第5話 突撃
テスト休みが終わり、学校が再開される。
テスト休みといっても四日間。カッコ土日含む。
いろいろあってあっという間に過ぎていった四日だが、この休みの間に遥さんといろいろな話ができた(自分比)。
女性との会話も問題なかった。遥さんと十河さんはもちろん、コンビニの店員さんもコーヒーショップの店員さんも問題なし。
階段を昇り降りしていたマンションも、エレベーターを使うことができるようになった。
外出が楽。なんせ九階だったから。
エントランス前へのゴミ出しも喜んで引き受ける。
洗濯も、掃除も、食器洗いも。
少しずつだが家事を覚えようと努力した。
そんな俺を見て『無理しないでね』と遥さんが微笑む。
順調。
──そう。すべてが順調だった。
あのテレビを観るまでは。
昨日。テスト休み最後の晩のこと。
遥さんと夕飯を食べている際にテレビを観ていた。テレビを観ながら二人で食事をするなんて俺にとっては初めてのことだ、とても浮かれていた。
観ていたのは旅番組だった。海が一望できる露天風呂に寝そべって浸かる。
今度二人で行きたいね、なんて会話してた。
番組が終わり、CMに切り替わる。事が起きたのはこの時だ。
なにげなく画面を観ていた俺は、突然食べていた夕飯を戻してしまった。
遥さんが拵えてくれた世界一の食事を。
胃が空になっても吐き気は治まらず、なにかに中ったのかとも思ったが、ここのところはずっと遥さんが作ってくれた料理しか口にしてない。同じものを食べている遥さんに症状が出ていないことから食事が原因ではない。
次の番組が始まっても激しい吐き気といいようのない不安に襲われていた俺は、遥さんの腕の中でずっと震えていた。
そんな俺を優しく抱く遥さんが教えてくれた。
俺のこの症状はあのCMが原因ではないかと。
意味が分からなかった。
だから『なぜ』と問うと。
遥さんは言う。
『CMは俺の実父が勤める企業のもので、出演していたタレントは俺の姉』だと。
そして『良い思い出はなかったから』と、済まなそうな顔で付け加えた。
知らない。
記憶にない。
元家族のことをどうしても思い出せない。家族のことを思い出そうとすると、呼吸が苦しくなる。
父が勤める企業のロゴと、姉だというタレントを見ただけでこんなに情緒不安定になるものなのか。
じゃあ今までの俺はテレビを、あのCMをどう観ていたのか。
わからない。
思い出せない。
遥さんの食事を粗末にしてしまったこと、大切な人にまた迷惑をかけてしまったことを必死に謝る。
家族が記憶から欠落してしまっていることに混乱しながら。
そして最後に遥さんが言った。
明日、病院に行きましょうと。
◆
クラスに入り、席に着く。
この時期はすでに進路が決まっているので、空席がちらほら。
俺も早々に地元高校への切符を手にしていたが、学校だけは毎日来ていた。
もちろん最後のテストも全教科受けた。
なにげに無遅刻無欠席の優良生徒である。
「おいっすハル」
滝沢美咲。
長髪が特徴だけど最近頭頂部に自信がない。
あと男の俺から見てもカッコいい。
「うぇ? 春っちどうしたのその頭!」
神山省吾。
茶髪。甘えん坊なのは六人兄弟の末っ子だからとか。
あと男の俺から見てもちょっとかわいい。
「なんか新鮮。似合ってるじゃん」
後藤俊哉。
中三なのに髭が生えてる。もみあげが濃い。
んー。体毛が薄い俺としてはちょっと羨ましい。
「つか遥さん相変わらず綺麗じゃね」
南部正信。
じゃね? が口癖。めっちゃガタイがいい。ケンカ最強。らしい。
あと殺す。
いつもの面子が俺の席に群がる。
揃って不良顔だが、全員無遅刻無欠席の優良生徒ライバルだ。
表彰されるのは俺だけでいいのに。
「なんというかイメチェン? ほら、来月から高校生じゃん。なんだかんだいって」
あれ? 俺ってコイツらとどんな会話してたっけ。
どんな口調で話してた?
新バージョンの髪型は受け入れてくれたようだ。
遥さんがいいねくれた時点で他の意見なんて必要ないけど。
「しっかしウケたよな、あれには。ピンボールかよって」
「110番なんて初めてだから緊張したよ」
「っげーよ。119番だっての」
「でもそれって普通じゃね」
正信。何が普通なんだね。
「そういえばあのとき女子がいたろ。このクラスの」
俺がそう言うと、和気藹々としていた空気がスッと冷える。
「……おまえ、どうした?」
美咲がツチノコ発見時のような顔で俺を見下ろす。
「いや、引っ越すって言ってたから今日は来てないのかなと」
「
俊哉が答えてくれた。
やはりそうか。
女神は召喚されてしまったか。
「いやいやいやそこじゃない。ちょっとまてハル。なにがあった。おまえが女子のことを口にするなんて気でも狂ったか」
「狂うか。あと言ってなかったが俺女子と話せるようになったぽいから。んでそれについて美咲に頼みがある」
多分話せる。
昨晩の件で一気に自信を無くしたが、それは病院で検査してからだ。
ああやっぱりあのCMのことを考えると吐きそうになる。
「は、はあ?」
「え? なに、春っち女子と話してもゲエしなくなったの?」
「んなわけ」
「いや無理じゃね? てかそれできたらもう無敵じゃね?」
そうか。まあ信じてもらえないよな。
んなら練習も兼ねて──
「ちょっと行ってくる」
俺は女子グループに目をやる。
若干普段よりざわついてるのが気にかかるが誤差の範疇。
俺はおもむろに立ち上がった。
ん? みんなスマホと俺を交互に見てる?
どした?
「ハル! 戻ってこい! 吐くぞ!」
「は、春っち! なに考えてるの!」
野次馬が俺を止めようと騒ぐ。
だが遥さんとの特訓を終えた俺に恐怖という文字はない。うらやましいか。
いや。抱っこされただけだけど。
「おはよう」
俺が女子グループに近寄ると、そのうちのひとりがスマホを机の上に落した。
お嬢さん落ちましたよ。
ん?
落ちたスマホに表示されていたのは、先日俺が行った美容院のホームページだった。
そこの中央に俺の写真が載っている。
「あ。これ……」
なにこの子たち。
もうこれ見つけたの? 俺もまだ見てなかったのに。
ていうか超男前に写ってるじゃん。
遥さんにも見せてあげよ。
みんな行ってあげてね。いいお店だから。
『あ、あ、あ』
女子たちがあわあわしだした。
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