第3話 汚名返上のためにできること



 今日の夕飯もオムレツに決定したところで俺は美容院にやってきた。

 あえて女子を遠ざけるために染めていた金髪を元の色に戻すためだ。

 美咲に勧められて金髪にしたけど、効果があったのは最初だけで数日後には女子が近寄ってきたしな。

 もう強面にしておく必要はない。制服も着崩さなくて済む。

 生まれ変わるチャンスなのだ。金も黒も変わらないなら元の色の方がいい。

 謝罪する際にも誠実に見えるだろうし。

 

 昨日までの俺は女性に触れられると過呼吸になり、最悪嘔吐していたような体質だった。

 心の奥底から気分が悪くなり、とても不機嫌になる。

 遥さんと触れ合っても平気だったとはいえ、それが完治したのかまだわからない。

 試せる方法も思いつかないし、だから念のため俺は男性の美容師さんを指名した。

 シャンプーしてもらっている最中に口からごぼごぼとゲロが溢れてきたら不味い。最悪死ぬ。

 担当の女性を酷く傷つけることになりかねない。最悪トラウマに──。


 とらうま?


 そういえば遥さんはトラウマを克服できたのねと喜んでいたが、トラウマって何だったんだろう。

 胸の柔らかさに動揺して詳しく聞けなかったけど、俺のトラウマ……

 小さいころなにかあったに違いない。

 俺の小さいころ、幼稚園? 小学校? 中学からはこっちにいるから省くとして。

 そういえばいったいいつからだ? 女子が近づくと決まって吐き気を覚えていたのは。

 幼稚園? 小学校? 友達、家族、家族? ん? 俺の家族って──


「できましたよ」


 美容師さんの声に思考の渦から掬い上げられる。

 正面の鏡を見ると、黒髪の俺がいた。


「あの。よろしければ写真を一枚撮らせていただけませんか?」


 鏡越しに俺の背後を見ると、ごついカメラを手にした女性の美容師が。


「写真ですか?」


 大丈夫。うまく話せてる。


「お店のホームページ用の素材に使用させていただきたいのですが。もうそういう契約されています?」


 契約? といわれてもよくわからない。つまり宣伝用の写真を撮りたいということか。


「どことも契約されていないのでしたら、謝礼として今回の施術料はサービスさせていただきます」


「ぜひお願いします」


 遥さんの負担が減るのなら喜んで。

 一枚なんていわず三千枚ほど撮ってもらっても構いませんが。

 遥さんのためなら。


 外出先を問われたとき、美容室と言ったら遥さんがお金を渡してくれたのだ。

 バイトをしていない俺は遥さんから小遣いをもらっているし、その中でやりくりできている。今回もそのつもりだったが、強引に握らせられてしまったのだ。

 うん。このお金は遥さんに返そう。

 や、どうせならなにかプレゼントを? いや、それこそ自分のお金でするべきだろう。遥さんからもらった小遣いだけど。


 いつまでも甘えてられないし、バイトもしないとな。


「終わりました。ありがとうございます。明日にはUPされていると思いますので、よろしければご覧になってください」


 女の人からお店のホームページのURLが記載されたカードを渡される。

 その際、ほんの少し指先が触れてしまったが、うん。大丈夫そうだ。

 吐き気もない。過呼吸もない。


 写真程度で無料にしてもらって申し訳なかったが、俺はありがたく礼を言って店を出た。


 もらったカードを胸ポケットにしまう際、裏面がふと目に入る。

 そこに可愛らしい字で携帯番号らしき数字が書かれていることに気がついた。

 お店の番号は表に印刷されているのに、緊急連絡先まで教えてくれるなんて、ますます好感度上昇。

 いい美容院だった。またこよう。


 時刻は夕方の四時。

 俺は次の用事を済ませるため速足でスポーツ用品店に向かった。

 目当ての商品を購入した俺は、日が暮れる前に──と公園へ急いだ。




 ◆




 俺はいま昨日醜態をさらした遊歩道を歩いている。

 昨日は昼だったからこの時間帯にいるかどうかわからないが、とにかく足を運んでみることにしたのだ。

 その努力が結果に結びつくと俺は勝手に信じてる。


 確かこのあたりだったな。


 忌々しいボールが飛び出してきた付近。

 茂みをかき分け公園内に入る。


 すると土曜日だからか、五時を少し回っていたがまだまだ家族連れでにぎわっていた。


 俺は目を凝らして目的の人物を探す。

 探す、といっても顔自体よく覚えていないし、そもそもここに来ているかどうかもわからない。

 ここに来ていない、となるとお手上げだ。

 毎日通えばいつかは会えるかもしれないが、そんな奇跡はそうそう起きない。

 今のうちにバイトだって見つけておきたいし、遥さんの負担を減らすためにも家事も覚えたい。そうだ。料理を教えてもらおう。エプロン姿の遥さんに手とり足とり。いや料理に足は使わねえよ。でも遥さんの足で作ったおにぎりなら。

ねえよ。握れねえだろ。足攣るぞ。


「あ。冷酷王子」


 誰だよ。俺の献立の邪魔をする奴は。

 見ると、昨日の小学生。

 制服着てないし髪の色も違うのによくわかったね。





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 本日の更新はここまでとなります。

 明日またよろしくお願いします。

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