第34話 最初はお友達から



 一週間後。




「じゃあ俺は明日の手伝いがあるから先に帰るよ。もし道に迷ったりしたらメールして。近くまで迎えに行くから」


「おう。遥さんに会えるの楽しみにしてるぜ! じゃあ俺も寄るところあるから」


「はい。明日、よろしくお願いします。それじゃあ帰りましょうか、レコちゃん」


「そうね。それでは春臣さん。翔太さん。私たちもここで失礼します。明日、10時にお会いしましょう」


 さようなら、と、俺たちはそれぞれ帰途についた。




 明日から学校はしばらくのあいだ休みに入る。

 広く国民から歓迎されている、『春の大型連休』だ。一般にはGWともいうが、これは業界用語なので俺は昔から大型連休と呼んでいる。

 

 それは置いておくとして。


 なぜ俺が今日に限って、ここ一週間いつも一緒に帰っている友人たちとは別に、一人で急いで帰っているかというと──

 

 そう。来客のため。


 客人を迎えるにあたって、やはり相応の下準備をしなければならないからだ。


 遥さんと紫雨さんだけに任せておくわけにはいかない。

 俺だってサプライズは嬉しかったんだ。みんなにだってあれ以上の感動を味合わせてあげたい。

 だから俺も気合が入る。とにかく、準備は念入りに、だ。


 そういえば、あれ以来、鷺沼たちにおかしな動きはなかった。

 俺たちが警戒しすぎていたためか、それとも向こうが慎重になっているからかは判らないが、とにかくこの一週間は何事もなく平穏に過ごせた。


 そのことが俺にはとても好都合だった。

 もちろん、『みんなをどうおもてなしするか』を考えることに、たっぷりと時間を割けたからだ。


「さあ、遥さんと準備に取り掛かろう!」


 俺は足取りも軽く、遥さんとの待ち合わせ場所へと急いだ。




 ◆




「これ可愛い! しかも美味しそう! どうかなレコちゃん!」


「へえ、シャインマスカットってもう出てるのね。でももう少し見てみましょうよ」


 みつはとレコは、春臣と翔太と別れてから二人で買い物を楽しんでいた。

 明日、春臣の家へ持っていく手土産を選んでいたのだ。


「ほら、これなんてどう? 春臣さんも好きそう」


「わぁ! あ、でも本日中にお召し上がりくださいってなってる……」


「あら。じゃあダメね。こんなに美味しそうなのに。仕方ないわ、ほかの店に──」


「ねえレコちゃん、あっちのお店にも行ってみましょうよ」


「あ、ちょっと待って、みつは!」


 気の置けない仲になった二人は、二人きりになると話し方もいつもよりフランクになる。

 どちらかというと常にマイペースでいるのがみつはで、それを姉のように見守るのがレコといったところか。

 お互い、この関係をとても気に入っていたし、これからもずっと続けばいいとも思っていた。




「そういえばみつはに言いたいことがあったの」


 スイーツが並んだショーケースに目を輝かせているみつはに、ケースの中でなくみつはを眺めていたレコがふいに話しかけた。


「なあに? レコちゃん」


 みつははケーキから目を離すことなく返事をする。


「春臣さんたちと初めてお昼を一緒に食べたときのこと──みつはが春臣さんに、さくらちゃんも一緒に連れていきたいってお願いしたのは、春臣さんがついでに私のことも誘えるようにって気遣ってくれたからでしょう? あのときのお礼がまだ言えていなかったから」


 レコの長い言葉にみつはは顔を上げると


「ついでだなんて言わないで。私はお誘いされたとき、レコちゃんも一緒にって心に決めていたのだから」


 今回はたまたま私に先に声をかけてくれただけ──みつはは少しむっとした顔で続ける。


「レコちゃんだってもし誘われたとしたら、そのときは私も一緒にって思ってくれるのでしょう?」


 レコはその通りだと何度か頷く。

 でしょ? みつははニコっと笑った。


「みつはの言うとおりね。でもみつはのおかげで明日、私も春臣さんの自宅に伺うことができるの。それはお礼を言わせて? ありがとう、みつは」


 友人から面と向かって伝えられた感謝がくすぐったいのか、みつははわずかに悶えると


「レコちゃん。約束したじゃない。お互い協力し合おうって」


 つんと唇を尖らせた。


「でも私は一度振られている身であって、この前もそれは堂々とお友達宣言したばかりなのだけれど──」


「どんな関係でも最初はお友達から。いきなりなんて不純です。ね? だから私はもっともっとレコちゃんのこと応援する」


 みつはが小さな拳で自分の胸をポンと叩く。


「でもみつはには時間が──」


 爽快な笑顔のみつはとは正反対に、レコは沈鬱な表情になる。


「それは言わない約束でしょ? 私はもう決めたの。どんな自分にも素直になるって」


「でもそれではみつはが……」


「れこちゃん。や・く・そ・く。忘れてないでしょうね?」


「そう……ね。ごめんなさい。みつは。私も応援する!」


 表情を親しいものだけにみせる笑顔に変えたレコだったが、


「でもみつは。あの喫茶店のときのようなことはもうダメよ?」


 目をスッと細めた。


「喫茶店って、なあに?」


 わあ、このフルーツゼリー美味しそう! みつはは前かがみになるとショーケースを覗き込む。


「こら。とぼけても無駄よ。自分のカップを春臣さんに直接飲ませようとしてたじゃない」


「はにゃ? そうだったっけ?」


 ぴきぴきとこめかみに怒りを現したレコは、そーっとみつはの後ろに回り込むと


「忘れたとは言わせないわよ~このあざと可愛いみつはめ!」


 前傾姿勢でいるみつはの両脇をガッと掴んだ。


「あん! きゃ! ちょ、ちょっと! レコちゃん脇ダメッ! 脇ダメなの私っ!」


 ライトアップされたショーケースの前でみつはが悶絶する。


「思い出すまで止めないんだから! ほらほら! 早く思い出すのよ!」


「きゃッ! ンッ! ──も、もうっ!」


 これ以上無理、と、みつははするりとレコの魔の手から抜け出すと、その場からぴょんと逃げ出した。


「あ、こら! 待ちなさい! みつは! 逃げるのは卑怯よ! 待ちなさいったら!」


「いやよ! またくすぐるもの!」


「もうくすぐったりしないから! 待ちなさい!」


 そんなみつはを、レコがまた追いかける。




 連休を前にはしゃぐ女子生徒二人の姿を、建物の影からジッと見つめる影にみつはもレコも気づくことはなかった。



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