青春三頭政治
SARA
第1話
私は世界史の教科書の“第一回三頭政治”と書いた箇所を真っ赤に塗った。教科書がぱっくり割れたように滲んだその鮮血は、清純な色とほど遠かった私の青春を想起させたのだった。
学校という場所では、ぼっちは忌み嫌われる。だから、皆が皆して“へのへのもへじ”的な奇妙な顔を貼ってでも、好きでもない誰かとつるんでいるのだろう。対照的に、私は本当に仲の良い友人と付き合えていた。ノアとリンは個性は強いが、三人でちょうど持ちつ持たれつの関係だった-クラッススが死ぬまでは。
三人の中で私だけ部活が違ったために、話についていけないこともあった。部活も大変なのだろうとそこまで問い詰めて話に入ろうとはしなかったが、時々ノアとリンの間に気まずい空気がたれ込むと、仲裁するのが私の役目だった。
-そう、ちょうどポンペイウスとクラッススがカエサルによってまとめられたのと同じように。
三つの歯車が錆びはじめてから狂い出すまでそう長くはかからなかった。4月、クラッススは死んだ。自殺だった。リンがストーカー被害に遭っていたとは初耳だった。なぜ相談してくれなかったのだろう。ノアには話していたのだろうか。なぜ?なぜ?…幾度となく自問した問いはいつも同じ地点に逢着するのであった。やはり三頭政治は均衡を失うと瞬きの間に崩れてしまう。
それからしばらくノアとは話さなかった。お互いに話せなかった。リンを失った衝撃と喪失感と形容しがたい無力感にさいなまれていた。
私は何とか学校へ行けたが、ノアは数ヶ月不登校となった。やっとノアが学校に来て、話しかけてきた時には、彼女は私の知らない誰かだった。確かにノアは元から雑で男っぽい所はあったが、いわゆるヤンキーではなかった。この時のノアは独特の匂いの煙たさを体にまとい、目に光はなかった。
「なんであんたは平気なの?」
私はノアが何のことを言っているのか全く分からなかった。平気な訳がない。リンを失ったと思えば、ノアまでいなくなってしまった。反論しようとした私だが、ノアはまだ言葉を続けた。
「どうしていつも皆に慕われて、上手くいくのは、あんたなの?!あんたが全部奪ったんだよ!私から!!」
私はノアに何かしただろうか。私だけが学校に行って、いつも通りやっているのがノアの気に障ったのか?そうかもしれない。でも、その事についてノアが怒っているのなら、私に出来ることはない。今のノアに私が平気でなんてないことやいつも通りだなんてあるはずないといっても逆効果だろうから。ますます私は訳が分からなくなっていた。でも、悟ったこともあった
-カエサルは一人になった。三頭政治は完全なる終わりを告げたのだ…
それから、ノアは学校を辞めた。もちろん、私には別れの挨拶の一つも無かった。ノアが近頃つるんでいる相手を考えると、もう関係ないとは分かっていながらも、恐ろしくて仕方なかった。ポンペイウスは消えた。カエサルを残して…
周りの皆は、私のことを可哀想だと同情し、慰めた。私にとって、一番辛いことはそれだと誰も気付くことはなかった。私でさえ、自身の境遇を悲観し、ポンペイウスに勝ったと思う時があった。そう思う瞬間ごとに、独裁者カエサルが生まれた。
あれから何年経ったのか。きっと皆はこんな政治体制があったことも忘れているのだ。我々は忘れることはないというのに。
カエサルは残された。まだ終わっていない。知っている、そんなことは。しかし私は毎晩思う。
「『ブルータス、お前もか。』なんて言う気ないから。」
青春三頭政治 SARA @srzensky
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます