第7話

「好きです!付き合ってください!」

少しの沈黙が流れる。

彼女のその告白の言葉は、常識に長らく無関心であった俺でも聞いたことがあるほどの、いわば常套句だった。

つまり彼女は、今のこの関係のままで常識を超えたところに身を置くことよりも、常識に埋もれて俺と共にこの先を歩いていくということを選んだのだろう。

俺はそんな彼女に、今までの関係を棄て俺と歩むことを決断してくれた彼女に快く「もちろん」と答えようとする。

(お前は本当はそんなこと思っていないはずだ。なぜ本音から逃げる?こんなものはお前が求めていたものではないはずだ)

うるさい。うるさい、うるさい!

俺はこれでいいはずなんだ!

俺は彼女と共に歩みたいはずなんだ!

邪魔するな!

(違う!お前が彼女に求めていたのは友情以外の何物でもなかったはずだ!

お前は常識などというくだらないものを棄て、そこに彼女との“友情”を入れ込むことで立ち行けたのだ。

それをお前は、これに肯定のサインを出すことで失おうというのか。

だとしたら俺の、お前の心の支えは何になるんだ)

彼女とずっと友達でいたいと思っていたなんて、違うはずだ!

現に俺は最初のころ彼女に見とれていたではないか!

もしそうなら最初の気持ちは何だったんだ!

俺は彼女の方を見た。

彼女は急に苦悶し始めた俺を心配しているような顔をしているものの、出会った時と同じように端正な顔立ちだった。

そんな彼女に俺は縋るようにこう聞いた。

「お前はなんで俺が好きなんだ?」




彼女はそれでも俺の前で微笑み続けていた。

そしてこう告げた。

「私は、君の、女性を虜にしてしまうようなその甘い顔と、ちょっとだけ低くて落ち着くその声と、ぼさぼさな髪の毛と、見入りそうなほど深いその瞳と、それぐらい深い思索と、ちょっと偏屈なところと、たまに意地悪なところと、でも優しくしてくれるところと、全部含めて君が好きなんだ。もしかしたらこれは重すぎて恋とは言えないかもしれない。けど、けど!現に私は瓜生君が好きなんだ!それは何があっても変わらない!」

彼女は俺の眼を見つめながらそんなことを言った。

その言葉はストレートに俺の心に響く。

そうか、彼女はこんな俺でもちゃんと見ていてくれたんだ。

まずその事実に驚愕する。

そして同時に混乱する。

いろいろな彼女への気持ちが入り乱れてどうかなりそうだ。

だから俺は声を絞り出してこう言った。

「……待っていてくれるか?……俺は不器用だから遅くなるかもしれないけど……待っていてくれるか?」

すると彼女はより微笑みを強くして

「……待つよ。何年何億年何億光年、私が生まれ変わったって待ってやる!そして瓜生君の答えが聞けると聞いた暁にはたとえ火の中水の中、天国だって地獄だって這いずってでも聞きに行くよ!何せ瓜生君は私の初恋の人なんだからね!」

と、純真無垢な笑顔を湛えながら言った。

確かに俺はその時いろんな感情がごちゃ混ぜになっていたかもしれない。

だが、一つだけ確かな感情があった。

それは彼女のその熱烈な愛に、俺は照れたということだった。

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