第4話 女神の涙
「おお。ええと」
なんという幸運。きっと遥さんのこと考えてたからだな。ありがとう遥さん。
えと名前なんだっけ。あそうだ
「さくらちゃん」
「王子髪黒い」
おい。おうじじゃねえ
けど名乗ってないから仕方ない。
「そう。ちょっとイメチェン。どうかな」
「ん~。さくらはそっちの方が好き」
よし。今度オムレツをご馳走してあげよう。
まだ習ってないけど。
早速の黒髪効果か、昨日ほど怖がられてはいないようだ。
俺もこの女子(?)に嫌悪感はない。
「会えてよかったよ。実は──」
「さくらっ!」
そのとき、向こうから少女が走ってきた。
昨日視界の端に映り込んだ少女。
くそ。あの子のせいで昨日はとんだ醜態を。などとは全く思わない。
おそらくさくらちゃんのお姉さんだろう。
そんなに駆けてくるって、余程心配性なのね。
なに俺不審者?
でも会えてよかった。
「あ、き、昨日は……」
イメチェンしたというのに、この子も俺が昨日の間抜けな中学生だと気づいたようだ。
金も黒も変わらないのかな。
『昨日は』の続きが出てこないということは気を遣ってくれているのだろう。
気まずい。
ボールに手玉に取られたなんて。
こんな時は万国共通、自己紹介しかない。
「初めまして。逢坂春臣と言います」
「ええと。初めまして、ではないのですが……十河みつは……です。同じクラスの……」
なんと。オナクラでしたか。ということはオナチュウですね。
そごうみつは。
わからん。てか女子の名前は知らん。あ、遥さんは別ね。別格だから。
「ああ十河さんでしたか。私服なのでわかりませんでした。そういう格好だと大人っぽく見えますね。素敵です」
知らん女子。制服でもわかんねえよ。
でもさくらちゃんの手前取り繕わないと。
昨日の衝撃で記憶障害になったのかと心配されてしまう。
いやでも十河さんなんでそんなにおどおどしてるんですか。
ああそうか。オナチュウということは旧俺の鬼畜性もご存じなんですね。
「あ、逢坂さん、あの後大丈夫でしたか……?」
「さくら救急車近くで初めて見た」
そう。いい体験したね。
実はお兄さんも初めて乗ったんだ。いいでしょ。記憶ないけど。
こんど乗ってみる?
「心配かけました。でもこの通り」
「す、すみません。私がボールを遠くに投げすぎたせいで……」
やはりあなたでしたか十河さん。
あ。もしかして責任感じてるの?
それでその態度?
俺が文句を言いに来たと思ってる? 思われてる?
「でしたらすべては十河さんのおかげですね。心からお礼を言わせてもらいます」
「はぃ? え? ええっと?」
十河さん。君は気づいていないが君は僕の人生を変えてくれたひとなんだ。
なにを恐れる必要がある。
遥さんと抱き合えたのも、こうして君と話ができるのも、すべて君のあの一球から始まったんだ。
さあ下を向いていないで顔を上げてごらん。そして僕の目を見て。
貴方は僕に感謝だけされていればいい。
「とにかく会えてよかった。運命の女神」
「え……」
「あ、とにかく会えてよかったというのは、ほら。これを渡そうと思って」
俺は先ほどのスポーツ用品店で購入したモノを袋ごと差し出した。
「私に……ですか……?」
「はい。そうです」
わけがわからないという顔をする十河さんは、数歩近寄るとゆっくり包みを受け取った。
「なんですか……? これ……」
いきなりおかしなモノを渡されて困惑している彼女にどうぞと促す。
「……で、では開けさせていただきます……」
緊張する手で開封する様子を、さくらちゃんが興味深そうに見ている。
「これ……新品のボール……」
袋の中身を見た十河さんは目を瞠った。
「王子いーの? これ貰っていーの?」
「もちろん」
俺が微笑む。
と、さくらちゃんはぼーっとしている十河さんの手からボールを奪い、ニコニコ顔でその感触を楽しみ始めた。
「昨日俺のミスで流されちゃったから。同じ色が無かったから近い色のボールで申し訳ないんだけど」
これでわざとじゃないってわかってくれた?
省吾が「マジキチク」とか言ってたけど、昨日のあれ、単なるミスキックだから。
おかげで入院したんだから。
入院代稼いで遥さんに返さないと。
「わ、わざわざこのために……ありがとうございます……」
「みつはおねえちゃん、王子冷酷じゃないじゃん」
ぉいみつは。
小学生のさくらちゃんになに吹き込んだの?
事と次第にちょっちゃあ運命の女神の称号剝奪するよ? 絶対しないけど。
ああさくらちゃんそんなに走らない。転ぶよ? あまり遠くに行っちゃだめだよ?
ほら、ボール友達に自慢しない。俺のこと指ささない。みんなこっち見ない。
「十河さんに会えて、お礼が言えてよかった。それじゃあまた学校で」
俺は振り返る。が──
「あ、あの、逢坂さん。私、明日引っ越しするので……今日が最後……」
は? なんという急展開。
俺はもう一度十河さんに向き直った。
せっかくお話ができるようになったというのに、女神が天界に還ってしまわれるとは。
「それはまた突然ですね」
「先月の初めにホームルームでご挨拶しましたけど……」
え? そうなの?
俺なにも知らない。てか聞いてなかった。ごめんなさい。
そんな大事なこと聞いてないとか。俺ホントどうかしてた。
「そういえばそうでした。ご家族の都合かなにかですか?」
「……え、ええと……そう……です」
なんだか歯切れが悪い。
「ここから遠いのですか?」
「……え……?」
プライベートに踏み込みすぎ? ごめんなさい。距離感がまだわかりません。
でも気になる。女神の新フィールドが。
「……はい……」
遠いの? もはやこの地は加護下ではなくなってしまうの?
「誰に召喚されたんですか?」
「……え?」
ならば追加課金して俺が召喚するか?
バイト始めるし。
女神がいなくなるなんて。
卒業するまでだけど。
「せっかく友達になれるかと思ったのに、それは残念ですね」
「とも……え……あの。逢坂さんなんだか雰囲気が……かわりました……?」
ふむ。やはり気づいてくれたか。
さすが我が人生の女神。
今日が最後というのなら
「実はずっと女性が苦手だったんです。でも昨日のアレがきっかけでなにか意識が変化しまして。──少しだけ時間もらえますか?」
──ぜひとも聞いていただきたい。
十河さんは、友達とボール遊びに夢中になっているさくらちゃんをチラッと見たあと小さく頷いた。
遥さん以外の女性に胸の内を見せるのは初めてだ。
多少緊張するが女神になら。
そして俺は告白した。
いつからか女性を避けるようになったこと。
女性がそばにいると具合が悪くなってしまうこと。
それでも近寄られると嫌悪感を抱き暴言を吐いてしまうこと。
それが災いして地元にいられなくなってしまったこと。
それを目の前の少女──白いワンピースにニットのカーデガンを羽織る、病的なまでに透き通った肌の可憐でどこか儚げな少女──は静かに聞いてくれた。
◆
「──聞いてくれてありがとう」
十河さんの頰を一筋の涙が伝う。
同情か憐れみか、はたまた話がつまらなくて欠伸を噛み殺したのか。
初めて見る同世代の女子の涙。
紅の夕陽に染まる彼女の涙はとても神秘的で、ただただ美しかった。
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