第35話 サプラァイズ!
本日二話目となります。
前話がまだの方はそちらからお願いします。
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みつはとレコの、こだわりにこだわったスイーツ選びが終わり、二人並んで駅に向かって歩いていると。
「ちょっといい?」
突然、男が声をかけてきた。
みつはにもレコにも見覚えのない男。
そのことに、レコはサッとみつはの背に隠れる。
スイーツに気をとられるあまり、細い路地に入りこんでしまったことが災いしたか。
「ねえねえ、君たちお友達同士? さっきからスッゴイ目立ってたから思わず声かけちゃったんだけど」
軽そうな男は、二人の全身を舐めるように見回す。
「な、なんでしょうか。私たち急いでいますので」
レコを護らないと──みつはが男を鋭い目で睨む。
「いやあ。そんなに警戒しないでよ。二人ともそんだけ可愛ければ、声だってかけられ慣れてるでしょ」
「し、失礼します」
みつはがレコの手を取り、男から離れようとすると、
「ちょっと待ってって。 少しくらい話聞いてよ。10分、いや、5分でいいからさ」
男とは違う、もう一人の男がみつはたちの行く手に立ちはだかった。
みつはが思わず立ち止まる。
「ねえ、その制服って秀麗院だよね? いやあ、俺、憧れてたんだよねぇ。秀麗院の制服着た子と一度遊んでみたかったんだぁ」
「うっは! 近くで見たらマジ超S級じゃん! それも二人とも! キョエ~俺たち超ツイてんじゃん!」
みつはとレコの顔を覗き込んだ男が、もう一人の男とハイタッチをする。
「ほら、すぐそこにいい店があるから行こうよ」
「い、行きません! 私たちもう帰りますので!」
「ってかさぁ。優しく言ってるうちに来たほうがいいって。今ならまだ仲間も集まってねぇから四人だけで──」
そのとき。
「あ、あれ? そ、十河さんと沙月さん?」
二人の名を呼ぶ声に、みつはたちは、ハッとそちらを向く。
「い、井口君!」
見知った顔の男子が現れたことに、みつはは、ダっと男子めがけて駆け出した。
みつはに腕を引かたレコも、半ばつんのめるような体勢で走る。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「い、井口君、あ、あの人たちが私たちを連れていこうと!」
「知り合いじゃないんだね?」
違う、助けて、と息を切らす女子二人を、井口は慌てて背に庇う。
「あ? なに? おまえも秀麗院? わっりいけど男には興味ねぇんだわ」
「お坊ちゃまはその二人を置いてさぁ、おとなしく引き返した方がいいんじゃないのぉ?」
男二人がにやけた顔で近づいてくる。
「こ、この二人は大切な友人なので置いていくわけにはいきません。ですので──」
井口はスマホを取り出すと、その画面を男二人に見せた。
「──代わりに警察に来てもらうことにします」
表示されているのは警察への緊急通報用番号、110。
もう親指をタップすればすぐにでも発信できる状態になっている。
「連休前の特別警戒で、ここらも巡回している警察官が多くいます。すぐに駆け付けてくれると思いますが、どうしますか?」
井口は親指にぐっと力を入れた。
すると男らは、
「ちっ! めんどくせぇ。おい、行こーぜ」
「くっそ。あんな超S級、そうそう見つけらんねぇぞ」
悪態を吐きながら、通りの奥へ消えていった。
「──ぷはぁっ!」
大きく息を吐き出した井口は、
「──だ、大丈夫? 怪我はない?」
すぐに二人を気遣う。
「へ、平気です。私は──レコちゃんは?」
「だ、大丈夫……ですが……こ、怖かった……」
「良かった……井口君、本当にありがとうございました」
「いや、本当に良かったよ。っていうか二人は自分たちが思ってる以上に人の目を惹くんだから、気をつけないと……今日は二人だけなの?」
「ごめんなさい。今日は春君も翔太君も用事があって、二人だけで帰っていたの」
「井口君は……? お買い物?」
周囲を確認しながらみつはの背からそろそろと出てきたレコが訊ねる。
井口とは面識があるので、男子が苦手なレコもほかの男子よりは多少話せるようになっていた。
「とにかくここを離れて大通りに出よう。あいつらが仲間を引き連れて戻ってくるかもしれない」
井口は二人にそう言うと、先頭に立って歩き始めた。
「え? じゃあ井口君は私たちを探しに?」
通りに出るまでの間に、井口がタイミングよく現れた理由を聞いたみつはは、少し驚いた様子で隣の男子を見た。
井口とは何度も会話を交わしているわけでもなく、春臣を介した知り合い、というような間柄だ。
それがなぜみつはとレコを探していたのか──そのことに驚いたのだった。
「この前の喫茶店でのことだけど。あのとき僕が連れてきた早川って男子憶えてる?」
あの日のことは記憶に新しい。さっきも二人の間で話題に出たくらいだ。
「ええ。もちろん」
みつはもレコも頷いた。
「例のお姉さんの件で進展があってさ。ぜひ話しておきたいことがあるっていうから。逢坂君たちを探しに教室に戻ったら逢坂君も近藤君もすでに帰っちゃった後だったし、電話しても連絡つかないし、早川君は早川君で家族旅行で今夜からもうこっちにはいないから夕方までにどうにか話がしたいって言うし、もうどうしようかと。それで、もしかしたらあの喫茶店に行ったら誰かに会えないかなって思って」
そういえば男に声をかけられたのは、あの喫茶店があった方向だ──
そのことに気がついたみつはとレコは身震いした。
数日前に利用した店の近くで、あんな危険な目に遭うなんて──と。
「とにかく運よく僕が通りがかってよかった。ってまあそれはいいとして、どうしよう。あの店にはいなかったんだ。十河さんたちは二人がどこにいるか知ってる?」
「春君は遥さんと──いま忙しくて電話には出られないと思います。翔太君は……わかりません。一応 私たちも春君と翔太君に連絡を取ってみます」
みつはが恩人に少しでもお返ししようと、スマホを取り出した。
「それは助かる。でもさっきから僕も何度も連絡を取ろうとしているんだけど、電源が入っていないのか、二人とも電話に出ないんだ。6時には早川君も家に帰りたいって言っていたから、もうあまり時間がないし……」
スマホの時計を見ると時刻は5時30分。
あと30分しかない。
「……仕方ない。君たちだけでも先に行って早川君の話を聞いてもらえないかな。逢坂君と近藤君には連絡がつき次第、来てもらうようにするから」
困り果てた顔をしていた井口はそう提案した。
「でも私たちだけで聞いても……」
「それでもし逢坂君が間に合わないようだったら、早川君から聞いた話を十河さんと沙月さんから逢坂君に伝えてもらえないかな。それもなるべく早く。結構重要なことらしいんだ」
時間を見ると5時32分。時間は刻一刻と過ぎていく。
「待っていただいているのは、早川君一人、なのですか?」
「いや、僕も一緒に話を聞く。君たちに彼を紹介したのは僕だから最後まで責任を持つよ。彼はここから10分ぐらいの店で待ってる」
移動時間を含めるともう時間は残されていない。
「レコちゃんはどう思う?」
「春臣さんの役に立てるのでしたら──」
中性的な顔立ちの早川なら会話が出来るかもしれない、と思ったのだろうか。
レコはずっと握っていたみつはの手を、さらに強く握ると、
「──行きましょう。みつは。私たちでできることは私たちでやりましょう」
みつはをそう説得したのだった。
◆
「着いた。ここだよ。ここの地下一階の店」
そう言って井口は建物のエントランスに入っていく。
「こんなところにお店があるのですか? 看板も見当たりませんが……」
「おしゃれなビル──というよりマンションかしら」
レコの言うように、エントランスはとても豪奢な造りをしていた。
「ほら、こっち。時間があまりないから急いで」
建物の構造に気をとられていた二人が井口を見ると、すでにオートロック式の扉が開いていた。
「一般のお客さんはあまり入れない店らしいんだ。ほかの人に聞かれたくない内容の話だからってこの店を選んだみたいだよ。最近ではどこで誰が聴いているかわかったもんじゃないからね」
井口は二人が扉を通ると自分も中に入った。
こっちだよ、そう促す井口はエレベーターではなく、隣にある階段を下りる。
少しして、見た目からして分厚そうな扉の前で立ち止まる。
みつはがきょろきょろと扉付近を見回すが、やはり看板らしきものは見当たらなかった。
井口がインターフォンのようなものを押すと、しばらくしてガチャリという音がした。
店の中から鍵が解除された音だろう。
井口が把手に手をかけて押すと、見た目とは異なり扉は軽々と開いた。
途端に香るお香の匂い。
みつはとレコは咽るようなその匂いに、扉の前で思わず立ち止まった。
「ちょっと変わった店だけど、セキュリティはしっかりしてるから」
眉をしかめている二人にそう言うと、井口は奥へ進む。
二人が店内に入ると、扉は音もなく閉まった。
外の光がまったく入らない構造をしているうえに、照明を最低限まで落してあるので目が慣れるまで歩くのもおぼつかない。
みつはとレコの二人には、いったいここがなんの店なのか見当もつかなかった。
二人は井口の背中だけを頼りに、薄暗い廊下を進んだ。
「ここの奥の部屋にいるから」
井口が廊下突き当りの扉を開ける。
「さあ入って」
踏み入れた室内は廊下よりも暗かった。
一瞬恐怖を感じ、みつはとレコは後退る。
と、同時。井口の気配がサッと消えた。
「井口君? どこ?」
「暗すぎてなにも見えないのですが……」
すると。
ガチャリ──背後から、扉に鍵が掛けられる音が響いた。
「え、なに? 井口君?」
「今の音、鍵を閉めたのですか?」
「井口君!? 早川君!?」
思った以上に広い部屋のようだ。
二人の声が壁に反響している。
そのことにさらに恐怖を感じた二人は、身を縮こまらせた。
──次の瞬間。
パッと一斉に室内の電気が点いた。
暗がりの中にいた二人はあまりの明るさに目を閉じる。
徐々に明るさに慣れてくると、二人は正面に人が立っていることに気がついた。
だがまだそれが誰なのかはっきりとは見えない。
「サプラァーイズ!」
唐突に大声を出す正面の男。
聞き覚えのある声。
そして完全に視界が元に戻り、正面に立つ人物の正体を知って──
みつはとレコは絶句した。
みつはは驚愕のあまり、手にしていたスイーツの包みを床に落としてしまった。
「本日はお越しいただきありがとうございます! 十河みつはさん! 沙月レコさん!」
みつはとレコは全身の力が抜けていく感覚に、二人で支え合ってどうにか崩れ落ちてしまうのを堪える。
仰々しく両手を広げた男は言う。
「ようこそ! 我が生徒会研究会へ!」
気障ったらしく前髪を横に払い、端正な顔にしかし下卑た笑みを浮かべているのは、生徒会研究会に所属しているという、秀麗院学院高等部二学年の男子生徒、番条だった。
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