのケンカになった。誰かが報告したのか、騒ぎを聞きつけた先生が止めに入り、その場は収まった。
あの女の子が私に何か言おうとしていたが、私は先生に連れていかれその子が何を言おうとしていたのかは聞けなかった。
「本当にすみません。大切な娘さんに怪我をさせてしまい……」
後日、相手の男子生徒が母親と共に謝りに来た。大切などとは思われてないが、母は日頃の鬱憤を晴らす口実ができたかのように、怒鳴り散らしていた。
何故ケンカになったのか、先生はしつこく聞いてきたが私は何も言わなかった。事実、ただイライラしていただけなのだから。母は私が何故そんなことをしたのかなど、聞きはしなかった。興味が無いのだ。ただ自分の将来を支える柱を傷つけられたとしか思っていない。
それから、男子生徒たちが彼女をいじめることは無くなった。しかし私も彼女も、クラスからは腫れ物扱いになった。
「あ、あの」
例の、いじめられていた女の子が私に話しかけてきた。
「あの……桜井さん、助けてくれて、ありがとう」
「……杏奈、って呼んで」
「え……?」
「名字、嫌いなんだ。だから杏奈って呼んで」
「あ……う、うん」
それが、私と芽衣の出会いだった。
落ち込むばかりだったそれまでの中学生活だったが、芽衣という話し相手ができたことで少しだけ、私は中学に行く意味ができた。
三年生になると、未来に出会った。未来は私の悪い噂を聞いても物怖じせず話しかけてくれた。特別仲が良いほどでは無かったけれど、私にとっては貴重な友達だった。
毎日毎日、暗く落ち込み続けられるほどの体力も無く、私はもう落ち込むことにすら疲れてしまった。母の怒鳴り声が時折響く家にも、いつしか慣れてしまっていた。小説家になるという夢も捨て、あの頃貰った賞状はダンボールの奥から日の目を見ることは無かった。
高校は家からなるべく近い場所を選んだ。母からはもっと上を目指せと言われたが、模試で手を抜いていたこともあり、今の高校に入ることになった。
このまま高校を卒業したら、大学に入って、何となく大人になり、就職して、親の面倒を見ることになる。私の人生は、私のためのものでは無い。その現実から逃げたくて、私は高校に入ってすぐ、学校をサボるようになった。当てもなく歩いて、夜になると家に帰る。どんなに遠くまで逃げても、夜にはまた振り出しに戻される。
夏が近づいて来た頃、私はいつも通り電車に乗り、学校のある駅を素通りして適当な駅で降りた。またダラダラと逃げ回る一日が始まる、と思いつつ駅から少し歩くと、向こうから一人の女の子が走ってくるのが見えた。遅刻を避けるために急いでいるのだろう。私と同じ制服、けれど私よりずっと真面目に着こなしている。
その子が私の方を見たが、私は無視して歩いた。あんな真面目そうな子には私のことなど理解できないだろう。私だって、そんな走ってまで学校に行く意味などわからない。
そうして私は、歩き出した。どこかにあるかもしれない、私が生きる理由を探して。
アラームの音で目が覚め、毛布から顔を出す。もうすっかり季節は冬で、布団から出るのが辛い。
最近、よく中学の頃の夢を見る。今日はかなり現実に忠実だった。まるで、どんなに目を逸らしても忘れさせないようにしているようだった。
「うう、さむ……」
しかし、高校に入ったばかりの頃は考えられなかったな。私がこうして毎朝しっかり起きて、学校に行くなんて。それも、雪のおかげだ。
『……私、杏奈のことが、好き』
修学旅行の夜の、雪の言葉が頭に響く。私が芽衣からの告白を聞いた後、芽衣と雪が話していた。会話の流れから、友達としての好きという意味じゃないのは明白だった。
あれ以来、雪とは今まで通り普通に会話している。お互い、何も無かったかのように。ただ、以前のような微妙な距離感での触れ合いは無くなったように思う。少しでも距離が近づくと、どちらからともなく離れる。気持ちが重なることに、怯えているように。
「おはよー」
洗面所で顔を洗っていると、姉が起きてきた。手早く済ませて、洗面所を空けてやると、姉は何か言いたげな顔で私を見ている。
「……なに」
「いや。杏奈が真面目になって良かったなって」
「なにそれ?」
「学校、行くようになったでしょ?」
姉にはサボっている話はしたことは無いのに、何故か知っているらしい。
「それ、お母さんに言ってない?」
「言わないよ、さすがに。てかどうしたの?いい人でもできた?」
「うるさいな。もう」
「紹介してよ。誰にも言わないからさ」
「はいはい」
姉を適当にあしらい、洗面所を出る。
支度を済ませ、学校に向かう。電車に揺られ学校の最寄り駅まで着き、電車を降りた。
駅から歩いていると、前に雪の背中が見えた。どうしよう、話しかけるべきだろうか。しかし何を話せばいいのだろう。何だか、いつも同じ悩みを抱えている気がする。
結局、雪の背中を眺めているうちに学校に着いてしまった。教室に入り、授業の用意をする。
「杏奈、おはよう」
純が登校してきて、私の後ろに座った。
「あれから雪とちゃんと話した?」
「ちゃんと、って?」
「いや……もう雪の気持ちはわかってるんでしょ?」
確かに、雪が私のことを好きだと言っているのは聞いた。でも、私はまだ雪に想いを伝えてはいない。
「そうだけど……なんて言うか、タイミングというか……」
「まあ、私的にはもう後は見守るだけって感じなんだけど……杏奈、雪の誕生日って知ってる?」
「え?えーっと……十二月の……あれ、もしかしてもうすぐ?」
「二十一日。もうすぐよ」
本当にもうすぐだ。しかももうすぐ期末試験があって、それが終わったら補講期間で、冬休みに入ってしまう。
「早く話さないと、それこそタイミング無くなるわよ」
「そうだね……」
すんなり受け入れていたけれど、誰かの誕生日を祝いたいなんて思ったのは、生まれて初めてだった。
今月の二十一日は日曜日……それなら、その日に雪と話そう。
「はあ……」
午前の授業が終わり、昼休みになった。机の上の教科書を片付けながら、ため息が漏れてしまう。もうすぐ期末試験なのに、勉強に身が入らない。修学旅行が終わってから、ずっとだ。
「雪、どうかした?」
「芽衣……うん、ちょっとね」
「杏奈のこと?」
「う、うん……」
以前なら、話せなかっただろう。でも、修学旅行で芽衣としっかり話せてもう吹っ切れた。けれど、まだ杏奈と向き合えてないのも事実だ。
「大丈夫だって。杏奈の気持ち、聞いてたんでしょ?」
「そう、だけど……なんか、いざそう思うと、どう話したらいいかわかんなくて……」
「もう……本当に二人とも、面倒くさいよね」
「えっ、そうかな……」
芽衣は呆れたように笑っているけれど、ちょっと傷つく。
芽衣がふと廊下の方を見て、私に笑いかけた。
「ほら、迎えに来たよ」
廊下の方を見ると、杏奈がぎこちなく手を振っている。芽衣に背中を押され、杏奈の元に向かった。
「お昼、まだだよね?」
「う、うん。あ、お弁当はあるよ」
「そっか。えっと、購買寄っていい?」
杏奈が購買で菓子パンを買うのを待って、二人で体育館の上のベンチに座った。体育館では数名の生徒がバスケをして遊んでいる。
「大丈夫?寒くない?」
「大丈夫だよ。杏奈こそ、寒くない?」
「私も、平気」
正直、杏奈といるだけで何だか熱くなってしまうんだけれど、それは言わないでおく。
いつも通り、他愛のない話をしながら二人でお昼を食べる。ダメだ、そうじゃなくてちゃんと話さないと……そう思うが、なかなか切り出せない。
「それでさ、朱音が虫にびっくりしてひっくり返って……」
「え、大丈夫なのそれ……あ、杏奈。口にソース付いてるよ」
「あれ、ほんと?」
杏奈が口を拭ったが、そっちは逆だ。
「そっちじゃなくて、こっち……」
反射的に、杏奈の口元に触れてしまった。
一瞬、時間が止まったような感覚に陥った。杏奈の唇の感触が、永遠に感じられた。
「ごっ、ごめん!」
焦って手を離そうとしたら、杏奈に手を掴まれてしまった。何だろう。もう頭に血が上りすぎて回らない。杏奈の手が熱いのか、私の手が熱いのかもわからない。
「あ、杏奈……?」
「……っ、あ、ごめん。ありがとう」
杏奈は我に返ったような顔をして、私の指をティッシュで拭いてくれた。その間も、私の指先はさっきの感触を反芻していた。
「あの、さ……雪」
「な、なに?」
「その……二十一日の日曜って、空いてる?」
杏奈が指定したその日は、私の誕生日だ。わざわざその日を指定した意味なんて、考えなくてもわかった。
「あ、空いてる!」
考えるより先に答えていて、焦って訂正する。空いてるわけじゃない。
「いや、違くて……夜は家でご飯食べるから、それまでなら、空いてる」
「うん、全然、それで大丈夫。じゃあ、また……詳しいことは連絡する」
まさか、杏奈から誘われると思っていなくて、心は踊りまくっていた。杏奈と誕生日を過ごせる。それだけで私は舞い上がっていた。
予鈴が鳴り、体育館にいた生徒たちが戻り始めた。
「私たちも戻らないと……杏奈?」
立ち上がったが、杏奈が着いてくる様子が無く、不思議に思い振り返ると、杏奈が私の手を掴んだ。
「……えっ?」
杏奈の顔は真っ赤で、握ってきた手は震えている。それだけで私にも杏奈の想いが全部伝わってしまうようで、私まで真っ赤になってしまう。
「ご、ごめん、雪……」
杏奈に引き寄せられるまま、距離が近づく。もう、このまま離れられなくなっても構わない、と思いかけてから、焦って思い留まった。
「ま、ま、まって……待って、杏奈」
まだ、もう少しだけ、心の準備が足りてない。杏奈の手をぎゅっと握って、何とか耐える。
「もうちょっと、待って……誕生日に、ちゃんと話してから……」
杏奈の顔は見れなかった。見たら、きっと私は我慢できないから。
「そ、そうだよね。うん、そうだ。ごめん」
杏奈も焦ってそう言い、手を離した。その温もりが離れるのがひどく名残惜しくて、その熱に身を預けてしまいたい衝動を何とか抑えた。
その後の午後の授業は上の空で、バイトも上の空だった。帰宅してから勉強しようとノートを開くも、ペンは全く動かなかった。
「はあ……」
これはダメだと、ベッドに倒れ込む。気を抜くと、いや気は抜けっぱなしなのだけれど、杏奈のことばかり考えてしまう。触れたくて、仕方がなくなってしまう。もうすぐ期末試験だというのに、全く勉強に身が入らない。
「杏奈の、ばか……」
「はぁー、やっとテスト終わった」
大きく伸びをする。大切な日を前に補講なんてやってる場合じゃないと、今回は久しぶりに頑張った。
「杏奈、今回はずいぶん集中してたわね。いつもテストじゃなかなかペンが動かないのに」
「うっ……一言余計だな、純は。まあね、今回はちょっと頑張ったよ」
「ふーん。ところで、プレゼントは大丈夫なの?」
「あ、あー。うん、まあ」
「なにその反応。まさか決まってないの?」
「いや、ていうか……もう用意はしてるんだよね。ただ……」
「ちょっと、何にしたの?そんなヤバいもの?」
あまり言いたくない……というのも、別の買い物の用事で通りかかったお店で、雪に合うと思って衝動的に買ってしまったものだからだ。後になって、これをプレゼントするのはアリなのか悩みだしている。
「これ、なんだけど」
「……あー、なるほどね……まあ、大丈夫でしょ」
一瞬、純が明らかに引いた気がしたけれど、大丈夫だろうか。いや、ダメならダメと言うはずだ。純を信じよう。
――――――
無事、補講も無くテストを終えることができ、これで心置き無く二十一日を迎えることができる。雪とはお昼に待ち合わせをしている。
お昼を食べて、買い物をして、プレゼントを渡す。そういう計画だ。
そして、話もしなくてはならない。気持ちを伝えられるかどうかは、それ次第だ。
話さなくてはならないと思うと、胸の奥から何か黒い物がドロドロと流れてくるような、背筋が凍るような感覚になる。誰かに自分の胸の内を語るのが、こんなに怖いとは知らなかった。それでも、雪には話さなくてはならない。
例え、一緒にいられなくなるとしても。
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