第7話 校舎のうら



 放課後。

 俺は校舎裏に立っている。


 生まれ変わってから初めての学校生活は特に問題なく終えられた。

 女性恐怖症を克服したので休み時間のたびに女子と話をしてみたのだが、結局具合が悪くなることもなかった。

 俺がしていた鬼畜行為のせいで話しかけても無視されるとか邪険にされるかとか心配したけどそんなこともなかった。そうなったら土下座する覚悟だったけど。

 会話に参加した美咲たちも楽しそうにしていたので安心した。

 俺のせいで今までごめんと彼らに謝罪をしたけど、あいつらは笑って俺の肩を叩いただけだった。いい奴らだ。これからも仲良くしよう。高校別々だけど。

 女子たちからの不興もなかったので俺としてはもっと会話の練習をしたかったんだけど、青い顔をした佐々木という女子がPA法がどうとかでみんなを解散させてしまった。

 そんな規則あったの? うちの学校って。

 それ以来女子たちが余所余所しくなったので話ができなかったんだけど、遠巻きにでも見てくれる視線はちょっと新鮮だった。


 それはそうと。


 俺は手にしている紙切れに目をやる。


 俺は目的を果たさなければ。

 酷い目に遭わせてしまった女子に対する謝罪だ。

 もしかしたら俺のせいでトラウマを、男子に対する恐怖心を植え付けてしまったかもしれない。

 当初俺は一人ひとり回って頭を下げようと思ったんだけど、美咲に止められた。

 他の生徒の前でそんなことされる女子の身にもなってみろ、と

 んなこといったってそれだけのことしたんだし、呼び出して謝罪なんて考えられないだろ、と言い返したけど、こればっかりは俺の言う通りにしろ、と説得されてしまった。

 悔しいが、女子の気持ちを酌むのは美咲の方が長けている。

 だから俺は美咲の提案通り、女子に手紙を出したあとここで待っているわけである。


 紙には美咲の知り得る限りでの、俺に告白してくれた女子の名前が書かれている。

 A4サイズの紙にびっちり。それも両面。


 一人目は田崎真紀。

 顔はわからないけど、とにかく誠意を見せなければ。




 約束の時間まであと五分。

 木の影とか枝の上とか校舎の影とか二階の窓とか三階の窓とか屋上とか池の中とか視線が気になるが、おそらく美咲たちが見守ってくれているんだろう。ちょっと多い気もするけど些細なことだ。

 今は相手に気持ちを伝えることだけに集中しよう。

 理解してもらえるまで、何度でも、何度でも謝罪しよう。

 そして高校で素敵な恋ができるよう精一杯応援しよう。


「あ、あの……逢坂さん……」


 ほう。後ろから来るとはやりますね。

 すっかり油断していました。


「田崎真紀さん!」


「え、ええと……村川美里……ですけど……」


 なに!

 むらかわみさとだと!


 ふむ。


 げ!

 こっち側がA面かよ!


「ゴホン。先日俺に告白していただいた村川美里さんで間違いないでしょうか?」


「は、はい。いただいたお手紙にここに来るよう書かれていたので……」


 やはり恐怖心を与えてしまっていたようだ。

 威圧感を抑えられるようにした黒髪の効果も薄いようで、村川さんは俺と目も合わせようとしない。

 でもこうして来てくれたんだ。

 謝意だけは伝えないと。


「呼び出してしまって申し訳ありません。本来であれば俺のほうから伺わなければならないところなのですが」


「は、はい」


「先日は村川さんに不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。せっかく交際を申し込んでいただいたというのに、罵詈雑言を浴びせたうえに村川さんの人格そのものを否定するような暴言まで口にしてしまい、お詫びの言葉もありません。決して許されるような行為ではありませんが、どうか謝罪の意思だけでもお受け取りいただきたく──」


「ちょ、ちょっと待ってください! あ、逢坂さん!?」


 止められてしまった。

 やはり土下座が必要か。


「この度は──」

「ちょ、な!? ど、土下座なんて! あ、逢坂さん! 立ってください!」


「いやでもしかし。俺の誠意を伝えるにはこうするしかないのです」


「か、勘違いしてます! あの、私、振られるのはわかっていたんです! それも酷い振られ方をするのを! でもそれが嬉しくて──あ」


「ん?」


「わ、私は逢坂さんのことが大好きです! 振られた今でも、きっとこれからも大好きです! 決して女性に近寄らない逢坂さんを遠くから見ているのが大好きで、でも告白権をゲットできたとき天にも昇る思いでそれで告白を──あ」


「ん?」


「違うんです! みんなわかってるんです! 逢坂さんに振られたくて、罵ってもらいたくて、それが辛辣な言葉であればあるほどみんなに自慢出来て──あ」


「ん?」


 どういうことかな?

 嘘告?


「それって嘘の告は──」


「ち、違います! 大好きなんです! 愛しているんです! 心から愛しているんです!」


 お、おう。

 なんだろう。

 話が通じない。

 やっぱり俺に女子の相手は無理なのかな。


「で、ですから逢坂さんは全然悪くないというか、その──」


「逢坂さん。少しよろしいでしょうか」


 そのとき。


「か、会長!」


 PA法がどうの言っていた佐々木さんが間に入ってきた。


「私から説明させていただきます」


 説明?

 また解散させられるの?

 まだ謝罪終わってないんだけど。


「これは佐々木さん、どうしてここに?」


 正座していた俺は立ち上がると、一歩下がって佐々木さんを丁寧に迎え入れた。


「さ、沙月です!」


 あ、ごめん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る